第42話:白銀の仔ラデューラ


 レフレスより東方――エルヘイム東部に広がる荒原はしかし、既に戦場となっていた。


「長官どうしますか!? どっちにも転んでもやばそうな雰囲気ですよ!」

「分かってる! くそ、人の領土でむちゃくちゃしやがって!」


 魔導空戦機ドラグアイゼのコックピットの前方に座り操舵するジルに、ヘルトが怒鳴り返す。彼等は隠蔽魔術を掛けてゆっくりと低い木々が立つ林の中を低空を飛行していた。


 コックピット後方に座るヘルトの視線の先、空の上には小型の飛行艇――イングレッサ魔導軍の紋章が入っている――が数隻浮かんでおり、その周りを黒い影が飛び回って、時折火球を吐きだしていた。


 遠目でも視認できるほどの大きさの飛行生物となれば、この辺りでは飛竜しかいない。


 見れば飛行艇側も魔術らしき光が飛んでおり、飛竜達を寄せ付けんとしている。火球も全て命中直前に青い光によって掻き消されており、何らかの防御魔術が船全体に張られているのが分かる。


「馬鹿帝国め。飛竜の縄張りで悠長にあんなもん飛ばせば反感を買ってしまうことぐらい分かるだろうが」

「だからここらでの試験飛行に長官は反対したんですね」

「その通りだ。だが、それも手遅れだな。あれだけの数の飛竜が襲撃しているとなると……おそらく白銀が動いた」

「白銀……って白銀竜ヴィースのことですか!? あれって文献の中だけの存在では……?」

「そうしておきたいぐらいに恐ろしい存在だってことだよ。しかしマズイな……」


 ヘルトが眉間に皺を寄せて、その空での戦いを注視する。数は飛竜の方が圧倒的に多いが、しかし飛行艇側はまだ一隻も落ちておらず、逆に飛竜側は次々墜とされていく。


「精度が良くかつ飛竜を貫くほどの威力を持つ魔術をああも乱射できることを知れたのは良かったが」

「それに火球や飛竜の猛攻をまるで寄せ付けていないあの防御能力も侮れません。マジックウォールの魔術なんだろうけど、どうやってあんな広範囲に分厚く展開できんだろう……やはり魔導機の補助が……それならば……」

「ジル、操縦に集中しろ!!」

「うわあ!?」


 目の前に落ちてきた飛竜の死骸にぶつかりそうになり、ジルが慌てて機体を急旋回させる。しかし今度は太い木の幹が目の前に迫った。


「ぎゃあああああ」

「ぎゃあああじゃねえよ!!」


 ヘルトが叫ぶながらも機体の前方に付けた二本の魔導砲身へと魔力を送った。その砲身に込められている永続魔術によってそれは魔力の砲弾となって射出され――赤い軌跡を残しながら、木の幹を吹き飛ばした。


「落ちるうううう!!」

「落ちねえよ!! 落ち着いて着地し――っ!!」


 機体の前方に今度は火球が飛んでくる。ジルが咄嗟にそれを回避するも、右翼にそれが僅かに掠っていき、先端を破壊。それによって僅かに左右のバランスが崩れたせいで、今度左翼が地面へと接触し、金属が悲鳴をあげるような甲高い音が響く。


「マズイぞ!」

「死ぬうううううう」

「死ぬか!!」


 ヘルトがジルの操縦に割り込む緊急装置を発動させて、無理矢理胴体から着陸を開始する。火花を散らしながら地面を何度もバウンドした機体は滑っていき、最後には地面から剥き出しの巨大な岩に激突。


 ようやく周囲に沈黙が訪れた。


「……死ぬかと思った!!」

「それはこっちのセリフだ!!」


 真横に倒れた機体からジルとヘルトが這い出てきた。


「すみません……私ってば考え事するとついそれに夢中になる癖があって」

「飛行中に考え事をするな! だから操縦は俺がやるっていったのに……」

「まあまあ、お互い生きていたので、おーるおっけーです」

「おーるおっけーです、じゃねえよ……どうすんだよこれ」


 ヘルトが呆れた顔で、目の前の機体を見つめた。重力制御の要である翼が両翼とも折れており、胴体部分は一見すると無事だが、それでも精密検査をしてみないと中がどうなっているか分からない。


