第564話 季節の変わり目

 陛下に形だけの報告を終えるとゼブルス邸に戻る。そのころには日が落ち、晩餐の頃合いとなるのだが、その前に一つ問題が起きていた。







「かわいぃぃぃいいい!!!」

「っ!?」


 目の前の人物の奇声で膝に乗っているイオシスがびっくりして、開いている上着の中に潜り込もうとしてくる。


「お兄様、この子は何ですか!!!」

「っし、し~~」


 無遠慮に近づいて来ようとしてくるシルヴァにため息を吐いていると、イオシスがシルヴァを警戒し始める。


「訳あって拾ったとしか言えない」

「それは、つまり!!この子を家で育てるつもりですか!!」


 シルヴァはもはやイオシスしか見えていない態度でイオシスを凝視する。


「はいはい、少し落ち着きましょうね」

「うっ、お母様」


 徐々に距離を詰めてくるシルヴァを母上がたしなめる。


「リチャードから聞いてはいたけど、その子が例の?」

「はい、グウェルドで拾った子供です」


 未だにシルヴァに怯えているので、イオシスの頭を撫でながら落ち着かせる。


「ふふ、かわいい子ね」

「っ!?……ぅん」


 母上がゆっくりと近づくと軽く俺の手を払いのけて、代わりにイオシスの頭を撫でる。その様子にイオシスは軽く驚くが、敵意がないのが伝わったのか、最後は大人しく撫でられていた。


「え、お母様だけずるいです」

「シルヴァ、あんな大声を上げたら子供はおびえるに決まっているでしょう」


 母上の言葉に、広間にいるリン、ノエル、オーギュスト、クラリス、そして弟のアルベールと父上や、さらには壁際にいる侍女や執事までが頷くのだった。


「ぅう、イオシスちゃん」

「っ!?」

「……くっ、これはこれでかわいい」


 シルヴァがイオシスの怯え姿を見ると、歯噛みしながら喜ぶという面白い行動を取る。その後、怖がらせないようにやや離れた場所の椅子に座る。


「それで、バアル、皆を呼んだ理由はなんなの?」


 そしてひとしきりイオシスを撫で終えると、母上はシルヴァの隣に座り話を進める。


「それは当然、この子のことです」

「ふゅ」

「「「「ふぁ~」」」」


 俺はイオシスの頭に手を乗せると、イオシスは目を細めながら、嬉しそうに声を漏らす。そしてそれをみて女性陣から声が漏れてくる。


「それで?」

「簡単です。この子を俺の手元で育てたいと思っていますが、その意見に賛同してくれるかどうかです」

「賛同します!!」


 母上に内容を説明すると、シルヴァは手を上げてそう告げる。


「はぁ、それで、バアル、私たちに告げると言うことはその訳がそれなりに重いのね?」

「はい」


 母上の言葉に肯定した後、イオシスに合うまでのいきさつ、そしてその後、イオシスの事情を話す。


「じゃあ、その子、魔物の子なの?」

「その通りです」


 母上の遠慮がちの言葉に正直に答えると、この空間にどよめきが聞こえてくる。さすがに事情を知っている護衛は声を上げなかったが、働いている侍女は執事、さらにはアルベールも困惑した表情を浮かべる。


「バアル、それは私たちに内々で教えてもよかったんじゃない?」

「ならば、こうしましょう」


 俺は立ち上がり、イオシスを抱き合えると、母上の膝の上に座らせる。


「頭を満遍まんべんなく撫でてください」

「??ええ…………あら」


 母上の手がイオシスの頭を行き交うと、例の角がある場所で少しだけ止まる。


「それはいずれ見えるようになってきます。その時になって奇異の視線にさらされるようでは遅いのです」

「そう、納得したわ」


 母上は優しい笑みを浮かべると、イオシスを抱き上げて、こちらに渡してくる。


「バアル、一つ聞くわ、イオシスちゃんはどう成長しそう?」

「残念ながらわかりません。ですが、この姿から離れた姿にはなりにくいと思います」


 イオシスはオーギュストやダンテが珍しいと称する特殊交配の子供だ。ならばどのような姿に成長するかはわからなかった。


(生来のミノタウロスは3メートルほど、たいしてドワーフは1メートル弱、それを考えれば丁度良くなりそうなものだが)


 こればっかりはさすがに検討がつかなかった。


「なら、獣人の子供って思えば平気そうね」

「ということは?」

「私は賛成するわ、よろしくねイオシスちゃん」

「……ぅう?」

「ふふ、まずは言葉を教えるところから始めましょうね」


 母上は早速保護欲を表面に出している。ただ父上やシルヴァの様に酷い様相ではないため、安心してみることが出来ていた。


「ほかは?」

「エリーゼがそういうのなら、断るわけはない」

「僕も反対する意見はありません」


 父上やアルベールは母上とシルヴァが賛同するなら反対することは無いという。


「では、イオシスを正式に俺の元で育てます、いいですね?」


 最後に宣告して、反対意見が再度出ないことを確認して、ゼブルス家はイオシスを受け入れることに決まった。













 その後は、迅速に物事が進む。まず翌日に荷と人員を入れ替えて、早速とばかりに飛空艇を飛ばすことになる。その後はユリアやレナード、正確にはアズバン家に連絡を入れる。そしてそれが終われば二日後に全員を伴ってゼブルス領へと戻っていくことになる。本来なら、真っ先に一人で帰ってもよかったが、さすがに家族や客人一斉に移動を始めるのに俺がいないのも、まずいと言うことで行動を共にすることになった。










