いつか来る破滅から目を背けながら、ただ惰性で流れて行くしかない日々

 ただ一点「顔が美しい」という以外に、なにひとつ美点も才覚も最低限の能力さえも持っていない男性の、じわじわゆっくり朽ちていくかのような日々のお話。
 どこまでも重く鋭くシリアスな現代ドラマです。社会に適応できない人の物語。もっというなら、事実上とっくにドロップアウトしているはずが、しかし偶然備えていた唯一の美点のおかげで、ギリギリ社会のフチに引っかかってしまった人のお話。
 どうしようもない詰み状態、なまじ致命傷を防ぐ一芸があったばかりに、かえって長く細く苦しみながら朽ちていかねばならない、そんな最悪の境界に人知れず嵌まり込んだままの誰かの、声ならぬ悲鳴として読みました。
 強烈というか凶悪というか、普通に「自分だこれ……」と思わされる凄まじい力があります。きっと誰しも覚えがあるか、覚えはなくとも恐れたことくらいはあるであろう地獄。
 これだけねっとりと一方的に、それも相当に後ろ向きな独白を聞かされているはずなのに、何か共感や納得のような感情が先に立つ、というのは、それだけで「ものすごいものを食わされた!」とわかるので参ります。ただ脱帽するしかない感じ。
 描かれている主題そのもの強さだけでなく、それをこうして作品として書き表せてしまえることの凄味を感じる、重厚かつ鋭利な作品でした。文体も好き。主人公の思考の形がわかるというか、それを綺麗に脳にインストールしてくれるような印象。