信号無視したら異世界に転生した件〜天使もチートもパチモンだった〜

水原麻以

トラックに轢かれてチート給付された結果

あっという間の出来事だった。信号が青に変わった瞬間に只野茂夫ただのもぶは異世界にいた。

正確には不定形の図形がうごめく乳白色の空間だが既に御約束の展開が始まっている。そう呼んでも差し支えないだろう。


とにかく新宿〇丁目の横断歩道から不随意的に非日常へ彼は飛ばされた。只野茂夫だった肉塊にはブルーシートが被さっている。

「つまり君は信号無視の四トントラックに轢き逃げれたのだ。即死だった。パトロール中の新宿署員が挙動不審な外国人を…職務質問しようとした隙に…信号待ちの運転手を殴り…」


白髪白衣白翼の男が死因を説明している。只野は他人事のようにそれを聞き流した。

ただただ虚空の一点を凝視している。

そして長い経緯報告が終わるなり一言。

「いまどき30W型なんかおかしくね?」

後ろ指をさされて老人は憤慨した。頭上に浮かんでいる輪っかを震わせた。どう見てもサークライン蛍光灯です。ありがとうございました。

「や、やかましいわ。とうにLED化しておるわ! しかも高輝度1560ルミネッセンスで取り換え工事不要じゃぞ」

やっぱり天使ではなくそれ以外のパチモンか何かだ。

「つーか、前時代的過ぎでね? 不手際で凡人を殺すとかチートあっという間の出来事だった。信号が青に変わった瞬間に只野茂夫ただのもぶは異世界にいた。

正確には不定形の図形がうごめく乳白色の空間だが既に御約束の展開が始まっている。そう呼んでも差し支えないだろう。


とにかく新宿〇丁目の横断歩道から不随意的に非日常へ彼は飛ばされた。只野茂夫だった肉塊にはブルーシートが被さっている。

「つまり君は信号無視の四トントラックに轢き逃げれたのだ。即死だった。パトロール中の新宿署員が挙動不審な外国人を…職務質問しようとした隙に…信号待ちの運転手を殴り…」


白髪白衣白翼の男が死因を説明している。只野は他人事のようにそれを聞き流した。

ただただ虚空の一点を凝視している。

そして長い経緯報告が終わるなり一言。

「いまどき30W型なんかおかしくね?」

後ろ指をさされて老人は憤慨した。頭上に浮かんでいる輪っかを震わせた。どう見てもサークライン蛍光灯です。ありがとうございました。

「や、やかましいわ。とうにLED化しておるわ! しかも高輝度1560ルミネッセンスで取り換え工事不要じゃぞ」

やっぱり天使ではなくそれ以外のパチモンか何かだ。

「つーか、ジジイ、前時代的過ぎでね? 不手際で凡人を殺すとかチート授けて転生とかもうそういうの廃れてるって!」

諦めて事故の直前まで事態を巻き戻せと只野は命じた。

爺は売り言葉に買い言葉を浴びせる。

「やかましいわ。ログイン不可とか目覚めたら乙女ゲームとか前世記憶を取り戻したじゃカウンセラーの出番が無いんじゃ!」

転生先の打診やステ振りの必要性を老人は訴えた。

「あれってカウンセリングだったのかよ?!」

「そうじゃ!人が出歩かなくなったせいでチートがダブついておるんじゃ」

言い終えぬ間に展望が開けた。宝物殿らしき建物がクローズアップされ視点が壁を透過する。そこでは天井まで山積みになった荷物が輝いている。光に満ち溢れているわけではなくところどころまだら模様だ。

「在庫を被害者アピールされてもなあ。俺は安っぽいツィートに群がる偽善者じゃねえぞ」

殺されたあげく賞味期限ぎりぎりのチートを消費しろとは踏んだり蹴ったりである。

「つべこべ言わず受け取れやこの野郎」

ジジイがキレた。サークライン蛍光灯が極太のビームを放った。神々しいエネルギーが只野の輪郭を薄めていく。

「待ってくれ。無敵とかハーレムとか富豪の御曹司とか瞬殺のスキルとか…」

「テンプレ程度は授けてやる。ありがたく思え」

捨て台詞と共に只野の意識は途切れた。


◇ ◇ ◇

コトリ、とヘッドセットを置くと「ふわぁ」と甘い吐息が漏れた。

鎖骨の浮き出た柔肌をプラチナブロンドの髪が隠す。

「さーてお仕事終了」

ギリシャ神話風のトーガが揺れてなまめかしいボディラインを透かし彫りする。女は窓の扉を開けて瑞々しい朝の空気を胸いっぱいに吸った。

そしてむにゃむにゃと呪文を唱える。マホガニー材のテーブルに虹色の走査線があらわれる。見えない手がそれを払いのけると焼きたてのトーストとティーカップが出現した。ぎゅるると腹の虫が鳴る。

