第562話 ウェデリア出発

「やっふ~~ようやく帰れる~~~~」

「う~~~?」


 飛行場の入り口でイオシスを肩車したレオネが声を上げると、イオシスも釣られて声を上げる。


「最初はおびえていたがな」

「ですね」


 最初のイオシスは、宿泊所から出ると空に飛空艇があるのを発見すると、怯えからかレオネの耳を強く掴んでいた。もちろんそれにレオネは少しだけ顔をしかめたが、何度かイオシスの頭を撫でて落ち着かせて解決させた。


「ねぇねぇ、中を探検していい?」

「だめに決まっている」

「えぇ~~」

「ぅぅ?」


 レオネが不満の声を上げるが、頭上のイオシスはよくわからないのか首を傾げる。


「飛び立つのは明日だ、それまで大人しくしていろ」

「……は~~い」


 その後、レオネとイオシスは大人しく騎士に連れられて宿泊所に戻って行った。








「大変そうだな」

「そう思うなら、テンゴからも何とかしてくれ」

「ははは、テトならともかくそれ以外にレオネは御せない」


 レオネとイオシスの後姿を見ていると背後からテンゴに声を掛けられる。


「バロンやレオンもか?」

「無理だな」

「マシラは?」

「できなくはない」


 つまり、止められるのは現状一人しかいないという。


「はぁ」

「おお、テンゴか」


 レオネの厄介さを再認識していると、こちらに声を掛けてくる存在がいた。


「イゴールか、元気そうだな」

「あちこち飛び回っているおかげだな」


 イゴールとテンゴは痛そうなぐらいがっちりと握手を交わす。


「その暑苦しいのは何とかならないのか?」


 もはや力試しとばかりの全力の握手を見ながらそういう。


「ははは、何度も模擬戦で負けていますから、こういう場面で勝たなければいけません」

「ほぉ、まるでこれなら勝てるような口ぶりだな」


 ギィィ


 二人とも好戦的な笑みを浮かべると、握手する部分から軋む音が聞こえる。


「やめろ、それで話しかけてきたんだ、何かしらの用件があるんだろう?」

「っっ、ぐっ、はん、にゅう、する、荷物の、件、です」

「何か問題が?」

「今、回の、器具、がぁああああ!!」

「……『放電スパーク』」

「「うぎぎぎぎぎ!!」」


 さすがに話を続けるには二人が余りにも不適切なため強引にやめさせる。









「……腐っても強者だな」

「若様、酷いですぜ」

「だな、あと少しで勝負がついたものの」


 イゴールは鎧を被っているせいか様子は変わらないのだが、テンゴは見えている毛が全て帯電して、全て逆立っていた。


「で、用件は」

「はい、実は運び込まれたコンテナ内に研究機材があったのですが、それらの固定が不十分で、飛行中ではおそらく壊れるかと」


 飛行場の一角では明日の出立に向けて積み込むためのコンテナが用意されていた。


「ある程度固定はしていたはずだが?」

「おそらくアレではどこかしらが曲がるかと」


 どうやらイゴールの経験上、固定が不足しているらしい。


「もし、問題がなければ、こちらで固定をしますが」

「ああ、頼む」

「は!!それとテンゴ勝負はまたあとでな」

「手が砕けても知らねぇぞ」

「こっちのセリフだ」


 イゴールはそうとだけ告げると、コンテナの運搬に戻っていった。


「アレでも仕事中だ、ほどほどにしておけよ」

「おう、わかったぜ」


 その後、テンゴは時間までゆっくりすると宿泊所に戻っていった。












 それから今回の荷物である食料を下ろす作業が日中で行われた。ただ作業は早々に終わり、今日一日は機竜騎士団に休みを与えることになる。そのため飛空艇の警備以外は宿泊所や戦時中ではあるがウェデリアを見学などをして時間を潰す。


 そして時間が経つとウェデリア最後の夜を過ごすことになる。


「明日、ようやく帰れるのね」


 テーブルの対面でクラリスがグラスの中にある酒を傾けながらそう告げる。


「待ち遠しいか?」

「それはもう、ね」


 最初の一か月ほどはクラリスも調べ事がありそれなりに楽しんでいた部分も多かった。だがそれらが無くなればただじっとして居るしかなく、後半は退屈な日々を送っていたという。


「俺はまだまだこのままであってほしいがな」

「そこまで忙しくなりそう?」

「絶対にな」


 飛空艇の生産、イドラ商会の調整、機竜騎士団の活動改善、ゼブルス家としての仕事、外交上の調整、輸送やそれにかかわる人員の育成、これだけで少なくとも数か月はまともに休めない。


「それにしてもいろいろあったわね」

「だな」


 酒を口に含みながら今までのことを思い出す。神前武闘大会の観戦、獣人組の参戦、アルカナの先達との会合、ヴァンの違法奴隷問題、暗殺騒ぎ、カーシィム達の狙いに築き、理由を付けながらの反乱に関わったこと。


(ここまで何かがあったのは初等部の時以来か?)