 なによりこんな戦場の真っ只中に放り出されたこと自体がマズイ。


「まあ、長官と私なら何が来ても大丈夫でしょう! 飛竜だろうがイングレッサだろうが……ってどうしたんですか、長官。そんな怖い顔をして。操縦の件はまあほら……そういう事態を想定した試験飛行ということで」

「……ジル、黙れ。そして動くな」

「へ?」


 ジルは背後に岩しかないはずなのに、なぜか何かが動く気配を感じた。


「――やはり貴様らエルフの仕業か! 許すまじ!!」

「ぎゃああああああ!!」


 そんな声が上から降ってきて、ジルが悲鳴を上げながらヘルトへと駆け寄る。


 ヘルトはジッとその岩の上にいた白銀の竜を見つめた。今も空の上で戦っている飛竜に比べると二回りほど小さい体躯で、何より頭部の角が小さかった。


 それにより、その竜がまだ幼い個体だということが分かる。


「待ってくれ、空の王たる飛竜よ、偉大なる大空の覇者よ」


 ヘルトがジルを背中で庇いながら、ゆっくり、はっきりとそう口にした。飛竜は幼体とはいえ決して油断できない相手ではあるが、確かに自分の魔術があれを倒すことは出来るかもしれない。


 だが、それは絶対にやってはならないことであり、そしてそんなことも知らぬ大馬鹿者の集まりであるイングレッサ魔導軍に、怒りを感じていた。


 一度、竜に血を流させた者に――未来はないというのに。


「待たぬ! 空に上がったニンゲンは全員殺せと父上も言っていた!!」

「よく見て欲しい……俺達は飛んではいない。たまたまここに迷い込んだだけだ」

「笑止!! そう言って我を騙す気だな!? ニンゲンはすぐに嘘を付くと父上が言っていた!」

「だが、父上は飛んでいないニンゲンを殺せとは言っていないだろ?」


 その言葉に白銀の幼竜が首を傾げた。


「むむ……確かに」

「貴方も……あれを墜としに来たのか?」


 そういってヘルトは上を指差した。その先には、次々に飛竜を墜として行く飛行艇があった。


「いかにも! だが我は……飛ぶのが苦手なゆえに、こうして来たのが良いが……」


 なぜかその幼竜は落ち込んでいるように見えて、ヘルトは笑いそうになるのを堪えた。こうして面と向かって竜と話すのは初めてだが……随分と人間臭い。


「飛ぶのが苦手なのか」

「うむ……我の翼は生まれながら歪でな」


 そう言って幼竜が翼を広げた。確かにそれは左右が不揃いで、骨が歪んでいるのかとても飛べそうになかった。


「高いところから滑空程度は出来るのだが……早々落ちてしまって……」

「なるほど……ところでどうやってここから住処まで戻る気なんだ?」

「……歩くしかあるまい」

「ダレン山脈までか? 随分と遠いな。それに陸路は危険も多い。まあ飛竜を襲う馬鹿はいないと思うが……いやいるか。大馬鹿者が……」


 そう言って、ヘルトはため息をついた。


「ううう……父上にまた叱られる……」

「なあ、念の為に聞くが……その父上というのは……」


 飛竜は鱗の色で部族が分けられていると聞く。そして白銀に関しては……一つしかヘルトは知らなかった。


「? それはもちろん白銀竜ヴィースだぞ? 我は白銀の仔ラデューラだ!」

「おお……」


 やはりか、と思いヘルトは頭を抱えたいのを必死に我慢した。よりによって遭遇した竜があの白銀の子とは最悪だった。


「あの……長官……マズくないですか? もしあの白銀の子ってのが本当なら……万が一この子が死んだら……」

。そしてそうなると一番に襲撃されるのが……当然エルヘイムでありレフレスだ」


 それは想定できる限り最悪の事態だった。ただですらイングレッサ魔導軍が攻めてくるというのに、反対側から竜が来ては流石のヘルトと言えど、守り切れるかは危うい。


