第5話「おかゆ」

 いつものように朝起きると目に入ってくるのは、見慣れた天井と愛用しているいい感 じにくたびれた布団、そして…


「ふぁ~、もう朝かおはようじゃ」


 横にいる二人の空狐。


「あれ~、空狐なんで二人いるの~?」

「何を言っておるんじゃ七海」


 いや、どう見ても二人いるじゃん…空狐が二人という事はモフモフが二倍という事で


「これはこれでありかな~」

「さっきからどうしたのじゃ七海…」


 まあいいや、とりあえずモフろう…と身体を起こしたところで視界が大きく揺れる。


「あれ? 身体がおも…」


 そのまま私は起き上がれず布団へと倒れこむ。


「七海!? どうしたのじゃ!」


 空狐が倒れた私の額に触れる。


「熱っ、すごい熱ではないか!」


 あつい? そっか、どうやら私は風邪をひいたっぽいな。


「あ~、空狐の手ひんやりしててきもち~そのまま抱きしめてくれない?」

「そんな事を言ってる場合か!」


 いつになく真剣な表情の空狐。でも…


「ど、どうすればいいのじゃ? 肉か? とにかく食べて寝ればよいのか?」


 あはは、それは野生の治し方だね…


「大丈夫だよ、今日もバイトなんだからこれくらいは我慢しないと…」

「ダメじゃ!」


 無理やり身体を起こそうとする私に、覆いかぶさるようにしていかせまいとする空狐。


 でもこの体勢は、空狐のつつましやかな胸が顔に来てる訳で…


「空狐、これ以上はいろいろヤバいから離して?」

「ダメじゃ! いくら無知でも大丈夫じゃない事くらいは分かるぞ、絶対に行かせんからな!」


 ギュッと抱きしめる力が強くなる…本気で心配してくれてるんだ、それなのについ

邪な感情が…ちょっと反省。


「分かった、もう行かないから安心して?」

「…本当じゃな?」

「うん、本当」


 起き上がろうとする力が無くなったのを感じると、空狐はゆっくりと離れる。


「とりあえず今日はゆっくり寝ておれ、家事も妾に任せるがよい!」


 自信満々に胸を張る空狐を見ると、身体の力が抜けて本当にさっきまで感じなかった気だるさが急に襲ってくる。


「あはは、じゃあ任せようかな…ゲホゲホ!」

「七海!」

「だ、大丈夫」

「な、なにか欲しいものは無いか?」

「じゃあ、水持って来てくれる?」

「水じゃな!」


 勢いよくキッチンに向かう空狐。持って来てくれた水を何とか身体を起こして飲むと少し落ち着いた。


「他には、他には何かないか?」

「じゃあ、薬の買い置きがあるから取ってきてくれる? 本当は何か食べてからがいいんだけど、食欲も食材もないから…」

「食いもんじゃな! まかせろ、妾が買って来てやる!」

「買ってきてって…一人じゃ危ないよ」

「心配無用じゃ、七海と何度もす~ぱ~やらこんびにやらに行っておるし作法は覚えておる!」

「でも…」


 少し考えていると、不安そうな顔をした空狐が上目遣いでこちらを見る・


「頼む、妾にも何かやらせてくれ、七海が苦しんでおるのにただ何もせずにおるのは耐えられぬ…」


 今にも泣きだしそうになっている空狐に、ついに私の方が折れる。


「分かった、じゃあ頼もうかな」

「うむ! 任せるがよい、おかゆとやらを作ってやる!」

「でも作り方とか知ってるの?」

「案ずるな、ねっとと言うものを最近覚えたのじゃ!」


 そう言って玄関に走って行く空狐。


「行って、らっしゃ…い」


 ダメだ、起き上がる気力もなくなっちゃった。


 力なく倒れこむと、静けさが妙に耳に着く。


「思い出した…寝込んだ時の心細さってこんな感じだったな」


 寂しさが込み上げてきて、いろんなことが不安になってくる。


「つらいよ…お母さん、空狐~…」


 数十分後、涙が目尻に溜まり始めた頃に慌ただしく玄関のドアが開く音がする。


「た、ただいまじゃ~!」

「空狐?」


 玄関に向かって声をかけると、はっと一段階小さくなった相手の声が返ってくる。


「七海!? すまぬ、起こしてしまったかの?」


 そっと開いた扉からは、なのがあったのか葉っぱや枝がついてぼさぼさになった髪の空狐が顔をのぞかせている。


「ううん、ちょうど寝れなかったから。おかえり」