 中等部でもいろいろと会ったが、密度で言えば初等部一年と同等だった。


「そういえば、たまにやってきていたダラン爺ってどうなるの?」


 クラリスはここ一か月、合間を見てはやってきたイオシスの肉親であるダラン爺について聞いてくる。


「ひとまず反乱が落ち着くまではこちらにいるらしい。そして落ち着いたらイオシスの近くで働きたい、と」

「妥当じゃない。でもイオシスが少し嫌っているのが可哀そうね」

「仕方がない」


 ダラン爺はイオシスとの初対面で大声でおびえさせていた。そのため、イオシスは今でも警戒心を出していた。


「ダランもそれを理解しているから、少しだけ育ってからやってくると言っていたな」

「妥当ね。それでこっちの外交官の護衛は来ているの?」

「すでに数回の往来で準備できている」


 この二か月で外交官はもちろん、その護衛と何人か建築に関わる人物が来ているのを確認している。


「人数は?」

「大体同じだ」

「というと50人ぐらい?」

「それぐらいだな、ただ、この後に増員がないわけではないが」


 ここは暫定的な大使館としての働きを行っている。今後を考えれば徐々に増員していくはずだ。


「それよりもこっちでの買い物・・・は済ませたか?」

「一応ね」


 既にクラリスや非番となった騎士はジアルドの計らいで、開けてもらった店で買い物をしていた。


「騎士たちは鎧や武器が主だと聞いたが?」

「それ以外にもあるわよ」

「……これか」


 俺はテーブルの上に置かれている酒を指差す。


「そうよ。それにしても、ここの酒は良いわね。少し酒精が強いけど、うまく割ればおいしく飲めるわね」

「そういう割にはそのままだがな」


 現在クラリスは目の前の酒をロックで楽しんでいる。先ほどの話では割るのが普通なのだが、クラリスは以外にも強い酒が好きらしい。


(今夜は、このまま酔いつぶれそうだな)


 ただ好きと言っても人並に以上に強いわけではないのですぐに酔いが回る。


「でね――」


 その後、やや顔の赤くなったクラリスに付き合い夜が過ぎていくのであった。














 翌日、俺や客人、護衛と騎士達全員は支度をし、ようやくこの地を旅経つ時がやってくる。


「本当に世話になった」

「ええ、これからもいい関係でいたい」

「こちらこそよろしく頼む」


 荷物を飛空艇に割り当てられた部屋に運び終え、あとは人が乗り込むだけになると、俺は飛空艇の前でジアルドと握手を交わす。


「それと土産を用意した、喜んでもらえるといいが」

「それは楽しみだ」


 と言う物の、実のところ飛空艇に乗せていい物なのかを確認してるため、中身が何なのかはすでに判明している。


「それで反攻には転じないのか?」


 この二か月、ネンラールの攻撃はかなり収まったのだが、未だにネンラール軍はウェデリアの周辺に陣取っている。


「私としてもすぐに行いたいが、相手は長距離の移送が必要になり、こちらは飛空艇での交易が始まる。それを考えればそれなりに余力が増えてからだと考えている」


 ジアルドは今、無理に攻める必要はないと考えているらしい。確かに現在は少しは余裕が出ただろうが、それも少しだ。相手を追い立てるとなるとそれなりの兵糧が必要となる。


(それにネンラールも最短で攻めきれなかった以上、消耗戦となるのは目に見えている。アジニア皇国とも戦争をしていることを考えれば時期に退くことも視野に入れるだろう)


 第二、第三王子、主導した側からしたら必至だが、もう片方からは致命的になる前に攻勢を止める声が上がるはずだ。それを待っての反攻の方が都合がいい。


「もし、こちらでネンラールの動きがわかったら知らせよう」

「ああ、是非とも頼む」

「では、私はこれで」


 そして握手を把持しグロウス王国の礼を取る。


「もう一度言おう、バアルのおかげで私たちは生き延びることが出来た、この恩は必ず返す」

「ええ、期待しています」


 最後にジアルドの礼を聞き終えると、飛空艇ケートスに向かう。


「バアル」

「なんだ?」

「本当に助かった、ドイトリ・グルマーヌの名に誓い、この恩は生涯忘れない」

「そうか、なら何かしらの形で返してくれれば助かる」

「必ず」


 ドイトリが頭を下げたことを見ると、軽く手を振り、そのままケートス。乗り込む。その後、点検の合図、人員の確認が行われると、プロペラが回転し始める。


『それでは離陸を開始します』


 その声が艦内に聞こえると飛空艇は徐々に上昇を始める。


 そして防壁を越えるがバリスタの弾は飛んでこず、俺たちはウェデリアを出立するのだった。

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