第7話

 そして朝起きると隣に樹慈ちゃんの姿はなかった。


 朝早く去っていったのだろうか?と思って机の上を見ると控えめな文字で『昨日はありがとうございました!またコラボしましょうね!(´ω`*) ジュジ』という手紙が残されていた。


 若干の心配はあったけれどそのことに死ぬほど感謝と安堵を感じながら、私はベッドに再度うつ伏せになった。


 日は随分高くなっており、時計を見るとひなた先輩の毎週日曜日の朝配信の時間だった。


「やば…!もうこんな時間!」


 私はいそいそとYOUTUBEを立ち上げるとひなた先輩のいつもの待機画面のアニメーションが流れており安堵のため息をついた。


『いや~…』


 なんだ?


 数分後に始まった配信。でも何かいつものひなた先輩とは違った空気感だった。


 強いて言えば…何だろう?生暖かい。


『みんなさあ、見た?昨日の紺ちゃんと樹慈ちゃんの配信…』


 瞬間で私の心臓が凍った。


 思い起こされるのは昨日の放送事故のこと。


 まさか…?ひなた先輩に見られていた?


 顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。いっそのこと切ってしまいたいと思ったのはひなた先輩の配信を見ていて初めてのことだった。


『あれさ…まじでさあ…』


 なんといわれるのか。起き抜けに断頭台の階段を二段飛ばしで上り詰めていくような精神状態。私はなすすべもなく次の一言を待った。


『てぇてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェってなったよね!!!?』


 …………………


 ………………は?


『前々から紺ちゃんのことずっと受け感まじはんぱねえなこの子!ってずっと思ってたんですよ!あの子ちょっと抜けたところあるし人見知りなのをクールに見せようと頑張ってるところとかまじで可愛くて愛い奴め~~~~~って!!!?そんな紺ちゃんに対する樹慈ちゃんの距離の詰め方がまじでよくってーーーーー!!!からの紺ちゃんの下剋上攻めでしょ!!!!!?っあーーー!!!無理ーー!!!絶対絶対絶対絶対薄い本が厚くなる展開じゃん!!!?今年の夏コミは紺×樹が熱いぞ!!!樹×紺も!!!探してみろ!!!この世の全てがそこにある!!!』


 それからも紺ちゃんが紺ちゃんがという語りは自分を遥かに置いてけぼりにしたまま続いていったが、推しが自分自身を熱く語ってくれている嬉しさとそれが寄りにもよってあんなやつとのあんな出来事についてだということの恥ずかしさや不本意さに私はコメントを残すことも忘れて枕に再度顔を突っ伏した。


「ず、頭痛が…」


 私は顔を洗うためにノロノロと洗面所に向かうと見慣れないものが置いてあった。


 なんだと…???


 洗面所の鏡の前のコップの中には樹慈が昨日使った歯ブラシが仲睦まじく並べてあったのだ。


 なんだと…いやまさか……


 奴原樹慈…あいつは…読めない…!


 スマホから流れる益々ヒートアップするひなた先輩の萌え語りのBGMが流れる部屋の中、私は再度硬く決心を抱くのだった。


 「受けなんかになってたまるかーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!?」


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしは百合だが受けじゃない! 藤原埼玉 @saitamafujiwara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