第66話 それぞれの想い

 乂魔研究所で起こった出来事から一週間が経った昼過ぎ。


 港に面したベンチには、ショートボブの女性と、彼女に不釣り合いなほど暗い雰囲気をかもし出している青年が腰かけていた。


「イチは記憶を取り戻す異能者捜しの旅に出るというし、サムナーさんは手紙を差し出したっきり行方知らずだし……本当、二人とも勝手すぎるよね」

 ヨーコは不満げに隣に座るハチに云った。

「……これからどうするの」

「うーん、そうだなー」

 右手を太陽にかざしながら、その眩しさに目を凝らす。「変なこと云っていい?」

「うん……」

「正直、これまでミワの仇を討つことしかずっと頭になくて。だからこの先の未来とか、考えたこともなかったんだよね」

 ヨーコは前を通る人々に目を向ける。

「でも……よく考えたら、この街で私たちが今生きているのって、奇跡なのかも」身体に刻まれた数字に触れて云う。「自由に生きることが叶わなかった子たちの為にも……せっかく生きる機会が与えられたのなら、思う存分生きてやろうって。今はそう思ってる」

「うん……」

 ハチは長いまつ毛を見上げ、海を見た。その水平線の先には、かつて同じ空間を共にした、名もなき仲間たちが見守ってくれている―――そんな気がした。

 胸ポケットに手を入れる。そこには、研究所の管理室から取り出したカードがあった。その表面には乂魔の注射器を受け止めてできた、小さなくぼみがあった。


「……皆が、守ってくれた」

「なんか云った?」

「ううん……」

「それでつい昨日ね、思い付いた未来があるの」

「なに……?」

「サムナーさんが私たちにしてくれたみたいに、身寄りのない子供たちの居場所をつくれたらいいなって」

「……」

「……なによ。なんか云いなさいよ」

「全然……変な話じゃないと思う」

 ハチは静かに云うと、彼なりの笑顔をヨーコに向けた。「僕も手伝う……イチが帰ってきたら……きっとまた三人で居られるから」

 ヨーコは笑い、頷いた。そしてこの街で高くそびえ立つ建物に目を向けた。

「あの組織と取り合いになるだろうけどね」


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


 ルゥドの幹部会議。

 一介の新人社員に過ぎないコウはまたも召集をかけられたことに、二度目ながら緊張しすぎて早めに着いてしまった。

 そして偶然にも、最も気まずい相手が先に居て、二人きりになってしまっていた。


「あの、イチさん」

「なんだ」

 少し離れた席に座るイチは閉じていた左目を開きコウを見る。

「やっぱり……私のこと恨んでいますか」

 少しの沈黙のあと、コウの云わんとすることにイチは気付く。

「俺がこの街を離れるのは、別にお前のせいじゃない」

「あ、え……そうですか」

「いや、やはりお前のせいだ」

「えっ」

 コウはイチの紅い瞳に見つめられ、びくっと肩を震わした。

「お前の記憶が戻ったように、俺もいつか戻るかもしれない―――そんな希望を持ってしまったからな」イチはふっと笑った。「それを確かなものにするために、俺は今できることをするだけだ」

 その覆われた右目がなぜか透けて見えて、コウは優しい眼差しを向けられた気がした。


「なんだァ?今更自分探しの旅かよ」豹瑠が牙を覗かせて部屋にやってきた。

「豹瑠、寂しいか」伐文は豹瑠の背後から低い声で云う。

「ばっ……ンなわけあるかっ!幹部の席に穴があくのが気に食わねェだけだっ!」

「心配するな。たまには顔を出す」

「だからちげェっつってんだろっ!」


 伐文の後ろからマコト、緘人、RとL、ユニオットと続き、一気に部屋がにぎやかになる。


 初の会議に緊張気味なユニオットをみて、コウは懐かしい気持ちになった。

 そのユニオットの隣にマコトが腰かける。

「おぬし、叶田をしらぬか。あの日から見かけぬのじゃが」

「あ、えと眼鏡の人ですよね」

 ユニオットは少し考えこむと、はっとする。「そういえば、最後の爆発直後に光警に見つかり、逃げ回っていたのを見かけました」

「……懲りないやつじゃ」

 マコトはやれやれと首を振ると、少年の肩に手をそっと置いた。「それはそうと、おぬしに訊きたいことがあったのじゃ。ルゥドの牢獄の監視カメラの映像をみてからずっとじゃ」

