キラキラ

降矢めぐみ

キラキラ

 この地域には、昔から言い伝えがある。

 七月七日、天の川を渡れば、運命の相手と出会えるだろう――。



 暑い。うだるほどに。

 この時期には必ず訪れる母の実家。七夕行事の手伝いがやっとひと段落したところで、ルカは焼きそばとかき氷をたいらげて、勝手知ったるお気に入りの森にやってきた。

 街灯と言えるものはほとんどないけれど、天の川が夜空一面に広がっていて、幻想的な光がある。

 森の空気を胸いっぱいに吸い込みながら気ままに歩く。

 一瞬だけ強い風が吹いた。肩にやっとつく長さのルカの髪はボサボサになったが、代わりにどこからか歌を運んできた。とても澄んだ、低い声。その声に導かれるように、自然と足が動く。

「あれ、川が流れてる……」

 この川は夏休みに何度か来たことがあるが、真夏でも凍っている不思議な川――だったはず。水となって流れているのは初めて見る。

 さらに驚いたのは、水面がキラキラ光っていること。

「まるで――」

「天の川みたいでしょ?」

 いつの間にか歌声は聴こえなくなっていた。

 年は十四のルカより少し上だろうか。濡れた黒髪、白い肌。上半身は何も纏っておらず、大きな岩の上で寛ぐ彼に、この世のものとは思えない色気を感じる。

「天の川が水面に映る今日この時だけは、必ずここへ来て、大好きな歌を歌うんだ」

 ルイと名乗る彼は、遠い目をして微笑を浮かべた。川を一つ挟んだすぐ向こう側にいるのに、なんだか遠く感じた。

「私はルカ。……そっちへ行っていい?」

「待って。この川は少し深いんだ。僕がそっちへ行くよ」

 ルカが川に入れようと出した足を引っ込める間に、ルイは流れるような動作であっという間に泳いで渡ってきた。

 キメの細かい滑らかな肌が目の前に現れた。反射的に目を逸らす。そしてもう一度、ゆっくりと顔を見上げると、ルイは優しく微笑んだ。

 祭りが行われている方へ、二人でおもむろに足を進める。葉の擦れる音や虫の鳴き声をBGMにしながら、ぽつりぽつりと話す彼の声音がとても気持ちいい。

 祭りの場所まであともう半分くらい。そんなところで、ルイは突然足を止めた。空を仰ぐその顔には翳りが見える。

「ルイ、どうしたの?」

 ルイは視線はそのままに、ルカの質問に答えた。

「天の川が消えてしまえば、あの川は……僕は、もう戻れない。だからいつもあの岩の上にいるんだ」

 とっさに見上げると、確かに雲が出てきている。まるで天の川を消そうとしているみたいに。時間の終わりを告げるかのように。

 踵を返すのと同時にルイの手を引く。

「ここらへんは天気が急変することがあるの。急いで戻らなきゃ!」

 ルイが呆気にとられたのには構わず、一目散に駆ける。走ってしまえばなんと言うことはない。あの川まで――二人が出会った場所へはあっという間だった。

 川の光は先ほどまでの輝きを失って、わずかな光源が必死に繋いでいる。

「もう行かなきゃ」

 お互いの瞳が、柔く光る水面で交差した。耳元ではルカよりも荒い息づかいが聞こえる。

「来年! また、必ずここへ来るから!」

少し目を見開いたルイだったが、ゆっくりと目を細めた。

「そうだね。また会えるのを楽しみにしているよ。そして願わくば、その次の年には、ルカを貰いに行くね」

 それから弱々しくも片目を瞑って、こうつけ加えた。

「ルカの口づけで、僕は……僕になれるんだ、ずっとね」

 不思議なもやがかかってそれが晴れると、そこにはもうルイの姿はなかった。



 どっと暑さが戻ってくる。

 また来年。それまでは川を挟んで離ればなれ。

 どうか晴れますようにと、短冊に願いを込めて。

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キラキラ 降矢めぐみ @megumikudou

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