第65話 果たして

「ボス……出過ぎた真似、申し訳ございません」


 ルゥドのビル最高層に位置する社長室。

 この街で最も安全で、最も危険ともいわれる場所。天井が高く広々と空間を持て余したその場所に、緘人は正座していた。


「君が無事でなによりだよ。……足、しびれないのかね?」

 ところで、とボスは続けた。「乂魔博士に我々との取引を持ち掛けたのは、一人の老婆だったらしいのだよ。私はその姿を見てはいないのだが―――なんでも、銀色の瞳をしていたそうだ」

 ボスは緘人を興味深そうにみつめる。しかし緘人は笑みを浮かべたまま表情を崩さない。

「つまり、ボスは僕が変装をし、その老婆として博士に商談を持ちかけたと疑っているんですね?」

 ボスはふっと笑った。

「私の憶測にすぎないのだけどね。君は彼とあらかじめ接触し、こうなることを知っていたのではないかな?そのうえでユニオット君を味方にする計画を立て、乂魔博士と京也くんを引き合わせた」

「すべてが計算通りだったと?……ははっ、まさか。買い被りすぎですよ」

 緘人はやれやれと頭を振った。「いくら僕でも、結末を知ったうえで火の海に命を投げ出すような真似―――そんなはできませんよ」

 肩をすくめる緘人の様子を見て、ボスは納得したように頷いた。

「まあ、そうだね」

「あ……都合よく記憶を消せない限りは」

 緘人は思いついたように云うと、にっと笑った。



 緘人が去った後、ボスは誰もいない部屋で湯気の立つ最高級のティーカップを眺めていた。


 サファケート―――その魔薬まやくの名は、副作用として窒息する苦しみを表現しているだけではない。それを手にした者は授けられた能力の代償として、人としての意志を失う苦しみをも味わうことになるわけだ―――


「……実に興味深い」

 そして微笑んだ。「だが残念ながら、この組織には不要なものだった。随分とそれを消滅するための費用はかさんだがね」

 そして紅茶を口に含み味わうと、ほうと息をついた。

「しかし緘人くんの素直じゃないところは、誰に似たんだか……―――あ、私か」

 それは仕方ない、とボスは苦笑いした。

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