第3話 問答

 む? なんだこやつは? 振り向けば、一体どういった用があると言うのか、縦と横に向かって存分に肥えた男が、やたら滅多に険しい顔で俺様のことを睨みつけているではないか。


「なんだ貴様は?」

「俺が誰であろうと、そんなことはどうでも良いんだよ。そんなことよりも今重要なのは、なぁ、兄ちゃん。あの『人喰い貴族』をアンタが倒したと吹聴している、そのただ一点じゃねぇのかい?」

「己の成果を己が誇らずして、一体誰が賞賛してくれると言うのだ。生憎と俺様には、貴様の言う一点のどこに問題があるのか、とんと分からんな」


 無論、都合よく誰かが常に見てくれているならばそれで良い。何も俺様だってせっかく骨を折ったと言うのに、そこからさらに喧伝などしたくはないのだ。だが現実には黙って入る富などコウノトリを探すようなもので、もしも俺様が真実を口にせねば、立ち所にその功績はどこの誰とも知らぬ者の手に渡ってしまうことだろう。


「つまり兄ちゃんはあくまでも『人喰い貴族』を倒したのは自分だと、そう言い張るのかい」

「その通りだ。デリヘルを倒したのはこの俺様で相違ない」

「デデリンです」


 受付嬢はさりげなく俺様の言葉を訂正はするものの、どれだけ様子を見ても、目の前の鼻息の荒い男を止める気はなさそうだった。先ほど話していたエルフの信奉者とやらに、どうもこの女も含まれているようだった。


「エルフ様の功績を横通りしようと言うだけでもふてぇことなのに、その上兄ちゃんはエルフの方々を自分の女だと公言してたな。おっと口を開く前によく考えな。何せ泣いて赦しを乞うのなら、ここが最後なんだからな。ここから先は待つ気はないぜ? なぁ、兄ちゃん。兄ちゃんだって何も怪我をしたいわけじゃないんだろう? 二度と愚かなことは言わないって反省するならば、俺だって寛大になれんことはないんだぜ?」

「クックック……クックック」

「どうしたよ。何か面白いことでもあったかい? それともビビりすぎておかしくなっちまったのかな? だとしたならば、こいつはすまねぇことをしちまったかな」

「いや、気にしなくていいぞ。ただ力の差を理解できない貴様が滑稽でな。龍を前に果敢に挑むウサギというのは存外、ピエロの如く笑いを誘うものなのだな。いや、これは中々勉強になったぞ。お礼に二度と愚かなことは言わないって反省するならば、俺様が寛大にも許してやろう」


 俺様がこれ以上ないくらい親切さを発揮してやったというのに、どうしたことか、目の前の男の顔はいっそう険しさを増すではないか。


「よーし、吐いた唾はもう飲めねぇぞ。表にでな、兄ちゃんが冒険者を名乗れたのも今日までの話だ」

「マルオさん、そこまでしなくともいいと思いますよ。この人はきっと張ってしまった見栄を引っ込めずにいるだけで、内心は後悔でいっぱいなんですよ。もう十分反省しているはずなんですよ」


 ようやく重い腰を上げたと思えば、ギルド嬢は仲裁なのか、俺様をこき下ろしているのか、よく分からぬことを口にする。


「何とまぁ。ありがたいことじゃねぇかい。そう言ってくれてる人がそこにいるわけだがよ、さぁどうするんだい、兄ちゃん。本当に反省したというのならば、地面に両手をーー」

「これ以上茶番に付き合うのは流石に面倒だ。だから貴様にやる気があるならば、もちろん俺様はお勧めしないがな。さっさとかかってくるがいい。それこそ今この場でな。これ以上小鳥のようにピーピー囀るようならば、最早容赦はせんぞ?」

「おうおう。何とまぁ剛気だね。それじゃあ遠慮なく行かせてもらおうか」


 マルオとやらのただでさえ丸太のようだった腕が膨れ上がる。魔力による強化。腕力が自慢とあれば普段の俺様だったなら、さてどれ程のものかと遊んでやったろうが、今は度重なる問答ですっかり遊び心を消失していた。


「くらえ、クソガキ!!」

「ふん。ノロマにも程があるぞ」


 俺様は軽く動いて男の背後へと回り込むと、デカデカとした尻に片手を添えて、そのまま巨体を上へと放り投げた。垂直に飛んだ男は当然の如く、天井にそのおめでたい頭を激しく激突させた。


「クックック。この俺様としたことが、見るに耐えんケツを打ち上げてしまったな」


 天井でプラプラと振り子のように揺れるマルオの両足。まぁそこそこ魔力は練れていたので死んではいないだろう。


「おい。受付」

「は、はい!?」


 どうやら目の前の器量良しもすっかり俺様の凄さがわかったようで、見当違いの忠告をしていた時と打って変わった可愛らしい返事を返した。


 そんな女の前に、俺は一つのカードと、一枚の紙切れを投げて渡す。


「それが俺様の冒険者カードだ。次に来るまでに仕事を見繕っておけ。そして紙の方は俺様の泊まっている宿だ。貴様は中々の器量だからいつでも尋ねてくるがいい」

「は、はぁ」

「クックック」


 ポカンとするギルド嬢に背を向けて、俺様はひとまずギルドを後にした。

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その最強の記憶はわりと頻繁に飛ぶ 名無しの夜 @Nanasi123

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