第8話 魔女と弟子
「無茶でしょ」
完全な登山装備の石川は、バニラシェイクLを両手で持ったまま私にそう言い放った。生意気な。
「魔法の初期設定を、解釈拡大で運用変更? いやいやいや、やり取り丸ごと覚えてないと一つ間違ったら大事故ですよね」
「覚えてるから」
「怖い。
「他に方法なかったんでね。てか過保護やめろ?」
うぐぐ、と
「お前も何か言いなさいよ……」
「言えないですよ。解釈変更の内容がちょっと……何か恥ずかしい感じのやつだし」
「お言葉だなクソガキ。眠り姫の十二番目の仙女をやってやった恩はどうした」
「誰が姫っすか。気持ち悪」
お城に招待されなかった十三番目の仙女は、姫は
私も似たようなことをした。魔法を使った際、言ったのはこうだ。愛した者に愛されなければ、やがて路地の煙になって死ぬ。ただし、愛する人を殺せば死を免れ、魔法をかける前に戻る。
でも、恋愛の意味で愛した一人の相手に愛されなければ死ぬとは言ってない。愛を広義に取ればその相手はお嬢でなくてもいいし複数でもいい。例えば、石川や私でも。
そして、愛する人を殺せば死を免れる――これも、その相手はお嬢でなくてもいいことになる。
そこで私だ。私は
だから。
「……この後感情的に決裂しない限り、
「どうかしてるわ」
石川から丁寧語が失われた。ウケる、こいつマジで引いてる。ドン引きして私を見てる。
「石川くん、人間の常識感覚捨ててもらえるかな。私たち魔法使いでしょ」
山中修行で疲れ果てているのも手伝ってだろう、石川はもはや答えることなく、単に溜め息をついて目を閉じた。
その隣でストロベリーシェイクを飲み終えた
とにかくドロドロに疲れ果てた石川を送って帰宅させ、私はまた一服して愛用の
「姐さん。俺、魔法をかけてもらいたい理由を、家を出た姉にもう一度会いたいからって言ったの覚えてる?」
「忘れてないよ」
「あれ、
深紫色の自転車を塀に立てかけて、私は自分の
「石川さんについて
煙草を吹かす。紫煙を吐き出す。煙の溶けるところに紫の星がきらめいては消える。
「調べたら、俺は、そこに入った人の子供だった。記憶はないけど。母親はそこで死んだみたい。俺には戸籍がないんで、戻す場所がなくてそのまま合宿所の雑用に使われてたけど、魔性があったから雨の日は閉じ込められてて。それでその合宿所に一時、
だから、姉たちというのは単にクスリにはまってどうしようもなくなった女たち。
クスリ漬けになり掃きだめのような合宿所に収容された、それでも
そうしてあの日、撃たれた身体で私の所へやって来たのだ。
「だから俺はもう、姉には会えた。傷つけてしまったと思うけど、願った魔法の目的は果たせた。それでも俺は死なないんだな」
「お前の願いが叶ったらその時に命をもらうとか言ってないじゃん。だからよ」
「雑じゃね?」
「性格でね。てかお前普通に失礼な」
「すいません。でも姐さんも酷いわ」
何がよ、と問うと、
「……生き返るって分かってても、姐さんを撃つのは辛い」
は、と私は笑った。
手の中の煙草を弾き飛ばして、空中で紫の星に砕く。
「いいか、私のせいとはいえ、お前は魔性を飼い慣らす方の道に踏み入ったんだ。それは、
服の襟首を掴んでぐいっと引き寄せた。鎖骨の星が見える。私の餌。私の命。
「――力を使いたい時は、私を呼べ。この世のどこにいても駆けつけて、お前に殺されよう」
石川には話を付けた。今日から
私が見つけた雨の子供は、さっき生まれたみたいな目で私を見ている。気恥ずかしくなるくらい真っ直ぐに。
いつか私が殺された最初の日の話をしてやろう。
だから私はもう少し生きていようと思う。
〈了〉
GUNS & SMOKERS 鍋島小骨 @alphecca_
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