 王都を出発してから7日後、大人数のため日数はややかかったが無事にゼウラストに帰ってくることが出来た。そこから見慣れた防壁と新たに拡張している防壁を横目にゼウラストの都市に入っていく。


 そして別段寄り道することなく、屋敷に戻ってくるのだが――


「ようやく、帰ってこれた、が……」

「これは、また……」


 クラリスやレオネ、テンゴ、マシラは自室に戻り、セレナは久しぶりの休暇のため家族に顔を見せに街に向かい、ロザミアは多くの研究器具と共に研究所へと戻っていく。そしてアシラはこちらにやってきているエナの部下と模擬戦するために、ドワーフ製の武具を持って訓練場に、そしてヴァンは先にこちらに来ている孤児たちに会うために騎士の一人に案内してもらっている。そしてダンテはシェンナの機嫌を取るために、二人で市街地を探索に行っている。そしてリョウマとシイナ、オルドとその仲間は依頼を達成すると、リョウマたちは西へ、オルドたちは王都へと旅立って行ったと報告を受けた。


 そして俺はイオシスを母上に預けると、護衛である、リン、ノエル、エナ、ティタ、オーギュストを連れて自室に戻るのだが、その光景に思わず動きを止める。


「また、すごいであるな」

「ワタクシメもここまでの多忙な見たことないです」


 オーギュストと胸ポケットにいるネスが室内の光景を見てそうつぶやく。


 なにせ室内にはテーブルの上どころか、執務机から、床、そしてローテーブルの端にまで続く書類の山が存在していたからだ。


「…………ふぅ~~~ノエル、飲み物を持ってこい。エナとティタは、室内で好きに過ごせ、護衛の仕事は忘れるなよ」


 そう告げると三人は動き出す。ノエルは給仕の用意をするために、廊下へ、ティタは完全な蛇の姿になりソファに横になり、エナはその上に乗る。


「それとリン、オーギュストをルウィムに会わせて来い」

執事長・・・にですか?」

「ああ、オーギュストには専属で執事をしてもらう」


 ルウィムはゼウラストの屋敷での執事長、本人の腕もさることながら教育熱心であり、すでにノエル、カルス、カリンを侍女、執事として育て挙げている。


「異論は?」

「無いである」


 オーギュストをリンやエナ達と共に護衛として使うことも考えていたが、気質なのか綺麗な所作が出来ているため、執事にする方が都合がよかった。


「わかりました、では、こちらへ」

「よろしく頼むのである。ではバアル様、ワガハイはこれにて」


 リンが退室するとオーギュストは続くように扉の前まで進むと、こちらに振り向き、一礼してから退室していく。


「……本当に悪魔か、疑問に思うところだな。さて、やるか」








 それから執務机に着くと、古いもの順に書類を片付けていく、のだが。













(……片付いている気がしないな)


 書類を整理し始めて、数時間が経つと、書類もそれなりの数を処理したのだが、残念ながら、元から詰みあがった書類の量が多すぎて全く進んでいないどころか、次から次へと補充されている気すらしてくる。


「ノエル、おかわりをたのむ」

「かしこまりました」


 何度ものどを潤しながら、書類を見続けているとふとカップの中が空なのに気付いてノエルに次を頼む。


「……ふぅ」


 一度手を止めて、空気を入れ替えるために机の後ろにある窓を開け放つ。


「…………あと少しで稲刈りの季節か」


 遠くを見渡すと、麦が実を成しているのか、防壁の向こうで鮮やかな金色に光り輝いていた。


「あ~~~!!」


 現実逃避とも言えるように窓を開け放ち、外を見ていると、庭の方からイオシスの声が聞こえてくる。


(庭にいるのは、5人と一匹か)


 声のする方を見てみるとそこにはテーブルに着いているクラリスと母上、シルヴァ、そしてウルを枕にしているレオネとイオシスの姿があった。どうやらレオネがこちらを指差し、イオシスがそれに気づいて声を上げたらしい。


「どうしますか、少し休憩なされては?」


 リンがそう提案してくるが、首を横に振る。


「いや、いい。それよりも、間食を用意する様にノエルに伝言を頼む」

「わかりました」


 リンが部屋を出ていくと、仕事を再開するために窓際から離れようとすると、涼しくなった風が肌を撫でる。


(そろそろ夏も終わりか)


 涼しくなった風で季節の移り目を感じ。夏が終わりを感じ取るのだった。

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