第8話 魔女と弟子

「無茶でしょ」

 完全な登山装備の石川は、バニラシェイクLを両手で持ったまま私にそう言い放った。生意気な。

「魔法の初期設定を、解釈拡大で運用変更? いやいやいや、やり取り丸ごと覚えてないと一つ間違ったら大事故ですよね」

「覚えてるから」

「怖い。如實なおざね巻き込むのやめてもらえますか」

「他に方法なかったんでね。てか過保護やめろ?」

 うぐぐ、とうなる石川はそのまま隣を見た。如實なおざねはストロベリーシェイクLを黙々と飲んでいる。

「お前も何か言いなさいよ……」

「言えないですよ。解釈変更の内容がちょっと……何か恥ずかしい感じのやつだし」

「お言葉だなクソガキ。眠り姫の十二番目の仙女をやってやった恩はどうした」

「誰が姫っすか。気持ち悪」

 お城に招待されなかった十三番目の仙女は、姫はつむぎ車のつむに指を刺されて死ぬと呪ったが、まだ祝福を送っていなかった十二番目の仙女がそれを和らげる。死ぬのではなく百年眠るのだ、と。百年の眠りは人の子にとってほとんど死に近く、その認識を利用したすり替えだ。

 私も似たようなことをした。魔法を使った際、言ったのはこうだ。愛した者に愛されなければ、やがて路地の煙になって死ぬ。ただし、愛する人を殺せば死を免れ、魔法をかける前に戻る。

 でも、恋愛の意味で愛した一人の相手に愛されなければ死ぬとは言ってない。愛を広義に取ればその相手はお嬢でなくてもいいし複数でもいい。例えば、石川や私でも。如實なおざねが人間関係を結び、好きか嫌いかで言ったら嫌いではない方の相手であればどれも該当案件とみなすことができる。

 そして、愛する人を殺せば死を免れる――これも、その相手はお嬢でなくてもいいことになる。

 そこで私だ。私は紫煙の魔女スモーカー。それなりの準備があれば、死んでも生き返る。まじない子が何人もいればそれが私の命の増槽、バランスさえ考えれば誰も死なずに済んじゃうわけである。

 だから。

「……この後感情的に決裂しない限り、如實なおざねは私を殺せば私が死んでる間だけ雨の魔性に戻ってフルスペックの力が使えるってわけ」

「どうかしてるわ」

 石川から丁寧語が失われた。ウケる、こいつマジで引いてる。ドン引きして私を見てる。

「石川くん、人間の常識感覚捨ててもらえるかな。私たち魔法使いでしょ」

 山中修行で疲れ果てているのも手伝ってだろう、石川はもはや答えることなく、単に溜め息をついて目を閉じた。

 その隣でストロベリーシェイクを飲み終えた如實なおざねは、私を見て――そのまま見ていた。何だ。私の顔に何かついてんのか?




 とにかくドロドロに疲れ果てた石川を送って帰宅させ、私はまた一服して愛用の自転車チャリを呼び出した。如實なおざねが見送りに出てきている。

「姐さん。俺、魔法をかけてもらいたい理由を、家を出た姉にもう一度会いたいからって言ったの覚えてる?」

「忘れてないよ」

「あれ、茉弥まやさんのことだった」

 深紫色の自転車を塀に立てかけて、私は自分のまじない子を見た。

「石川さんについており組のシマに出入りするようになってから聞いたんだ。クスリをやめられなくなった子を連れてって合宿させる場所があるって。一度、実際に女の子が連れて行かれるところに出くわして、その時の会話から分かった。俺がずっといた山の中の家が、そのシャブ抜き合宿所」

 煙草を吹かす。紫煙を吐き出す。煙の溶けるところに紫の星がきらめいては消える。

「調べたら、俺は、そこに入った人の子供だった。記憶はないけど。母親はそこで死んだみたい。俺には戸籍がないんで、戻す場所がなくてそのまま合宿所の雑用に使われてたけど、魔性があったから雨の日は閉じ込められてて。それでその合宿所に一時、茉弥まやさんが来てた」

 だから、姉たちというのは単にクスリにはまってどうしようもなくなった女たち。散弾銃ショットガンで撃ってきたという親も、合宿所を任された組員だったのだろう。

 クスリ漬けになり掃きだめのような合宿所に収容された、それでもおり茉弥まやには魔性があった。ボロ雑巾みたいにくたくたになるまで働かされていた如實なおざねにもそれは効いた。

 そうしてあの日、撃たれた身体で私の所へやって来たのだ。

「だから俺はもう、には会えた。傷つけてしまったと思うけど、願った魔法の目的は果たせた。それでも俺は死なないんだな」

「お前の願いが叶ったらその時に命をもらうとか言ってないじゃん。だからよ」

「雑じゃね?」

「性格でね。てかお前普通に失礼な」

「すいません。でも姐さんも酷いわ」

 何がよ、と問うと、如實なおざねは視線を逸らす。

「……生き返るって分かってても、姐さんを撃つのは辛い」

 は、と私は笑った。

 手の中の煙草を弾き飛ばして、空中で紫の星に砕く。

「いいか、私のせいとはいえ、お前は魔性を飼い慣らす方の道に踏み入ったんだ。それは、魔女わたしと同じ魔法使いになるってことなんだよ。人間の常識感覚は捨てていけ」

 服の襟首を掴んでぐいっと引き寄せた。鎖骨の星が見える。私の餌。私の命。

「――力を使いたい時は、私を呼べ。この世のどこにいても駆けつけて、お前に殺されよう」

 石川には話を付けた。今日から如實なおざねは私の弟子ってことになる。

 紫煙の魔女スモーカー逆宮さかみやしゅうに、長い長い人生で初めて、まじない子ではなく弟子ができた。笑ってしまう。全然そんな予定じゃなかったのに。

 私が見つけた雨の子供は、さっき生まれたみたいな目で私を見ている。気恥ずかしくなるくらい真っ直ぐに。

 いつか私が殺された最初の日の話をしてやろう。

 だから私はもう少し生きていようと思う。


 如實なおざね、この弟子のために、もう少しだけ。







〈了〉

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GUNS & SMOKERS 鍋島小骨 @alphecca_

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