19 船出
「結局ここまで付いてきちまったな」
トーヤがルギに声をかけると、
「ああ」
と、一言だけで返事をする。
「そんじゃ、荷物下ろして船に乗せるか」
今日も大潮、出口のすぐそこまで水が来ている。
船が3艘、ゆらゆらと波に揺られている。
「俺の船もあるな」
ロープを引っ張って手繰り寄せる。
ダルと2人で黙って荷物を船に乗せる。
「俺の馬、頼むよ」
ダルがアルの手綱をルギに渡す。
「分かった」
相変わらず言葉少なにルギが答えた。
「宮の馬房に繋いでおく。馬房係が世話をしてくれるだろうが、戻ってくるまで俺も様子を見にいく」
「ありがとう、頼む」
綱を渡した手で、
「さあ、シャンタル」
アルの上からシャンタルを下ろす。
「こちらです、足元に気をつけて」
手を添えて船に導く。
「これに乗るの?」
シャンタルが小さな船にちょっと不安そうにそう言い、ダルの顔を見上げる。
「大丈夫です、小さいけど安定してる船ですよ。前にトーヤと一緒にこれに乗ってキノスから帰ってきました。トーヤの船です」
「トーヤの船?」
興味深そうに言うので、
「そうですよ、ほら」
と、以前、ダルが小刀で
「本当! トーヤの船」
「でしょ? 大丈夫ですよ」
「うん!」
今度は楽しそうにさっと船に乗り込んだ。
「おっ、思い切りいいな」
先に乗ってシャンタルを受け取ったトーヤが楽しそうに笑う。
「トーヤの船でキノスに行くの?」
「そうだ、そこで宿に一泊して、次の日にはオーサ商会の船に乗る。もっと大きい船だぞ」
「もっと大きい船!」
シャンタルが目をキラキラさせる。
荷物も全部積み込んだ、一番大事なシャンタルも乗った。
「さあ、じゃあ後は出発するだけだ、ダルもほれ、早く乗れよ」
「分かった」
小船のもやいを解きながらダルも乗り込む。
「じゃあな、ルギの旦那、あいつらによろしく頼むよ」
「分かった」
ルギは言葉少なに言った後、
「シャンタルを、お願いする」
そう言ってトーヤとダルに深く頭を下げた。
「おいおい、らしくねえことすんなよな」
トーヤがケラケラと笑った後で、
「これはな、仕事なんだからな、俺はプロとしてやることちゃんとやるだけだ。まあだーいじょうぶだって、任せとけよ、交代の時には男になったこいつ連れて戻るからよ。あいつらにちゃんと言っといてくれよな」
「分かった」
ルギの答えを聞くと、
「よっと!」
そう言って櫓で洞窟の端を押して船を漕ぎ出す。
「出港だ!」
「あ、そんじゃ」
ダルもルギに一つ頭を下げる。
「ルギ、またね」
シャンタルも小さな手をひらひらと振る。
「ラーラ様とマユリアに元気でね、って」
思い切り手を振りながらそう言う。
「はい、必ずお伝えします、シャンタルもどうぞお元気で!」
最後はルギらしからぬ大きめの声で、これもらしからぬ感情的な声でそう言う。
ルギは、小さな船がもっと小さな影になるまで洞窟で見送っていたが、やがてアルを連れて元来た方へ戻っていった。
きい、きい、きい
トーヤが操る櫓の音が水上に流れる。
「きいきいって」
シャンタルが楽しそうにそう言って笑う。
「楽しいか?」
「うん」
面白そうに海の上をあっちこっち見渡す。
「海は初めてだろ?」
「うん」
「宮の窓から見てたんじゃないんですか?」
「宮の窓から見えるの?」
言われて不思議そうに聞く。
「え、見えるでしょう」
「知らない」
言われてみれば、シャンタルは奥宮の最奥の自室しか知らないようなものだ。部屋から見えるのは中庭だけ。前の宮やバルコニーからは見えるのだが、交代の日にバルコニーから見えたような気がするだけ、しっかりと海を見たという記憶はない。
「そうかあ……」
ダルがちょっとかわいそうに思う。
「まあ、これから嫌! ってほど見られるからな」
トーヤがケラケラと笑う。
「西の港からは向こう
そう言ってまた笑う。
「だからな、今日はちょっとでも早く宿に入って、そんでゆっくり休む。明日からは10日ほどだっけ、アロさんの船は」
「そのぐらいだって。俺もそういう船に乗るのは初めてだから楽しみだ」
「だが、その前に一つ片付けておかなきゃならん問題がある」
急にトーヤが深刻そうな声になる。
「な、なんだ?」
「シャンタル」
「はい?」
「おまえな、その一人称、シャンタルはってのやめろ」
「え?」
「手形は別の名前になってるがそれで呼ぶわけにはいかん。だから呼ぶ時は『おまえ』とか『坊っちゃん』とかになる。そのおまえがシャンタルシャンタル言ってたら変だろうが」
「そう、なのかな……」
困ったような顔になる。
「おまえがシャンタルだってばれちゃまずいんだよなあ、だから、そうだな、俺、でいけ」
「お、俺?」
シャンタルが困ったようにドギマギと言う。
「そうだ、今からおまえは俺だ、ほれ言ってみろ」
「お、お、おれ……」
言うがなんか腑に落ちないという顔になる。
「なんだ、嫌か? そんじゃなんて言いたい」
「わたくし、ではだめなの?」
「おま、それ、ラーラ様とマユリアじゃねえかよ」
また笑う。
「うーん、ちょっーっと高貴過ぎるんだよなあ……」
「じゃあ『私』はどうです?」
「それだったらいい……」
こうしてシャンタルの一人称が「私」に落ち着いた。
――――――――――――――――――――――――――――
今回で第一部「過去への旅」は完結です。
次回からは現在のトーヤたち、あの安宿の部屋で話をしている仲間たちの元に戻り、そこから未来に向けて船出をします。
第二部「新しい嵐の中で」も引き続きお楽しみください。
黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結> 小椋夏己 @oguranatuki
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