 それに空狐の声でちょっと元気出たし。やっぱり誰かがいると安心する。


「待っておれ、すぐ作るからの」

「うん、お願い」


 すぐに料理の音が聞こえてくる。トントンと包丁の心地いいリズムが、しばらくすると何かが落ちる音と涙ぐんだ声に変わる。


「ぬぉわ~! 吹き出すでない! 塩? 塩ってどこにあるのじゃ? 少々ってなんじゃ具体的に言わぬか! ああ~、鍋の底にくっついておるのじゃ~」


 ……落ち着かない。でも段々とお米のいい匂いが漂ってくる。


 音が聞こえなくなって数分後、お盆に一人用の鍋を乗せてプルプルと震えながら運ぶ空狐がドアを開けて入ってくる。


「な、七海。おかゆ出来たのじゃ…」

「ほんと? ありが…大丈夫? 帰って来た時よりもボロボロだけど」

「大丈夫じゃ…」


 満身創痍で差し出された鍋からは、暖かな湯気が上って美味しそうな優しい匂いが鼻孔をくすぐる。


「あ、梅干し…」

「うむ、風邪には梅干しが良いと書いてあったからの…嫌いじゃったか?」

「ううん、昔よく食べてたから懐かしくて…大好きだよ」

「よかったのじゃ! さぁ、冷めないうちに食べるのじゃ」

「そうさせてもらうよ」


 レンゲに手を伸ばそうとすると、空狐に横から取られる。


「空狐?」

「食べさせてあげるのじゃ。 はい、あ~んじゃ!」

「えっと、急にどうしたの?」

「こうして食べさせると喜ぶとねっとに書いてあったんじゃが」


 …いったい何の記事を見たのかな?


「ほれ七海、ふぅふぅもしてやったのじゃ口を開けるのじゃ」

「うっ…あ~ん」


 純粋な目に見つめられて、ついにそれを受け入れる。


「…どうじゃ?」


 不安そうに見つめる空狐。


「…うん、美味しいよ!」


 塩気はちょっと多いし水気も飛んで少なくなっちゃってるけど、それでも嘘偽りのない感想でとても美味しい。


「本当か! じゃあ、もっと食べるがよい!」

「う、うん、でも自分で食べられるから…」

「遠慮するでない。ほれ、あ~んじゃ」

「あ、あ~ん…」


 美味しいけど、風邪とは別の理由で熱上がってそうだな…


 結局、一人前全てを空狐によるあ~んで感触させた後、薬を飲んで横になる。


「ありがとう空狐、助かったよ」

「うむ…」

「空狐?」


 いつになく暗い顔の空狐


「少しは役に立てたかの…?」

「もちろん、どうしたの?」

「妾はいつも七海から貰ってばかりじゃ…それなのに何も返せておらん。今日調理場に立って分かった、鍋や塩の場所も満足に分からなんだ。今まで七海に頼りっきりじゃったから、何か返したかったのじゃ」


 あ~、だからか。だからいつになく張り切ってたのか…まったく


「馬鹿だな~空狐は」

「なっ!? 七海、妾は真面目に…!」

「ふふ、ごめんごめん。 でも空狐が私の為になっていないなんて思ってたことが意外でさ」

「?」

「私ね、今まで一人でここに住んでたの。疲れて帰っても今日みたいに風邪ひいても一人で本音を言うと結構寂しかったんだ。けどね、空狐が来て家に帰ったらお帰りって出迎えてくれて一緒にお買い物に行ったりそれだけで毎日が楽しくて、辛くても頑張れるんだよ? だから今まで通り元気いっぱいの空狐がいいな」

「な、七海~!」


 涙ながらに抱き着く空狐。


「よしよし…」


 その頭を優しく撫でながら、私の意識はストンと落ちていった。


   ■■■


 翌朝、日の光で目を覚ます。


「え…丸一日寝てたの私?」


 そんなに疲れていたとは、口では大丈夫と言いつつ体は正直だな~


「でも、大分楽になったし治ったみたいだね」


 横を見ると、空狐が静かな寝息を立てている。


「ありがとね、空狐」

「ん~、七海~、腹減ったのじゃ~…」


 夢の中でもよく食べるね…


 そんな寝言を余所に、一日ぶりに部屋を出る。そこで見たのは


「うわぁ~」


 昨日のおかゆを作った時にでた洗い物の山。


「病み上がりでこの量か~」


 ふと後ろで寝ている空狐を見ると


「えへへ、いつもありがとうじゃ七海…」


 …まったく……


「さぁ、今日も頑張りますか!」


 またいつも通りの楽しい毎日が始まる。

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