第6話「海鮮丼」
「あ~、今日も疲れた~!」
バイト帰り、今までは憂鬱でしかなかったこの時間も家に帰れば待っている家族を思い浮かべて笑顔になるくらいになっている。
「今日はスーパーでアレが安くなってたから買っちゃった♪ 空狐喜ぶかな~」
笑顔の理由である家族の笑顔の想像でつい早足になる。
「ふふ、早く帰って準備しないと拗ねちゃうから…ってあれ?」
ふと昨日には無かったものが目に留まり、足を止めて道の端にあるそれをのぞき込む。
「え…これって」
■■■
「お帰りじゃ七海!」
家のドアを開けて待っていたのは、満面の笑みの空狐。うん今日も良い笑顔だ。
「ただいま~」
「む? 七海、それはなんじゃ?」
空狐はさっき買ったスーパーの袋…ではなくもう一つ、私が抱きかかえているタオルに包まれた何かに目線を向ける。
「ああ、実はさっき見つけたんだけど」
説明しようとした私の言葉を遮るように、抱きかかえているタオルから鳴き声が聞こえる。
「にゃ~…」
この鳴き声で説明は要らなくなったのだろう、空狐が驚いた表情で答える。
「猫か!? 拾って来たのかの?」
「う、うんそう」
タオルにくるまれているのは小さな黒猫だった。
「ん? こやつは…」
空狐は黒猫を見て何か思うところがあったみたいだけど、いつまでも玄関にいる訳にもいかないし…
「じゃあこの子もお腹すかせてるだろうし、この子お風呂に入れてからご飯にしよ」
それを聞いて目の前の事は棚上げしたのだろう、目を輝かせてよだれを垂らす空狐。
「今日は何かの?」
「えへへ、今日は海鮮丼だよ~!」
「海鮮か!」
「そう、好きでしょ? 刺身が安かったんだ~! それに魚ならこの子も食べれるだろうし」
「な、なに!? こ奴にも食わすのか?」
自分の分が減ってしまう! と目で訴える空狐だけど、猫用のご飯なんてないし仕方ないよね。
「まぁ、ちょっとだし分けてあげてよ…あ、でも生魚ってよかったんだっけ?」
むぅと少し渋ったようだったが観念した後、七海の疑問に答える。
「ああ、普通の子猫なら分からぬがそ奴なら問題なかろう」
「え? この子ならってどういう事?」
「何でもない、それよりももう待ちきれないのじゃ!」
空狐の尻尾はこれでもかと言うほど揺れて今にも飛んでいきそうだ。
「分かった、じゃあ食べよっか」
その前に子猫をお風呂で綺麗にする。やはり怖いのか震えていたけど暴れる事もなく大人しく洗われてくれた。
風邪ひかないようにしっかり乾かしてから夕飯の準備に取り掛かる。と言っても海鮮丼の準備はすぐできる。ごはんにすし酢を混ぜて好きな刺身を乗せるだけ。
仔猫用に数切れ小皿に分けた後、二人前の海鮮丼を作る。 と言っても空狐のどんぶりの中は私の倍くらいあるけど…
「それじゃ、いただきます」
「いただきますなのじゃ!」
醤油にワサビを溶いて回し掛ける。酢飯と一緒に刺身を口に入れる、今日買って来たのはサーモンとマグロの中トロだけど私はサーモンが一番好きだな。脂身が多い部位だけどワサビがさっぱりさせてくれるし、一緒についてきた大葉も風味が口に広がって美味しい!
「美味いのじゃ~! やっぱり魚は美味いのう!」
目に見えてテンションが上がる空狐。
「ん…美味しい……」
対照的に静かに微笑み味を噛みしめる裸の黒髪猫耳ロリっ子。
「え、だっ誰!?」
こんなかわいい娘見覚えないし、裸だし!