「どうしたニンゲン。何をそんなに恐れる? この白銀がそんなに恐ろしいか」

「その通りだ。一つはっきりしておきたい、ラデューラ。そう呼んでいいか?」

「かまわん」

「であれば、こちらも名乗ろう。俺はヘルトでこいつは部下のジルだ。俺達はエルフの国からやってきたが、上のあの大馬鹿者は別の国のやつらだ。我々エルフ側は決して竜に対して弓を引いたりはしない。これまでもそしてこれからも」

「では、ヘルトよ。奴等は貴様らの国を越えてここまでやってきたというのか」

「そう。そして狙いは――」


 その言葉と共に、茂みが揺れる音が聞こえた。


「いたぞ! 翼は負傷しているが、生きているぞ!! !!」


 ヘルトがそちらへと目を向けると――茂みから飛び出してきたのはイングレッサ魔導軍の兵士だった。


「ちっ! やっぱりか!!」


 わざわざこんな飛竜のいる土地まで出張ってきた理由は一つだ。


 イングレッサ魔導軍は――竜を捕獲しに来たのだ。それを何に使う気か、ヘルトは容易に想像できた。


「どうしますか長官!?」

「ニンゲン!? あれもヘルト、貴様の仲間か!? 我を捕まえる気か!?」

「違う! くそ、戦闘は避けたがった致し方ない!!」


 ヘルトは杖を構える魔導兵士達へと瞬時にマジックバレットの魔術を展開。魔力の銃弾の雨が兵士達を襲う。


「え、エルヘイム軍がいるぞ!! 撃ち返せ! 竜にはなるべく当てるな!」


 イングレッサ魔導軍の兵士達があの飛行艇でも使われていた防御魔術でヘルトの銃弾を防ぎながら杖を光らせた。そこから無数の弾丸がヘルト達へと放たれる。


「ちっ、魔力が限られているせいで、威力が足りないか」


 ヘルトが悔しそうに悪態をつく。イリスから魔力を貰ってきているものの、この先何があるか分からない以上は無駄遣いできない。


「――大いなる大地よ、繁緑の木々よ、我に護る力を……【ウッドウォール】!!」


 ジルがヘルトの背後で詠唱すると同時に、兵士達の前に分厚い木が何本も折りかさなってできた壁がそそり立つ。それらが銃弾を防ぎ、ついでに兵士達の視界も遮ってしまう。


「今のうちに逃げましょう! ラデューラさんが戦闘に巻き込まれてしまいます!」

「ああ、だがラデューラも逃げるぞ! あいつらは生きた竜、それにおそらく死骸もろくでもない事に使う気だ! 捕まったら最後だぞ!」

「……少しだけ貴様らを信じてやる。二人とも乗れ!」


 ヘルトとジルが頷きあうと、ラデューラの背に乗った。


「おっと、気休めだが――」


 ヘルトは横倒しのドラグアイゼへと隠蔽魔術を掛けた。これで触れさえしなければすぐにはバレないはずだ。


「とりあえず、奴等に見付からない場所まで逃げるぞ」

「……何がどうなっている!  ニンゲンは竜を何に使う気だ!! ニンゲンが竜を狩るなど……信じられぬ」

「あくまで俺の想像だけどな。だが、ラデューラ。君が思うより、人はずっと残酷でそして……狡猾だ」


 その言葉が誰に向けられたものなのか。ジルは少しだけ考えて、結局何も言わない事にした。


 こうしてヘルト達は、飛べない飛竜――白銀の仔ラデューラと行動を共にすることになった。


 それがのちに、エルヘイムにとって大きな転換点となる。



☆☆☆

***


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英雄魔術師、戦争が終わったら用済みだと処刑されたら、なぜか敗戦国のエルフの王女に召喚されたので復讐に手を貸すことに。ところで我が祖国よ、その魔術考えたのは俺だから効かないし、こっちの魔力は無限だぞ? 虎戸リア @kcmoon1125

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