第563話 王国への帰還

 飛空艇がウェデリアを出立してから四日、俺は飛空艇の展望デッキにいるのだが、暇なのか、騎士と操縦士以外がこの場に集まっていた。


「すごいね、本当に飛んでいるのか」

この景色・・・・でよくわかるな?」


 ダンテの言葉にその隣にいるアシラが反応する。またアシラの言葉に同意する物が大半だった。なにせ展望デッキなのはいいものの、現在は雲の中にいるせいか一面が真っ白だった。


「どうしましょうか、もしご希望があれば、雲を退かしますが?」


 二人の様子を見て、後ろにいるリンがそう提案してくる。


「必要ないだろう」


 雲の中にいると言ってもそれは今だけの話だ。何よりここ4日で何度も道中の景色を楽しんでいる。それでも今ここにいる理由は――


「「おぉ~~~」」


 次第に雲が薄れてくると、壁に張り付いているレオネと肩車されているイオシスが声を上げる。


 そして城が薄まると、空の蒼と雲の白、地上の翠、山の緑や茶などが地平線まで見渡せる広大な景色が見えるようになってきた。


「あれが王都・・か~~上から見ると大きいねぇ~~」

「え~~」


 レオネの言う通り、現在は王都上空近辺を飛んでおり、遠くに王都が見えていた。


「ようやく帰ってきた気分になるな」

「そうですね」


 リンが俺の言葉に同意してから四半刻ほどして王都の上空にたどり着き、ようやく降下を始めるのだった。














「すぅ~~ふぅ~~、数か月ぶりだが、懐かしいな」


 整地された庭に着陸し、飛空艇から外に出ると、目の前には王都ゼブルス邸が目の前に見えており、郷愁を感じる。


「おかえりバアル」

「ただいま帰りました、父上・・


 声の方角に振り向くと、やや痩せた父上の姿があった。


「無事帰って来てくれて何よりだ」

「ここで情熱的なハグを求めているのなら、お断りします」


 そういうと共に笑い合う。


「それでも一応は戦地だったのだ、子を心配しない親はいないだろう?」

「母上ならわかりますが、父上にそう言われると少し……」

「ひどくないか?」


 何てことのない会話なのだが、少しだけ心が楽になっていくのを感じる。


「それで、今回もまた人が増えた・・・ようだな」


 父上の視線が俺の背後に向き、全員の顔を見る。


「初めまして、ゼブルス卿。ワガハイはオーギュスト、バアルの僕である」

「私はダンテ・ポールス。各国を旅している吟遊詩人です。この度バアル様の元で厄介になります」

「えっと、ヴァンです」


 始めてみる者達に視線が向けられると、彼らは簡単に自己紹介を行う。


「うん、今後もバアルをよろしく頼むよ。それで……」

「っ!?…………!?」


 父上の視線がリンに抱かれているイオシスに向く。イオシスは視線が向けられたことで驚きリンの胸に顔を埋めるのだが、再び父上に視線を向け、視線がぶつかり合うと再び埋める。


「父上、変顔もそこまでにしてください」

「え?そこまで変か?」


 イオシスを見る父上の表情は愛玩動物を極限まで愛でている変態という風体だ。ちなみに幼いころのアルベールとシルヴァに対してもそんな顔をしたことが有る。


「それで、わざわざ顔を見るためだけにではないですよね?」

「……毎回思うのだが、バアルは私のことが嫌いか?」


 父上はしょんぼりとした表情でそう聞いてくる。


「いえ、過度なスキンシップが嫌いなだけです。それで?」


 父上のおちゃらける部分に付き合いながらも本題に入る。


「アーサーが帰還したらできるだけ早くに話を聞きたい、と。どうする明日にするか?」

「……いえ、特にやる事もありませんし、早速謁見致しましょう」


 疲れているなら明日に引き伸ばすことも考えていたのだが、こと飛空艇に乗っていただけなので、全く疲れもない。それに現在は昼を少し過ぎた頃なので十分に動ける時間帯だった。


