第38話:新たなる火種


 イングレッサ王国――王城、王杖の間。


「ああ……どうすれば……どうすれば……」


 若きイングレッサの王ビョルンは一人、玉座で頭を抱えていた。


 苦言と不満しか口にしない貴族達は全て王宮から閉め出したものの、根本的解決にはほど遠かった。


 各国からは日々圧力がかけられており、軍事行動を開始したの報告も各方面から上がっていた。だが軍部のトップであるマリア・アズイールが戦死したため、軍の統率が取れず、かといってそれをまとめるほどのカリスマや力を持つ人間は誰もイングレッサに残っていなかった。


 優秀な者達は既に各国に亡命あるいは引き抜きされていて、もはやイングレッサは外部から見える以上に、その内部は崩壊寸前であり、放っておいて勝手に自滅するのではないかという予測が各国でも上がっていた。


「くそ……マリアめ……あいつが失敗したせいで!! 僕は何も悪くない……悪くない!!」


 ビョルンの憎しみの籠もった声が響く。だが、どれだけ死者を恨んだところで、何も解決はしない。


 そんな時に――扉が開いた。


「だ、誰だ!? 誰も入るなと言っただろ!?」


 ビョルンが叫ぶも、入ってきた青年は気にせずビョルンの前へと進むと、頭を下げた。


「このたび――貴族院の推薦により、王の補佐を行うことになりました、リカール・ランブランです」

「補佐? そんなものはいらぬ! そもそも貴様ら貴族はこれまでは甘い汁を吸っていたくせに、国が傾いた途端、裏切ったではないか!」

「ええ。承知しております。不遜にも、王より頂戴した土地は他国に売り、代わりに領主としての身分を確保した貴族達が後を絶ちません」

「お前だってそうだろう! ランブラン家当主がまっ先にレーン・ドゥへと密の連絡を取ったと聞いたぞ!」


 ビョルンが憎しみの籠もった目で、元マリアの参謀であった青年――リカールを睨み付けた


「そうしたいところだったのですが……生憎、」 

「約束……?」

「ええ。この腐った王宮を締め直せと……元上官に言われましてね。というわけで挨拶がてら、まずはビョルン王への手土産を持参いたしました――持ってこい」


 リカールが笑みを浮かべたまま手を叩くと、扉の向こうで待機していた大男が二人、巨大な麻袋を背負って中へと入ってくる。


「王に、見せたまえ」


 リカールがそう言った瞬間、大男達が麻袋を逆さにして、その中に入っていたものをビョルンの前にぶちまけた。


「ひ、ひいいいい!?」


 ビョルンが思わず悲鳴を上げたのも無理はなかった。


 なぜなら彼の目の前には――無数の生首が転がっていたからだ。


「――保身の為に他国に情報、もしくは領土を明け渡したもの、王に対し反乱を起こそうとしたもの……全て、

「お、お前……実の父を……」


 その生首の中には――リカールの父であり、彼を追放した現ランブラン家当主の首も転がっていた。


「国賊は肉親であれど、討つべし。身内だからこそ……ですよ、ビョルン王。これで貴方に逆らう者もイングレッサに反旗を翻す者もあらかた消えました」

「……そ、それはつまりどういうことだ」

「王の思うがままに国を動かせますよ。それを補佐する為に私がいます」


 ニコリと笑うリカールには、マリアの下にいた時のあの自由奔放な参謀の姿はなかった。


「ぼ、僕はどうすればいい!? うちの軍はもう……」


 既に、雰囲気に飲まれたビョルン王に、目の前の青年に従うという選択肢しか残されていなかった。それは絶望的な闇の中に差す、一筋の光明に見えたからだ。


「軍に関しては、私が再編いたします。ですが、王もご存知の通り、これまでのように軍用魔術だけで他国を圧倒できる時代は終わりました。これからはより高度な戦略とそれを行う為の魔術と技術が肝要となります」

「そ、それはそうだな!」

「ですが、残念ながらヘルト・アイゼンハイム亡き今、魔導機関はもはやゴミ同然。イングレッサだけでは、おそらく無理でしょう」

「だけでは? どういう意味だ」

「その話は――からしていただきましょう」


 そう言って、リカールが王の前を譲ると――どこから現れたのか、まるでずっと前からそこにいたかのような存在感を出す――フードを目深に被った女性がそこに立っていた。その服装は、この周辺では見ない異国の物であり、どこか洗練されたデザインだった。


