独り言の価値

忍野木しか

独り言の価値


 咲く花に願いなんて込められないという独り言。心の中で呟いた言葉は誰のものよりも重い。薄い花弁を鼻に近づけると確かにいい匂いがする。それ以上でもそれ以下でもない花の価値は匂いだ。陽に靡く花の美しさに僕は価値があるとは思えない。

 全てのものにはそれぞれ何か一つの価値がある。

 例えば割れたティーカップ。お湯も注げないカップの欠けた側面は観賞用にすらなり得ない。もちろん願掛けなどは通じないし、願いが一つ叶ったとすれば、それは僕自身の努力の賜物だろう。皮膚を傷つける以外に一見何の役にも立ちそうにないと思われる、それ。実は一つの役に立ち、古いものから新しいものへと移り変わる転機となる。風が吹けば桶屋が儲かるというように、ティーカップが割れれば部屋が綺麗になるのだ。 

 おや? それは割れたティーカップの価値ではないだろという声が何処からか聞こえてくる。それで一つの価値と決めつけるのは早すぎるという意見もある。全て、僕の心の中でだがね?

 確かに一つの価値というのは言い過ぎたかもしれないし、的を得ていると言えなくもない。例えば紙幣は一般に尺度、交換、貯蔵の三つの価値があると言われるも、その実、大きな一つの価値を持つに過ぎないと僕は考える。虫や花が紙幣に喜ぶことはないし、死んだ人には無用の長物だ。生きている人間の幸福の指標、それが紙幣の価値だろう。

 え? 唯物史観に毒されている? お金が幸福の全てでは無い? 

 先ほども言ったように、これは僕の独り言であり、僕の独り言は僕自身に重い一つの価値を作る。部外者は黙っていたまえ。という部外者もまた僕の心の中で作り上げた独り言の産物なのだろう。それもまた一つの価値を僕に残す。

 おっと、割れたティーカップの話だったね? いや、花か?

 花の価値はその匂いにあり、割れたティーカップの価値は移り変わる転機にある。もちろん、その価値を利用しようとする意思がなければ、空気中の窒素のように当たり前にそこにあって、当たり前に無視される存在へと成り下がるのだろうが。

 最後に一言。花の美しさに価値を見出したものはその匂いに価値を求めてはいけない。これも僕の独り言だ。

 

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