「なんじゃ、やはり気づいておらんかったのか」
戸惑っていると食べる手を動かしながら空狐が説明する。
「こ奴はただの猫ではない、猫又じゃ」
「ね、猫又?」
「そうじゃ、化け猫とも言うかの。 ほれ、尻尾の先が二つに割れとるじゃろ」
言われて確認すると確かに黒くしなやかな尻尾の先が二つに割れている。
「ほ、本当だ」
それにしても空狐の尻尾はふわふわだけど、この尻尾はすべすべで絹みたいな感触で…気持ちいい。
「んんっ、くすぐったい…」
目をギュッと瞑ってくすぐったさに耐えている少女。
「ああ、ごめん。でもどうして捨て猫みたいに道の端にいたの?」
「…森なくなった、お腹減った……」
静かに片言で語り出す少女。どうやらあまり口数が多い方じゃないみたい。
情報をまとめると住んでた森が都市開発で無くなって、さ迷い歩いていたらお腹がすいて倒れそうになってるところに寝られそうな箱が置いてあったって事みたい。
「それで、これからどうするのじゃ?」
綺麗に食べ終えた空狐が少女に問いかける。
「……」
空狐の問いに少女は答えず、代わりに私をじっと見つめる。
「……」
「……」
「一緒に暮らす?」
「…!」
わずかながらに目を開きその目に光を灯す少女。
「な、本気か七海!」
「もちろん、最初そのつもりで連れて帰ったし」
「じゃが…」
たぶん空狐は、私の事を心配してくれてるんだよね。結構生活カツカツだからな~…でも
「それに、空狐と初めて会った時と同じ目をしてるんだもん」
「!!」
「一人で孤独な気持ちは私も空狐も理解してる、私は空狐に救われたしこの子も同じ思いをしてるなら助けてあげたいな~って」
「~~っ」
ぷいっとそっぽを向く空狐。
「空狐?」
「ここの主は七海じゃ、七海が決めたのならそれでよい」
「ありがとう、空狐!」
「ふんっ」
怒ったように鼻を鳴らす空狐だが、その頬は赤く染まっている。
「って事で空狐の同意も得たし改めて、君さえよければここで一緒にいよう?」
少女に向き直り、質問ではなく今度はこちらから口説く。
「……ん」
表情にはあまり出てないけど、涙を流しながらぐりぐりと顔を私の胸にうずめてくる。
「これからよろしくね」
腕の中の少女の頭を撫でつつ、ふと状況を見ると裸の猫耳少女が抱きついてる訳で…
自分のお腹には柔らかな胸のふくらみが当たり、視界には小さなお尻がと尻尾がセットでふりふり動いてる…
「じゃあ、いろいろとヤバいから今日はもう寝よっか」
主に私の理性がヤバい、とりあえずこの子には私のシャツを着てもらう。
「そういえば、お主名はあるのか?」
空狐が猫耳少女に聞くけど、その子は首を横に振るだけだった。
「そうか、じゃあ七海がつけてやれば良いのではないか?」
「わ、私?」
「当たり前じゃろ、七海が連れてきたんじゃから」
そ、そうか…見ると猫耳少女も期待を込めた眼差しで見つめてくる。
「とは言ってもネーミングセンスとか無いんだよね~」
頭を悩ませていると、真っ黒な髪と姫っぽい雰囲気から自然と言葉が出た。
「カグヤ…」
「ほう、カグヤか良い名じゃな」
「カグヤ?」
「そうだよ、漢字だと輝く夜って書いてカグヤ。どうかな?」
「カグヤ、カグヤ…!」
気に入ったのか嬉しそうに尻尾をふるカグヤ。
「ありがと、七海」
無邪気に抱きつくカグヤを見て空狐は妹を見るようなやさしい目で
「名前に似合わず、まだまだ童じゃな」
「良いんだよ、これから絶対に美人さんに育つんだから」
「もう親バカかの?」
「あはは、そうかもね。ほら早く寝よ」
「……一緒に寝る」
私に引っ付いたまま布団に潜り込むカグヤ。それを見て真っ先に異を唱えたのは意外にも空狐。
「待つのじゃ、カグヤよそこは妾の場所じゃ!」
「…子供優先」
「なっ」
「あはは、一本取られたね空狐。」
「ぬぅ、ならば妾はこっちで寝てやる」
そう言い、空狐が開いている方の私の腕に抱きついてくる。
「両方の腕に抱きつかれては寝づらいじゃろう、妾を疎かにした罰じゃせいぜい悩むがいいわ!」
「はいはい」
一方につやつやな毛並みの猫耳少女、一方にモフモフ狐耳少女と言うこの状況はご褒美でしかないです空狐さん!
あ、でもこのただでさえ理性との戦いを毎日してたのに攻撃が二倍になるのか。これは確かに
「きついな…」
「す、すまぬ、冗談じゃ、七海が苦しいのは本意では…」
私のつぶやきが聞こえたのか離れようとする空狐。
「ああ、ごめんそうじゃないの、こっちの話。空狐と寝るのは全然苦じゃないよ」
「じゃが…」
「私は空狐がいないと寂しいな~」
「しょ、しょうがないの~、それならこのまま寝てやるかの~」
「うん、お願い。それにカグヤはもう夢の中だよ」
空狐の反対側には私の服を握ったまますでに寝息を立てているカグヤが…
「七海が受け入れてくれたから安心したんじゃな。」
「そっか、大変だったんだろうね」
労うように撫でてあげると、少しだけ笑顔になった気がする。
「…七海」
「ん?」
「七海はずっと一緒にいてくれるか? 急にいなくなったりしないじゃろ?」
「当たり前でしょ、逆に空狐がどこか行こうとしても簡単に離したりしてあげないんだから」
不安そうな空狐を抱き寄せ私含めた三人で一つの布団の中で川の字になる。
「そうじゃな、七海は妾の尻尾のモフモフ狂いじゃもんな」
「あはは、そういう事だからずっと一緒だよ」
「うむ…」
「空狐?」
ふと目を向けると、空狐はカグヤと同じように引っ付いたまま寝息を立てている。
「ふふ、お休み。空狐、カグヤ。」
これからは三人家族で楽しもうね。
ケモっとぐるめ! 黒宮ゆき @kuroyuki-cafe
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