第41話:〝魔導空戦機ドラグアイゼ〟


 首都レフレス――魔導開発研究機関、通称〝魔研〟


 その研究機関はレフレスの中心にそびえ立つ霊樹にほど近い場所に拠点を構えていた。


 一見すると、二階建の極々一般的なエルフの木造建築だが、その秘密は地下にあった。


「長官、そろそろ実際に空を飛ばしませんか~? いくら広いとはいえこの密閉空間では風やら大気やらの影響を測定できませんよ~」


 のんびりとした声で、広大な地下空間に佇むヘルトへと声を掛けたのは、短い金髪にエルフ特有の長耳を持つ女性だった。ほっそりとした枝のような木製フレームの眼鏡を掛けており、その奥には理知的な光と子供のような好奇心が混じった青い瞳があった。


「そうしたいところだが、できればギリギリまで伏せておきたいってのが本音だな。間違いなくこのレフレスは監視されているだろうし。飛行試験なぞした日にはきっとすぐに自慢の飛行艇を飛ばしてくるぞ」

「隠蔽魔術を使っては如何でしょうか? もしくは密かに東のダレン山脈に運んでそこで試験飛行を行うとか。あそこなら流石にバレません」

「あの山脈の空を飛ぶのは自殺行為だぞ? だがいずれにせよ、試験が必要なのは事実だからな。というかジル、お前は単にこれを飛ばしたいだけだろ……」


 呆れたような声を出したヘルトに、彼の部下であり、このレフレスにおいて最も魔術に対する理解が深いとヘルトも認めた女性研究員――ジルがまるで幼い子供のような満面の笑みを向けた。


「もちろんです!!」


 ジルはそう言って、愛おしそうに目の前に鎮座する金属の塊を撫でた。


 それは一見すると、金属で出来たトビウオのようだ。胴体部分には人が二人座れるスペースがあり、顔の部分は魚ではなく、竜をモチーフにしている。逆の尻尾側の左右には折り畳まれた薄い金属の板が重なっており、それこそ魚の尾びれのような部品が後部についていた。


 胴体前方の左右には杖のような部品がそれぞれ取り付けられており、全体的に不思議な金属質の青い光沢を放っている。


「岩国グルザンのミスリル加工技術とヘルトさんと私の魔術理論を駆使し、鹵獲していたイングレッサの魔導人形エメスを再構築して作り上げた最新鋭の魔導兵器――〝魔導空戦機ドラグアイゼ〟。このフォルム、このデザイン! 最高じゃないですか!」

「それは認めるがな……こだわりすぎて結局五機しか完成しなかったじゃねえか……だから俺はもっと簡素にしろって言ったのに」


 そうは言うもののヘルトの、エルフの技師やグルザンから来た交換技術者達が整備しているその五機を見る目は満足そうだった。霊樹のマナを利用して魔術によって拡張されたこの地下空間での試験飛行において、素晴らしい成果を出しているおかげでもある。


 これを実戦投入すれば……きっと戦場がひっくり返るぞ。ヘルトはそんな予感がしており、実はジル以上に早くこれを飛ばしたいと内心うずうずしていた。


 そんなヘルトの下へと――エルフの高官が足早に近付いてきた。


「ヘルト長官。イリス女王より指令書を預かってきております。ご確認を」

「へいへい。言ってくれりゃそっちに行ったのに」

「可及的速やかに対処して欲しいとのことでして……」


 煙草に火を付けつつ、渡された指令書へとヘルトは素早く目を通していく。


 そして読み終えると、笑みを浮かべたのだった。


「――喜べジル。試験飛行どころか実戦投入が思ったより早そうだぞ。噂をすればだが……ダレン山脈でに怪しい動きがあるそうで、調査しろだとよ。場合によってはイングレッサ魔導軍との実戦を想定し、あらゆる兵器や魔術の使用を許可するそうだ」

「飛竜……丁度良い相手になりそうですね」

「そもそも戦いにならなきゃ良いが……まあ無理だろうな。しかし問題は、騎手が訓練不足な点だ。まだまだあいつらを乗せるのは危なっかしいだろ」


 ヘルトの視線の先には、〝トネリコの槍〟のエルフの戦士達の中からドラグアイゼの乗り手――ヘルト達は〝騎手〟と呼ぶ――として選抜された面々が、試作機を実際に飛ばす訓練を行っていた。


 しかしまだその飛行は不安定であり、とてもではないが、飛竜相手に乗らすのは自殺行為だ。


「となると――やはり!!」


 ジルの嬉々とした表情を見て――ヘルトはため息をついたのだった。


「やれやれ……無事に終わると良いが……」



☆☆☆


 レフレスより東方――その地には高峻な山脈が連なっており、その頂は白く雪と氷で覆われている。


 ダレン山脈の呼ばれるその山々のどこか――


「ヴィース様……また我らが同胞が西の地で墜とされたとの報告が」

 

 とある洞窟で、炎混じる吐息を吐いてそう恭しく頭を下げているのは一体の赤い飛竜だった。後ろ脚で立ち、前脚と一体化した翼の半ばにある翼爪を地面へと付けて、服従を表すポーズをしていた。


「グルルルル……愚かなニンゲンどもが……大人しく地を這っていれば良いものを……」


 その低い、地鳴りのような言葉と共にに怒りを露わにしたのは、赤い火竜より二回りほどもある巨体を持つ、白銀の鱗を纏った飛竜だった。その頭部には角が並んでおり、まるで王冠のようにも見える。


 彼の名はこの地方では知らぬ者はおらず、またその名を呼ぶことは人類の間では禁忌ともされていた。


 その名は――〝白銀竜ヴィース〟


 この大陸にいくつかある竜の縄張りのうちの一つを支配しており、人類とは非友好的な種族と言われている。しかし、彼等にとっての生活の場は険しい山であったり大空であったりするので、あまり人類と接触することはなく、辛うじて平和的な関係が続けられていた。


 だが――その領地を侵害されたとなると……話は別だ。


「空は――だ。そこを犯すなどと……許してはおけぬ」

「巨大な船を浮かべているとの報告もありました。エルフにそんな技術があるとは思えませんが……」


 部下の飛竜の報告にはヴィースが首を横に振った。


「エルフだろうがなんだろうが知ったことか。我が領空を侵略する奴等を再び大地へと叩き落とせ」

「かしこまりました」

「我が白銀の名を以て、伝えよ――


 その言葉と共に、ヴィースが咆哮を発した。


 それはダレン山脈中に響き渡り、無数の飛竜達がそれに呼応したのだった。


 空を治めし竜達の襲撃が――始まる。

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