 そして彼女はフードを外すと、ビョルンに向かってニコリと笑ったのだった。


「お初にお目に掛かります……のゼティアと申します――以後、お見知りおきを」



☆☆☆



 エルヘイム首都レフレス城壁――【ウォールオブイリス】


「また、こちらですか」


 夜風を感じながら煙草を吸っていたヘルトの下にやってきたのはアイシャだった。


「そういうお前もな」

「ここは、誰も来ないので落ち着きます」

「分かるよ、その気持ち。どうだ、うちの女王様は」

「もう嫌だああああって叫びながら執務をこなしていますよ。やることは山ほどありますからね」

「かはは……それもまた王の仕事だ」


 ヘルトが笑って、持ってきていたワインの小瓶をアイシャへと投げた。


「レーン・ドゥ産だ。流石といった味だな」

「ありがとうございます。それでは遠慮無く」


 アイシャがワインを飲むのを見て、ヘルトが黙って城壁の外を見つめ、ポツリと呟いた。


「どうなると思う」

「イングレッサは自滅するのではないでしょうか。ただ潜入させている諜報員によると、大規模な粛正が行われたとか。もしかしたら……イングレッサは再び結束しはじめたのかもしれません」

「……それは破滅への一歩だがな。だが少なくとも、ただ俺達にやられるを見ているだけという風にならなさそうだ。近々、動きがあるかもしれん」

「そうかもしれませんね」


 ヘルトが煙を吐き、しばしの沈黙が二人の間に訪れた。


 そしてアイシャがおもむろに口を開いたのだった。


「貴方は――何を、

「……何の話だ?」

「あの貴方が、使役の呪縛がなくなったあとも素直にイリス様に付き従うとは到底思えません。イリス様は貴方を信頼しているようですが……私は違います」

「素晴らしい従者だ。そのまま俺のことは監視しておけ」

「言われずとも。貴方には今、イリス様に従う理由は何もありません。貴方を処刑したミルトンは死に、イングレッサは滅びいく運命にある。貴方の復讐は半ば達成された。なのに――なぜ」

「おいおい、俺がイリスに惚れた――という理由は考えられないのか」

「ないです」

「即答かよ……」


 呆れたような声を出して、ヘルトが夜空を見上げた。


「私は、貴方がラグナスからこのレフレスに戻って来くる間の数日間に――何かがあったと推測しています。そしてその結果、貴方はイリス様の下に戻ることを決意した。それが――最も貴方にとって都合が良いから。違いますか」

「流石は、流浪の民であるジプセンだ。そういう臭いには敏感なのかね?」

「裏切りと反逆は――


 そう言って、アイシャが笑った。その顔を見て、改めてヘルトはこの女も油断ならないなと思った。


 とはいえ、隠すこともない。ヘルトは思うままに口を開いた。


「そうだなあ……世界はよ、どうも俺が思っている以上に広いみたいでな。もう少しだけ、この世界にいたくなった。だからイリスの下に戻ってきた。それが理由じゃダメか?」

「貴方がそこまで執着するということは、どうせろくでもないことなのでしょ?」

「言い方は悪いが、その通りだな。俺としては軍用魔術にこれ以上の発展は必要なく、代わりに平和になった世に役立つ魔術を開発研究したいという気持ちもあったんだが――まだまだ俺の知見も甘かった。軍用魔術に限りはなく――そして更なる飛躍が求められている」

「また――戦争が起こるのですか」


 その言葉を聞いて、ヘルトが顔を歪ませた。


「また? おいおい、ここまでのやつは戦争ですらなかっただろ。ただの虐殺だ。だが……これからは違う」

「何が起こるのですか」

「これからの戦争は――否が応でも悲惨で凄惨で無惨な物になっていくだろう。それを見ずに消えるのは……かはは、魔術師として有り得ないだろう」

「……狂ってる」

「そりゃあ最高の褒め言葉だよ。だから心配するな。イリスやこの国を裏切る気はない。だが……それだけだ。戦争が起これば喜んで智恵と魔術を授けるが――それをどう使うか、もしくは使は……イリス次第だ」

「留意しておきます」

「さあ、ボヤボヤしていると飲み込まれるぞ」

「飲み込まれる? 何にですか?」


 そのアイシャの言葉に、ヘルトはそれそれは楽しそうな表情を浮かべ、こう言ったのだった。


「――


 こうして、世界は更なる動乱の時代へと――突入することになる

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