「エナ、ティタ、オーギュストだけ付いて来い。ほかの者は戻るまで屋敷で休んでいろ」


 こちらの言葉に呼ばれた三人は頷く。リンだけが不服そうな表情をするのだが、イオシスを抱きかかえているためか、文句はないらしい。


「それでは後の者たちを頼む」

「お任せくださいませ」

「では、行こうかバアル」

「はい」


 その後、あとの者たちを執事長や侍女に任せて、俺は父上と共に王城へと向かった。
















「待っていたぞ、バアル」


 王城に登城すると、すぐさま、父上と共に王城の執務室に案内させられる。そこではすでに陛下とグラス殿が待っており、俺は部屋に入ると、この場で最上級の礼を行う。


「お待たせして申し訳ありません。また、様々なことを独断で決めてしまったことも、謝罪いたします」


 本当は様々な部分密に連絡を取り合っていたのだが、それを知っているのは本当にごく少数であり、この場でも一応取り繕う。


「よい、結果としてネンラールの国力を削ぎ、友好国を樹立、そしてその恩恵をグロウス王国が真っ先に受ける状況に文句などない」

「それならばよろしいのですが」

「そう堅苦しくしなくていい。それよりも座ったらどうだ」

「では、失礼いたします」


 陛下の対面に座ると、壁際にいた侍女が給仕を行う。


「さて、今回呼び出した件だが、バアルの口から事の経緯を詳しく聞きたい。そしてそのうえでこちらで取った手段についてを話そう」

「わかりました。では―――」


 それから、グロウス王国を出立してからの報告を行う。


 なぜ二度手間の様な事をしているのかというと、きちんとした言い訳・・・を作っておくためだ。さすがに帰ってきたのに報告もせずに物事を進めてしまえば連絡手段を持っていると公表するようなものだった。ほかにも『審嘘ノ裁像』での尋問に対しても使えるため、やっておくに限るからでもある。


「―――。そしてドミニア、いえ、グウェルドはあの都市の名をウェデリアと改名し、独立を果たしました」

「なるほど」


 本当は完全な茶番と言えるのだが、陛下はそれに乗る。


「それで、こちらでの条約の取り決めを聞いたか?」

「はい、ユリア嬢がウェデリアに来た時に報告を受け、条文も見させてもらいました」

「では、飛空艇を民間で使用しようとしていることも本当だな?」


 わかっているくせに、とは思っても顔には出さない。


「はい」

「それは兵器と言える飛空艇を奪われる可能性があってもか?」

「そちらについては、すでに対策を練っております。そして兵器と言えるからこそ、区分けが必要なのです」


 こちらの言葉を聞くと、陛下は続きを話せと促す。


「まず、現在の飛空艇は、先ほどおっしゃったように兵器としても使用できます。ではそれを完全に軍用で使うのみで使用するかと聞かれると否とも答えます」

「本質は空を渡ることにあり、海での船と同様、武装船や商船と同様、用途は何を付け、乗せるかかによると言う事か」


 陛下の呑み込みが早くて助かる。


「何より仮に戦時となった際に、係争地という危険地帯に荷を運びだすことも多くあるでしょう。その時に兵器にも使える飛空艇を使用するか、運搬のみを行う飛空艇を使うかによって、話は変わってきます」


 兵器となる飛空艇を奪われれば当然、それが奪取された際には損害はかなりのものとなるだろう。だが、そこに完全に運搬用の飛空艇を用意しておくことで、仮に奪取されても反撃されるリスクが少なくなる。


「だが、運搬用の飛空艇を奪取されたうえで、相手が武装させれば同じではないか」

「そうとも言えるかもしれません。ですが、機竜騎士団が使う飛空艇と私が商用で使う飛空艇ではまず飛行能力に完全な差をつけるつもりです」


 電動自転車と原付、そして自動車、スポーツカーなどなど、これらは等しく効率よく移動ことが出来るが、その性能は天と地ほどの差がある。それを飛空艇にも応用しようと言うことだ。


