やっぱり天気予報はあてにならない。目的の駅に着いても雨はやまないどころか、むしろ強くなっていた。仕方がないので駅の待合所に併設されているコンビニでビニール傘を買う。

 それにしても予想通り、駅前の様子は何も変わったところがない。いい思い出より思い出したくないことのほうが多い塾も相変わらずだ。唯一、「合格者〇人!」のような張り紙がされていることぐらいだろう。その中にあいつらも入っているんだろうか。いややめよう。思い出すな。

 買ったばかりの傘を広げ、僕はとぼとぼ歩きだす。ここから彼女の家まで、だいぶ歩くことになる。会えるならそれでも全然いいと思っていたけど、ここにきて不安になってきた。だって、サプライズのつもりだったからほんとに会いに行くとは言ってないし、一応予定がないことは確認してるけど、だからといってそれだけだし、それも数日前のことだからもしかしたら別の予定を入れてしまっているかもしれない。もし家にいなかったら無駄足だ。

 顔を上げる。あぶない、赤信号だった。急いでいるときの信号ほど鬱陶しいものはない。横断歩道の向こうには、若い男女が相合傘をして歩いている。いいなあと思ったが、刹那、それは嫌悪と憎悪と恐怖、後悔、あと絶望。もうぐちゃぐちゃでなにがなんだかわからない、人間の、人間の底の底。底辺に位置すべき感情。足腰立たなくなるまでぶん殴ってやりたい本気の怒りと、人間という生き物に対する諦念の交差。何言ってるかわからないけど、とにかく、そういうものになってしまった。

 忌々しい、忌々しい姿がそこにはあった。仁菜、その横で傘を持って笑っているのは名前も出したくないクソみたいなやつだ。青信号になった。足腰立たなくなるどころじゃない、死ぬまで殴ってやろうという衝動が来た。一方で足は、まるでそこに鎖で縛り付けられているかの如く動かない。ただできるのは奴らに僕の存在を気づかれないようにすること。左手で顔面を覆った。泣いた。指の間からぼやける二つの姿が遠ざかるのを見ていた。

 残ったのはみじめで仕方ない僕だけだ。傘はもういらない。投げ捨てた。街の迷惑とかどうでもいい。来た道を走った。待合所のゴミ箱に、綺麗にラッピングされた栞と手紙をぐちゃぐちゃにして捨ててやった。涙がそれを追うように零れていった。

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カミュの鎖 大地 慧 @kei_to_sora

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