ただ一点「顔が美しい」という以外に、なにひとつ美点も才覚も最低限の能力さえも持っていない男性の、じわじわゆっくり朽ちていくかのような日々のお話。
どこまでも重く鋭くシリアスな現代ドラマです。社会に適応できない人の物語。もっというなら、事実上とっくにドロップアウトしているはずが、しかし偶然備えていた唯一の美点のおかげで、ギリギリ社会のフチに引っかかってしまった人のお話。
どうしようもない詰み状態、なまじ致命傷を防ぐ一芸があったばかりに、かえって長く細く苦しみながら朽ちていかねばならない、そんな最悪の境界に人知れず嵌まり込んだままの誰かの、声ならぬ悲鳴として読みました。
強烈というか凶悪というか、普通に「自分だこれ……」と思わされる凄まじい力があります。きっと誰しも覚えがあるか、覚えはなくとも恐れたことくらいはあるであろう地獄。
これだけねっとりと一方的に、それも相当に後ろ向きな独白を聞かされているはずなのに、何か共感や納得のような感情が先に立つ、というのは、それだけで「ものすごいものを食わされた!」とわかるので参ります。ただ脱帽するしかない感じ。
描かれている主題そのもの強さだけでなく、それをこうして作品として書き表せてしまえることの凄味を感じる、重厚かつ鋭利な作品でした。文体も好き。主人公の思考の形がわかるというか、それを綺麗に脳にインストールしてくれるような印象。
どんな人間であれ、一つくらいは他者より優れたものを持っているものだ。
この作品の主人公であれば“美”。それも「ナルシスト」の語源となった美青年の逸話のような、他者を虜にしてやまない美貌。男でありながら女装しても全く違和がないほどの、たぐい稀なものである。
そんな分かりやすく素晴らしい長所を持っていた主人公は、華やかな夢を思い描き上京した。
誰もが放っておけないほどの美しさなのだから、どのような仕事に就こうとも彼には華々しい生活は約束されているのだろう……と思いきや、待っていたのはそんな優しい世界ではなかった。
己の自慰行為を映像に収め、それを個人で編集して登録サイトで販売する、事業にも満たないような生業。
持ち家どころか賃貸契約すら結んでいない、ネットカフェで寝泊まりを繰り返す日々。
思い描いていた華々しさとは対極。主人公の現状はうだつの上がらない、みすぼらしいとさえ言える生活である。
いったいなぜ、何があって、男はこのような事態に陥ってしまったのか?
本作品はそれを主人公“俺”の視点から、さながら血の通った人間の実体験であるかの如く描き出す。
美しい男が低きに流れ、ついに腐り果ててしまうその瞬間。
この特殊な男の人生のワンカットを見た時、あなたはどこか共感してしまうかもしれない。
人は誰しもが、優れたものを持っているがために。