第39話:迫る戦争の影


 イングレッサ領――フォス山脈、レーン・ドゥ共和国側の麓。


 フォス山脈はイングレッサ王都から南に行ったところにある大山脈であり、レーン・ドゥ共和国との境界線となっていた。しかし、その山脈もイングレッサの侵略によってレーン・ドゥ共和国側の要所までもが押さえられていた。


 〝円卓〟後、レーン・ドゥ共和国は正式にフォス山脈の所有権を主張し、先の侵略行為やラグナス襲撃事件を理由に軍事行動を開始していた。


「ふ、このマジックジャマーがあれば、イングレッサ軍なぞ恐るるに足らず!」


 そして元々は強力な軍事国家だったレーン・ドゥ共和国には、先の侵略で大打撃を喰らったイングレッサの軍用魔術に対しての対抗手段を既に用意していた。


 それは――マジックジャマーと呼ばれる魔導器具だ。


 その基礎技術はエルヘイムから無償で渡されたものであり――効果は絶大だった。


 フォス山脈防衛の為にイングレッサ軍が造り上げた砦から放たれた噴進魔術が、マジックジャマーの効力で力を失い消滅していく。


 更にイングレッサ軍の歩兵が多用する【マジックバレット】と呼ばれる驚異的な魔術も、このマジックジャマーの前では無力だった。


「軍用魔術さえなければ――我らレーン・ドゥが負けるはずがないのだ!」


 レーン・ドゥ共和国軍が破竹の勢いで次々と砦を落としていく。


「ようやく、我らが母なる山を取り返せるな!」

「この勢いでイングレッサを潰そうぜ!」

「ぎゃはは! 良いな!!」


 レーン・ドゥ共和国軍の兵士は、楽勝ムードに酔いしれていた。


 事実、指揮官クラスの者達も表向きはそれを窘めるものの、心の中で同じような考えだったからだ。


「もはや――勝ち戦だな」


 そう、今回のフォス山脈奪還作戦の総司令官も呟くほどだった。


 だがその判断は――あまりに甘すぎた。


「――伝令!! 第五砦が……奪い返されました!!」

「……なに? どういうことだ!? 第五砦からこの前線より遙か後方だぞ!? そんなところにイングレッサ軍がいるわけな――」


 総司令官の言葉の途中で――空から聞いたことのないような音が響いた。


「なんだ……あれは……」


 総司令官は空を見上げ――そして絶望した。


 そこには巨大な船のような何かが浮いており――次々と黒い何かが投下されていた。


 僅か十分後――レーン・ドゥ共和国軍の司令所は潰滅。更に前線を後方より崩され――実質的にレーン・ドゥ共和国軍はフォス山脈から再び敗走を余儀なくされたのであった。



☆☆☆



 エルヘイム首都レフレス――〝霊樹の館〟


「……レーン・ドゥ共和国軍が……潰滅?」


 執務をしていたイリスにそんな報せが届き、彼女は思わずペンを止めた。


「はい。情報が錯綜していますが――が使用されたそうです」

「くくく……ほれ始まったぞ」


 それを横で聞いていたヘルトが嬉しそうに笑った。


「……結局、ヘルトの言う通りになったわね」

「だから、言ったろ? 本当の戦争はこれからだって。言っとくが、イングレッサは更に厄介なことになっているぞ」

「そうね。どうやらビョルン王も前と同じ操り人形に逆戻りしたようね。今度の糸の先はあの新しい宰相かしら? 確か名前は……」

「リカールだ。マリアの下にいた元参謀だな。くくく……中々のやり手じゃねえか。だが、あいつは操っているフリをしているだけだ――背後にはもっとがいるぞ」


 その言葉を聞いて、イリスが執務机の端に置いていた地図を見つめた。


 このイーフィリア大陸が描かれた地図だが――大陸の南西には細く長い列島があった。しかし、大陸とその列島の間には、黒く塗り潰された海が存在している。


「イザナ帝国――噂には聞いていたけど……まさかあの〝絶海〟を越える手段を持っていたなんて」

「強大な魔物が潜み、海は渦巻き、船なんて出そうものなら数十分で海の藻屑と化す、人を拒絶せし黒き海――絶海。あれを越えるとなると――


 それは――ヘルトが研究していた分野でもあった。


「つまり、帝国はその技術の確立に成功し――この大陸へと本格的にやってきたってことね」

「そしてイングレッサに接触した。どうやら相当この大陸の事情に詳しいようだ。良いところを突く」


 ヘルトが嬉しそうに笑う。


「なんであんたは楽しそうなのよ。そんな技術があるってことは……あんたがいた時のイングレッサ以上の強敵の可能性があるのでしょ?」

「そういうこった。俺も忙しくなりそうだな」

「頼りにしてるわ。例のやつはどう?」

「試験的に運用しているが、そろそろ実戦形式で使いたいところだ」

「その機会はすぐに来そうね。はあ……ようやく国内がまとまってきたと思ったら……」


 ため息をつくイリスは、来る戦争の影に頭を悩ませるのだった。


 こうして、イーフィリア大陸はかつてないほどの動乱の時代へと突入することになる。

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