「は、はい」

 マコトは頬を赤らめてささやく。「その……彼奴あやつの背中の居心地はどうじゃった?ああ見えて筋肉質そうじゃが、実際のところ、どうだったのじゃ?」

「え……ええ??」

「ダメだよー、新人君を困らせちゃ。そんなに気になるなら、自分で試してみたらいいじゃん」緘人が楽しそうに笑う。

「うぬ……平城のくせに一理あるな」

「うんうん。是非その時は僕も呼んでね。なんだか面白そうなことが起きる予感がするからさ」

「緘人さん、それはやめた方がいいかと」Rが心配そうに助言し、その隣のLが頷く。

「そうだよ、またボスに怒られるよー」


 コウはその一見するとバラバラな組織の構成員をみて思った。

 これが、ルゥド。自分が存在する居場所であると。この人たちと共に、明日に向かって生きているのだと。 

 

「あれ、嬉しそうだね」コウの表情に気付き、緘人は微笑んだ。


 コウはいつ振りか忘れるくらい、久しぶりに―――心からの笑顔を、浮かべていた。



✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 



「なんだかルゥドに良いとこ取りされちゃった気がするわ~」

 カウンターに上半身をうつ伏せるマスターに、木騎は笑った。

「ははっ、何を云ってるんですかい。マスターも大活躍だったじゃないですか!」

「ええ。あの時、僕の意図をしっかり読み取ってくれたのはさすがです」と京也は熱々の珈琲を淹れながら云う。「緘人が視た3%の未来―――マスターがその可能性にてくれたおかげで実現したのですから」


 マスターの「完全必勝」とよばれる力。

 どんなギャンブルにも勝つその異能を緘人が乂魔に飛び込む直前に発動させ、確率の低かった未来を見事に勝ち取ったのだ。


「あの時は急にインカム越しにあんたたちの会話が聞こえてきたから、驚いたわ~。でも、なんか釈然しゃくぜんとしないのよね。またアイツのいい様に動かされた気がするの」

「アイツって、ルゥドのボスのことか?」夏目は淹れたての珈琲をマスターの前に置く。

「そう、あの陰険で悪辣な策略大魔王‼あら、これいい香りね」

「マスター、奴とは一体過去に何があったんですかい……」

 しかし木騎の不安そうな問いかけをマスターは無視し、珈琲を美味しそうに口に運ぶ。静雫はその様子を哀れな目でみつめた。

「そういえば、緘人が生き残った3%の方法ってなんだったんだ?」

腕輪リングさ」

 京也は首を傾げる静雫に微笑んだ。「緘人が身に付けている腕輪は硬度の高い紫水晶アメシストを使用している。だから乂魔から奪ったぬいぐるみを上空に投げ飛ばし、腕輪から抜き取った石を命中させて爆発させたんだ」

「嘘だろ……あの土地一つ買える宝石を……」

「それによって威力は半減したけど、爆風の衝撃に乂魔は吹っ飛んで行方知らず……僕と緘人の場合、幻想のカラスたちが羽を広げて守ってくれたけどね」

「へぇ、あのカラスが人助けを」静雫は自分を襲ったマコトとそのカラスを思い出し、皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。


「行方知らずの乂魔を追わなくていいのか?」夏目は隣に座った京也に問いかける。 

「僕ができる精一杯の脅し文句は云ったからね」京也は頷いた。「あとは彼が生きて、罪を背負っていくことに期待するしかないかな」


 藤色の瞳の奥で芽生えた黒い部分は、きっと一生消えることはない。

 それでも―――


 京也は辺りを見渡した。

 古びた店内に、見知った顔。自分にとって、大切な、かけがえのないものに囲まれている。


 京也は苦い珈琲を口に含むと優しく微笑み、静かに呟いた。

「今の処は、これで十分さ」





終。

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BITTER COPS(ビター・コップス) 歩夢 @leo_pon

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