第40話:帝国からの使者


 その来客は――突然やってきた。


「お初にお目に掛かります、イリス女王。私は――現在の指揮を取っております機巧魔導士のゼティアと申します――以後、お見知りおきを」


 あえて野外に置いてある、迎賓用の広場にある玉座に座るイリスの前で恭しく頭を下げたのは、紫色の長い髪を後頭部でまとめた一人の女性だった。着ている服も不思議な光沢を放つ素材で出来て、身体にぴったりとフィットした服で、そのボディラインを惜しみなく周囲に見せ付けていた。


 あれじゃあ水着じゃない……とイリスは思ったが、似たような露出度の高い服を着る従者がいるので、特に何も思わない。


「イングレッサ魔導軍……ね。噂は聞いているわ。南北、そして西からの猛攻を全て跳ね返したそうね」


 イングレッサ魔導軍。それはイングレッサで新たなに新設された軍であり、そしてその名前はとある噂と共に瞬く間にこの大陸中へと知れ渡った。あの――イルギス帝国がイングレッサを乗っ取ったと。


「イリス女王の耳にまで届いているとは――光栄です。ですが、訂正を。跳ね返したのではありません。――と言い換えさせていただきます」


 その女性――ゼティアはそう言ってニコリと笑ったのだった。


 それとは対照的に、イリスは一切表情を変えなかった。


「それで……我が国には何の用かしら?」

「はっきり言います。イングレッサ周囲の四国のうちの三国は話になりません。あまりに脆弱、あまりに無力。最新の魔術も全て旧イングレッサの劣化品。そして欠陥品まがいの魔術妨害装置で勝った気になっている愚か者ばかり」


 旧イングレッサという物言いに、イリスは目を細めた。やはり――イングレッサは傀儡国に成り下がったか。

 それは、イリスがヘルトと一緒に密かに考えていたことであり、鮮やかな先手を打たれたことに内心悔しかった。


「一応……その三国にこの国が入っているかどうか聞きたいのだけど?」

「まさか。私は――驚いているのです。こんな辺境でまさかこれほどのを観れるとは」

「何のことかしら?」


 とぼけながらもイリスは心の中で舌打ちをした。ここまで案内する際に、この首都レフレスの防衛に関する施設は全て見えないようなルートにしたのにもかかわらず、どうやら何かしら察知しているようだ。


 そして、その様子を黙って横で聞いていた――ヘルトがついに口を開いた。


「――イリス。腹の探りあいは時間の無駄だ」

「……どういうことかしらヘルト魔導長官」


 魔導長官。それはイリスが新たに新設した魔導開発研究機関のトップであるヘルトに与えた肩書きであり、そして、イリスがわざわざそれを付けて呼ぶ時は大体、不服な時だった。


「そいつは、イルギスの魔術師としては間違いなく上位に入るような奴だから、そういう政治的なやり取りは無駄なんだよ」

「……合理の魔術師である貴方にお褒めいただけるとは光栄ですね――ヘルト・アイゼンハイム」


 ゼティアが微笑みを浮かべてそう言うが、ヘルトは無視する。


「ふん・俺のなんて、田舎者の道楽魔術とでも思っていそうなくせに、良く言う」

「そんなことはありませんよ? 旧イングレッサの魔術を拝見しましたが……驚きました。間違いなくこの大陸のレベルで言えば、百年近く先取りしていると言っても過言ではありません。噴進爆破、マジックバレット……とても素晴らしいです」

「やめてくれ。それを理解できる私の方が上だと言わんばかりだ」

「実際――その通りですから。この大陸では天才と言われるかもしれませんが……我が国では凡人レベルですね」

 

 そう不敵に言い放つゼティアを見て、ヘルトはため息をついた。


「な? こういう奴だから無駄だって」

「……そうね」


 イリスもつられてため息をついた。これじゃあまるで――女版ヘルトだ。


「分かったわ。それで、ゼティアさん。そんな貴方がわざわざここに来た理由は?」

「勿論――を促すためですよ。ここは他と違い、素晴らしい未来と発展があると私は評価します。このまま潰すのは――あまりに惜しい。なのでこうして優しい私が、わざわざ一人で来たわけです」

「……降伏したらどうなるのかしら?」


 イリスの言葉に、ゼティアが微笑む。


「そうですねえ。基本的には今後はイングレッサの属国となりますね。内政にも干渉しますし、人的資源は最大限こちらで活用させていただきます」


 ゼティアがチラリとヘルトへと視線をやったのをイリスは見逃さなかった。


「ああ。それと、一応ビュルン王がイリス女王を妻に娶りたいと言っておりますので、婚姻していただければ一番話が早いですね。勿論そちらに拒否権なんてないんですけども」

「言いたい事はそれだけ?」

「あと一点――もし断った場合は? と聞かれるでしょうから先回りして答えますと……断るという選択肢はそちらにはありません。我が軍に勝てるものは、国家でも軍でも一個人でも――存在しません。ゆえに、降伏がお互いにとって最も人的被害が少なくかつ友好的に終えられる最適手段だと進言いたします」

「ご忠告感謝するわ」

「それでは、降伏という形でよろしいですね?」


 ゼティアが微笑みを崩さない。


「――お断りよ。さっさと本国に帰って伝えなさい――礼儀も知らない使者しか送れない時点でどれだけ魔術や技術が凄かろうが……


 その言葉に、ゼティアがピクリと眉を動かした。


「……残念です。そこまで愚かだったとは」

「この国の境界を出るまでは、安全を保証してあげる。さっさと出て行きなさい」

「必要ありませんよ。をどうにか出来る存在もまた――この世には存在しないのですから。それでは――」


 ゼティアがそう言って指を鳴らすと――上空に忽然と巨大な飛行船が現れた。


 それはまるで気球のように膨らんだ流線型の気嚢の下に金属で出来た船がくっついた形をしており、各部にマナの光とでも呼ぶべき青色の光が回路のように走っていた。


 その船から、足を乗せる金属部が付いたワイヤーが垂らされており、それを掴むとゼティアはあっという間に空へと上がっていく。


「――隠蔽魔術かしら」

「ああ。しかも、一切探知できないやつだ。まさか【鉄の鳥籠アイアン・ゲージ】すら反応しないとはな」


 ヘルトが西へと高速で飛び去っていく飛行船を見つめて、煙草を吸い始めた。


「ヘルト、あんたあの船が浮かんでいたこと――気付いていたでしょ」

「……さてね」


 とぼけるように肩をすくめるヘルトを見てイリスが深いため息をついた。


「まあいいわ。それを知ったところで今の段階で撃ち墜とすわけにはいかないし。次来たら容赦なく墜としなさい」

「分かってるさ。だが、ちと研究を急がねばならんな。ありゃあ予想以上に――厄介だ」

「頼んだわよ。わざわざ優秀なエルフ達まで使ってやらせてるんだから」

「心配するな、エメスも既に実戦には耐えられるレベルまで上がった。新しい魔術もいくつかある。何より奴らは……まだ俺がイングレッサにいた頃のままだと勘違いしている」


 ヘルトが煙を吐いた。ニヤリと笑みを浮かべた。


「防衛機能にしか気付いていない時点で二流だ」


 その言葉にイリスが頷きながらも、


「例のあれ――本当に使うの?」

「もちろん。あの飛行船にはあれで対抗する」

「理屈は分かるんだけど……やっぱり変な感じだわ。あんな鉄の塊が――空を飛ぶなんて」

「まあ、見ていろ。きっと傑作だぞ――あいつらの慌てふためく姿はな」


 そう言って、ヘルトは不敵に笑ったのだった。

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