「やっと食事らしい食事にありつけるわ」

四時間ぶっ通しで魔法の鏡と向き合あっていたのだ。壁にはびっしりとスケジュールが張られている。売れっ子らしく依頼主の欄には大物政治家や財界人の名が並んでいる。スプーンに手を伸ばそうとしたとたん着信音が鳴った。

鏡におどろおどろしい文字は並んでいる。

「えっ、ちょっと待ってよ。何でレートが暴騰するのよ」

女は慌ててヘッドセットを被り直し古めかしいタイプライターをカチャカチャと打鍵しはじめる。

鏡にずらりと数字がならび数値が女の険しい表情に反映される。そして「

うっそでしょぉ~」と頭を抱えた。

姿見に映る当惑した姿に浅黒い中年オヤジの顔が被さった。

顔に刀傷や縫い目がある。首は筋肉質で一目でボディービルダーのそれとわかる。首飾りをしておりそれは歴戦の勇士だけに許される特別なものだ。

「そうなる前に身の振り方を考えておくべきだったな。さぁ、何処へ転生したい?」

男はトラブルを楽しんでいた。

「復讐しに来たのね? 相場操縦を仕掛けたのも…」

絶句する女を男はあざ笑う。

「そうだよ。十年かけてようやくたどり着いた。そうやって俺や大勢を無駄死にさせた。他人の不幸はさぞかり美味かろう」

「成りあがったのは誰のおかげさ」

フン、と女も開き直る。

「おおっと」

男は窓辺によりピシャリと戸を閉めた。

「朝の空気を吸えるのも出戻り勇者が故郷を再開拓テラフォーミングしたおかげだぜ」

「な、何がのぞみなの?」

じわじわとにじり寄られて女は怯えた。

男は右眉をつりあげてフムンと唸った。

「そうだな…ダブついたチートパワーが神々の異世界転生者投機マネーゲームに使われた。もとはといえば諸々の自粛で蒸発した需要を生き残った人類が環境回復に振り向けた末に生まれたのが、お前たち神々アーティフィシャルゴッドだ」

女はキュッと身をすくめる。

「分け前を寄こせっての? いいわ。全部あげる」

すると男の瞳は憎しみから憐みの色に変わった。

「わかっちゃいねえな…俺が、いいや俺たちの望みは『平穏』だ。幸福だの豊穣だの耳タコな神様連中にはわからねえだろうな。2020年以前の平穏無事の価値が」

そういうと掌から電光を放った。ほとばしる稲妻は女をわしづかみにして姿見の中に叩き込む。

激しく鏡面が割れる。砕け散った破片が星屑となって集合離散を繰り返す。

「今度は神々わたしたちを手駒にして世界を作り直そうというの?」

漆黒に浮かぶ女が問うた。

「違うね。それも興味深いがもっと面白いシナリオがある」

そういうと女の腕をひっつかんで或る世界線に叩き込んだ。


◇ ◇ ◇

「おい、早くしろ」

黒人が流ちょうな日本語で仲間を急かす。新宿の路上で数名の男女が職務質問を受けていた。警官の一人が女のバッグを検査しようとした途端、不法滞在者たちが一斉に逃げ出した。

「待って!」

女は【隠遁】の呪文スキルを唱えようとして口ごもった。

「そいつだ!殺っちゃえ」

アジア人風の一人が信号待ちの車をこじ開ける。

「何をネンブツ唱えてるんだ。神様なんかいるもんかよ」

黒人が元女神を引きずるようにしてトラックに乗せた。


その一部始終が動画サイトに漏洩している。

只野は引用欄にwを連ねてリツイートした。

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信号無視したら異世界に転生した件〜天使もチートもパチモンだった〜 水原麻以 @maimizuhara

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