第2話 ギルド

 ギルド。それは国家の垣根を超えて人類共通の敵に立ち向かうべく設立された、教会と並ぶ人類最大の武力集団。ここには戦いを生業とした実に多くの者が様々な理由で集まってくる。その日の糧。使命感。他に生き方を知らぬ者。今日も今日とて、闘争を前にした猟犬のような連中がギルドの門を潜っているのだ。そしてそんな中に今俺様はいた。


「ようこそギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 俺様がカウンターに寄れば、受付嬢が型通りの挨拶をしてくる。大きくパッチリとした茶色の瞳。一括りにした金髪を肩から流して微笑むその姿は、エルフに比べれば多少見劣りはするものの、それでも中々の器量良しであることには違いない。


「今日はいやに街が騒がしいな」

「それはそうですよ。今日は許されざることに我らが王国を侵略せんと企てた恐るべき悪魔が滅んで丁度一年、それを祝う祝日祭なんですから」

「クックック。それはデデリンとかいうデリヘルみたいな悪魔のことであろう」

「デリヘルだ何てとんでもない。そんな事をいったら貴方、笑われちゃいますよ。なんて無知な奴だろうってね。なにせ『人喰い貴族』と恐れられたデデリンは本当に怖い悪魔で、その位も侯爵というおよそ人の手が及ばない災害みたいな悪魔だったのですから」

「人の手が及ばないだと? 笑わせる。そんなわけがあるか」

「おや、どうしてそのような事を仰るのですか?」  

「簡単なことだ。そのデデリンを倒したのは何を隠そう、この俺様だからだ」


 里を出る決心をした俺様を何とか引き留めようと奮闘するエルフ供を振り切って、歩くこと五日。俺様が辿り着いたのはスペード王国にある花と商人の街『ラベンダー』だった。そこのギルド支部に今俺様は居るのだった。


「つまり俺様は救国の英雄と言ったところだな。どうだ? もっと俺様の話を聞きたいか? だとしたならば、構わんぞ。貴様の為に特別に時間を割いてやろうではないか」


 女の色香を遠ざけたあまりにも健康的すぎる一時。そんな時間を悪くないと思えたのは精々最初の三日が限界だった。こうして街についた以上は、一人寂しく床につくなど冗談ではなかった。


「それは驚きですね。貴方があの『人食い貴族』を倒したというのですか?」

「そうだ。ちょっと前にこのスペード国を尋ねたのだが、そしたらどうだ。十二大国の一角ともあろう国が悪魔にやられっぱなしではないか。仕方なく俺様がちょいっとばかし出張って貴族気取りの悪魔を捻ってやったのよ」


 もはや世界に少なくなった人類の生存権、それを保証する十二の大国。それが十二大国であり、ここスペード王国はその一つなのだ。つまり俺様は人類の救世主と言っても過言ではなく、そんな偉大な英雄を前にすれば、目の前の器量良しも感激して、是非とも私を抱いてくださいとお願いして来るに違いない。


 受付嬢は俺様の頭のてっぺんから足の先までを、まるで値踏みするかのように眺めた。


「へー。そうなのですか。それはそれは凄いお話ですね。それで本日は当ギルドにどのようなご用件なのでしょうか? 冒険者カードをご提示していただければ冒険者様の実力に応じたクエストをこちらでお選びいたしますが、如何いたしましょうか?」


 これは一体どうしたことか、てっきり目をハートマークに変えて、発情した猿のように俺様を求めてくると思っていたのに。そしてそれこそが女の取るべき態度であるはずなのに。現実はその全く逆ではないか。


「貴様、ひょっとして……いや、ひょっとしなくても信じていないな?」

「いいえ。信じておりますよ。ただそう言った自称悪魔の討伐者さんが貴方で十六人目というだけの、これはそんなつまらないお話なんですよ。そして私はそんな人に決まって一つの真実を教えてあげるのです。悪魔を倒したのは隠れ里のエルフ、その族長であるユリア様ですよってね」

「クックック。それは俺様の女だ。いや、今やあの隠れ里にいるエルフのほとんどが、俺様の女なのだ」


 エルフというのは気位が高くとっつきにくい所があるが、一度懐に入れて仕舞えば、どうにも尽くす質らしくて、エルフの里でもてなされて三月が経とうかという頃には、ユリアの他にも非常に多くの女達が俺の寝所を訪れるようになっていた。


「それは実に景気の良いお話ですね。ハーレム。男の人は何故そのような面倒なものを夢見るのでしょうか」

「そんなもの、そこに喜びが伴うからに決まっているであろうが。物事とは大抵、どうしようもなく単純明快な答えで回っているものなのだ」

「なるほど、なるほど。しかしそれならばその喜びを手放すことなく、その素晴らしい環境にずっといれば良かったではありませんか。単純な答えに浸り続けていれば良かったではないですか。何故エルフのハーレムに居るはずの貴方が、ここでこうしていらっしゃるのですか?」

「うむ。正直な話、十年くらいであれば居ても良かった。あれはそれほどまでに素晴らしい環境であった。だがしかし、しかしだ。酒にも女にも文句はなかったが、唯一欠点を上げるとするならば、食べ物だ。食べ物だけが合わなかったのだ。だから俺様はこうして今ここに立っているのだ」


 出されたエルフの飯は断じて手抜きなどではなかったが、またとても興味深い味で、初めこそ没頭はしたけれど、一月もしないうちに飽きてしまったのだ。俺様が愛するには、エルフの料理はどうにも健康すぎたのだ。俺様はもっとグツグツと煮えたぎるような、そんなものをこそ胃に落としたいのだ。


「食べ物ですって? 食べ物がちょいっとばかし口に合わなかったからといって、男の夢を捨ててきたと言うのですか? それはそれは、なんとまぁ面白いお話なのですか。お礼に忠告してあげますよ。エルフを人類の守護者として信奉している人達は現代にもそりゃ多くいるんです。特にこの街のように、その恩恵に直接預かっていれば尚のこと多いのです。なのでそんなことを言っているとーー」

「おうおう。兄ちゃん。何やら愉快なことを話してるようだな」

「そうなりますよ」

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