第6話 取引
男は薬が切れると店に現れました。
今度の症状は、頭が万力で押しつぶされそうなぐらいの痛みだそうです。
これは、『
その次にご来店された時は、青い血管がはっきりとわかるぐらいまで全身を浮腫ませた姿で現れました。
これは、『
そして、その一週間後、現れた男の姿に、わたしも目を見張りました。顔中、かさぶただらけだったもので、それは見るに堪えない姿です。恐らく顔面のいたるところから血が噴き出したのでしょう。
その度に、わたしはこう告げます。
「『
まあ、お客様は全然聞いてくれませんがね。
「早く、薬を出してくれ!」
こう叫ぶだけです。
わたしも、
「お代は五万円になります」
こう微笑むだけですから。
男は、毎回肩を落として店を後にします。
それは、そうでしょう。
なぜなら、お客様は永遠に治らない病気を抱えているのですから。
処方した薬のおかげで、一つの理においては回復しますが、別の理が悪さをします。
ようは、死なないだけなのです。
何故、こんな病気になったのかって?
そりゃあ……。
幽霊を食べたんですから当然でしょう。
それは酷い。
いいえ、酷くはありません。ちゃんと「お召し上がりになりますか」と確認しております。良心的だと思いませんか。
一言申し上げますと、お客様は罪を犯しております。
お客様が召し上がったのは、二人の女の霊です。
一人は三十代前半のマダム。
もう一人は高校に通う快活な女性。
お二人とも、お客様が殺めた女性です。
なぜ、知ってるかって?
直接、お二人からお伺いしましたので。
お客様はマダムと不倫関係にありました。彼女が彼の子供を身ごもったことがわかると、口論の末、暗い廃屋におびき出して絞殺してしまいました。
女学生の方ですが、これは怨恨でも何でもなくただの通り魔。愉快犯です。元来、その気があったのでしょう。マダムを殺めたことで目覚めてしまったようです。また、霊を食べることで、霊そのものにも怯えなくなるということが分かり、さらに味を占めてしまったようです。
何とも罪深いものです。
理由もなく、霊がとり憑くことなんてあるでしょうか。
調理される前に、二人の霊は泣きながらわたしに訴えかけてきましたよ。
呪い殺してやりたいって。
霊というのは、案外弱い存在なのですよ。本人に見えるよう姿形をともない現れることは出来るのですが、それから先は何も手出しすることは出来ません。せいぜい、怖がらせるだけなのです。あくまで、生きてる人間の意志が優先されるのです。冷静に考えれば分かることですよ。霊が生ある人間をどうこうできたら、社会はうまく回りませんからね。
ですので、わたしは霊と取引をしているのです。
霊はわたしに調理され、お客様に食べられることで体内にとり憑くことができるのです。その手助けをするのが、わたしの役目です。
霊はお客様に復讐をする。
お客様は霊が現れ怯えることがなくなり、尚且つ美味しく召し上がれる。
わたしは、お金が入る。
互いの利害が一致しているのです。社会そのものでしょう。
でも、そんなお客様なんて稀な存在なんでは?
はい。その通りになります。せいぜい、年に一人いらっしゃるかどうかです。
ですので、わたしの利益を最も優先させて頂いております。
霊には、調理される前に一つ条件を申し付けております。
その条件とは、お客様を呪い殺さないこと。これになります。苦しませるのは好きなだけすればいいのです。ただし、殺すのはだめです。
なぜなら、レストランのお客様は薬局のお客様へと変わるのですから。
無限に続く病に侵されるお客様は、それを一時的に治す薬を求めて、わたしが経営する薬局へと未来永劫足を運ぶのです。
わたしは人間、それとも幽霊、どちらかって?
さあ、どちらでしょうか。
地獄の沙汰も金次第ですから。近頃、趣味で収集しているアンティークの調度品も値段が高騰しておりますよ。金持ちだけがますます富めて、弱者はますます貧する。不景気の影響ですかね。
ああ。
そうそう。
あのお客様にデザートでお出ししました『クリム』とは、
罪という意味です。
今、あなたが召し上がっている料理の意味もお伝えした方がよろしいでしょうか?
(了)
男が常連客になった理由 小林勤務 @kobayashikinmu
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