「また、他にも機能や武装を無くすことでより簡略化した手順で生産もできるでしょう」

「気軽に使いやすくなるわけだな」

「はい。そして、空での飛行手順が決まるまでは私が完全に管理しようと思っていますが」

「それは仕方がないだろう。そしてだからこそ、バアルが誰よりも先んじて使うわけか」

「ご明察の通りです」


 さすがになんの整備もされていないのに気軽に飛空艇を売ることはできない。そのため、まずは真っ先に俺が使い、手順を作成しておくことで混乱を避ける。


「やはり、飛空艇は開発者であるバアルに限るか」

「そのようですね」


 陛下がそう告げると、背後からグラスが同意する。


「しかし、そうなるとやる事は山のようにあるな」

「……えぇ、本当に」


 陛下の言葉に軽く顔を引きつらせる。


「ははは、バアルもリチャードの子か」

「陛下やめてくだされ」


 陛下はこちらの態度に何かを感じたのか、父上の名を出す。


「莫大な富を得る代わりに、多大な苦労を背負うか。因果とも言えるな」


 陛下は一度カップを口に運び、のどを潤す。


「グラス、新たなはどうなっている?」

「はい、すでに王家御用達の商家を集めて、事業を割り振っております」

「進捗は?」

「ひとまず使うだけならば、おそらく年内ギリギリもしくは少し過ぎる頃かと。本格的な完成は雪の影響も見ないと正確にはわかりません」


 グラスの言葉を聞き、陛下は頷くと、今度はこちらに視線を向ける。


「バアルの方はどうだ」

「それは民間での輸送についてですか?」

「その通りだ」

「正直に申し上げるなら、二か月ほどで民間用の輸送は可能です。ただ、これは一隻から開始できるだろ頃合いです。現状では飛ばせる人間も機体もないため、始めは数隻、その後徐々に増やしていくことになるかと。そしてこれは貨物の輸送についてのみとなります」

「人は?」

「軍務、外交上であれば特例として可能です。ですが、商業として人の輸送を扱うとなると、やや時間は掛かるかと」


 荷物はただ運べばいいが、運ぶものが人となると、その難易度は上がる。


「陛下、これに関してはバアルに同意いたします」

「ふむ……密偵、強奪、殺害、何でもいいが害意がある者を排除するための準備が出来ていないのだな?」


 陛下はグラスが同意したことで、問題は人にあると気づいたらしい。


「その通りです」


 実際、人を飛空艇に乗せるとなると、暴れさせないための用意が必要となる。軍務、外交上と言って信用できる人物ならともかく、商売目的で何人でも乗せるとなると当然間者や強盗目的で乗り込む者たちも出てくる。なにせ人一人で建物を倒壊させられる世界だ、自爆覚悟で飛空艇を落とされれば被害は甚大になる。それらを止めるための案もあるが、準備が足りなさすぎた。


「ふむ、なら、今後はどうする?」

「ひとまずは、機竜騎士団とケートスはこのまま運用し、同時に輸送用の飛空艇を製造、そして機竜騎士団の団員を臨時募集します」


 さすがに現在の機竜騎士団の団員数だと飛空艇を増やすことは現実的ではない。そのため輸送用の飛空艇を造るのと同時に団員の募集が必須だった。


「ふむ、今後は輸送用を準備出来次第、導入という形か」

「そのつもりです」


 そう告げると陛下も納得した表情を浮かべる。


「では、バアル、そのように頼むぞ。何か問題があれば連絡しろ」

「ありがとうございます。ご期待に沿えるように尽力いたします」


 こうして、陛下にお墨付きをもらう。


「それとまだまだ時間はある、グウェルドの輸送はともかく国内に限っては特段急がなくていい」

「ええ、急いで粗が出来たら元も子もありませんから」


 そういうと俺と陛下は笑い合う。


「陛下、そろそろお時間が」

「そうか……最後にバアル、よく戻ってきてくれた」

「……ありがとうございます」


 グラスが陛下に耳打ちすると、陛下は立ち上がる。そして最後に優しい笑顔でそういい、今回の報告を終えるのだった。

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