第37話:図星
「ふう……ギリギリだったな」
目の前で事切れているマリアの死体を見て、ヘルトが煙草の火を付け、煙を吐いた。それはどこか、弔いの火に似ていた。
彼はマリアが放ったエーテルスラッシュに、独自に解析し造り上げた言わば疑似エーテルスラッシュのような魔術をぶつけたのだった。結果、効果が相殺され――あとはどちらの魔力量が押し切れるかという勝負になっていた。
拮抗していたのだが――僅かにヘルトの方が上回り、結果彼は生き残り、マリアは死んだ。
「その死に……意味はあったのかマリア」
それに対する答えは――誰にも分からないだろうとヘルトは思う。だが、少なくともイングレッサに明るい未来がないことに変わりはない。だが――少しでもイングレッサの流れる血が減るのであれば……意味はあったのかもしれない。
「……くだらん感傷だ。だがまあ、元同僚として……ちったあ考慮してやるよ」
ヘルトは今後のイングレッサへの対応について脳内でまとめながら、その場を去ったのだった。
結果として――この襲撃事件によってラグナス防衛隊に僅かな死者が出た程度で済んだが――イングレッサ軍はヘルトのせいで大打撃を受けており、また今回の襲撃によって国際的立場も失ってしまった。
大国の、斜陽の時代が始まった。
☆☆☆
数日後。
エルヘイム首都レフレス、イリスの臨時執務室。
既に各国の王達とは今後について打ち合わせ済みであり、彼ら彼女らはそれぞれの国へと帰っていった。護衛に〝トネリコの槍〟がついているので、問題ないだろうとイリスは判断した。
「……遅いわね」
「イリス様。そんなにソワソワして……」
「してない!」
イリスは、一向に帰ってこないヘルトにやきもきしていた。報告によれば、大規模な魔力爆発が起きたらしいが、マリア・アズイールの戦死の報しか流れておらず、ヘルトの行方は不明だった。
「まさか……死んだとか?」
アイシャの言葉にイリスが首を横に振った。
「死ぬわけないでしょ? それに今は繋がりはないけど、何となく分かるの。彼はまだ存在しているはずよ……多分」
「では、なぜ帰ってこないでしょうか?」
「……分かんない」
イリスの脳内で、まさか……いやそんなわけない、という葛藤が幾度となく繰り返された。
「やはり……使役の呪縛を解いたのは間違っていたのでは……今さらですが」
「そうしなければ……どうなっていたかは分からないわ」
「それはそうですが……イリス様はもう一つの国の君主なのです。最悪を想定した方がよろしいかと」
「最悪……ね」
最悪があるとすれば……彼が再びイングレッサ側につくことだろうが、それは無理な話だ。そもそも自分の魔力供給がないと満足に活動できないのだから。
であれば……代わりとなる魔力源を見付けていたら……?
「はあ……考えても無駄ね」
「それもそうですが、イングレッサ側も怖いぐらいに何も動きがないですね」
「それはそうよ。ラグナス襲撃のせいで、イングレッサ軍の本隊に結構な死傷者が出たそうよ。更に、各国から非難と賠償請求。今頃、国内をまとめるのに必死でしょう。下手したら勝手に内戦を始めて瓦解するかもね」
「……やはり、我が国もイングレッサへの報復軍事行動に参加するのですか」
アイシャの言葉に、苦い感情が滲み出ていた。
「そりゃあね。その場の流れとはいえ、私がそれを提案したようなものだし」
「イングレッサの民には何の罪もありません」
「そうね。彼らに私達と同じような目に合わせるつもりはない。ないけども――こちらの領土が焦土と化した中、自分達だけぬくぬくと生きていた彼らに私は正直、何の感情も抱かない」
その言葉には、何の感情も含まれていなかった。
「ええ。それは分かります。ですが……これ以上悲劇を繰り返し必要はあるのでしょうか」
「それを決めるのは我々ではなく――イングレッサよ」
「そう……ですね。賢明な判断をしてくれることを願うばかりです」
期待できないとばかりにアイシャとイリスが同時にため息をつき――顔を見合わせて笑ったのだった。
そんな時。
「イリス様!! 城壁の向こうに!!」
そんな宰相の慌てた言葉を聞き終える前に――イリスは執務室を飛び出す。
途中ですれ違う人々に怪訝な顔で見られるも、無視してイリスは走った。
開け放たれた門の衛兵達の制止をも振り切って、イリスが一人で城壁の外へと出ると――
「よう……悪ぃな。ちと戻るのに時間かかっちまった」
そこには、赤髪の魔術師が悪びれない様子で佇んでいた。
「ヘルト! あんた!……いえ、いいわ。うん。今度こそ――おかえり」
「……ああ。済まないが、魔力を。なんせ帰る途中で切れてしまったな。あやうく消えるところだったが、たまたま旅の魔術師に出会ってな。そいつに魔力を分けてもらったおかげで何とかここまでこれたが……そろそろ限界だ」
「うん」
イリスがヘルトに抱き付くと――腰に回した腕を通して魔力を込めていく。
そんなことをしなくても魔力は届くのに――と思ったが言わないでおこうとヘルトと思った。じんわりと暖かい魔力が身体を満たしていく感覚に、ヘルトは思わず笑顔を浮かべたのだった。
「さて……イリス。積もる話はあるが……まずは使役の呪縛を戻す作業を――」
ヘルトが慎重に言葉を選びつつ続きを言おうとするが――
「うん、それだけど。
イリスがヘルトから離れると、そう言って、ニコリと笑った。
「……は?」
それはヘルトらしくない、素で驚いている表情と声だった。
「だって、ほら、こうして二度も戻ってきてくれた」
「いや、だってそれはお前はその……魔力供給がだな……」
「でも、どうせその解決方法も既に考えついているのでしょ?」
「……なんのことかな?」
「ふふふ……さらにどうせ、使役の呪縛も解析してて、使役されるフリをするつもりだったとか」
「そ……そんなわけないだろ!」
あまりに図星過ぎて、ヘルトが思わず笑顔を引き攣らせてしまう。
「ま、そういうことだから。それに――祖国の復興はまだまだだけども……少なくともその土台はヘルトのおかげで完成したわ。だからこれ以上、貴方を強制したくないの。本音を言えば、これからもバリバリ働いて欲しいところだけど」
「……やれやれ。相変わらず英雄使いの荒い主人だ。いいさ、ならば俺自らの意志で見届けてやるよ――イリスの覇道をな」
そう言って、ヘルトはまるで道化のようにお辞儀をした。
「頼りにしているわヘルト。改めて――よろしくね」
「ああ、任せておけ」
そうして二人は笑顔で握手をしたのだった。
のちに、最も偉大な女王と謳わるようになるイリスの側には様々な英雄が集ったという。だが、そのまとめ役となり、最も女王がその耳を傾けたと言われる一人の魔術師についての記録は――ほとんど残されなかったという
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