第3話
おじさんの夢を目で追いかける。きれいとは言えないが、力強い文字で埋められていく原稿用紙。そんな熱意は、私の中にはもうないのだ。恨めしがってるのは幽霊ではなく私の方だなんて皮肉なことだなぁと、他人事のように自分を嘲る私が嫌になる。
「よし、書けた」
おじさんはペンを置き、私の体を抜けた。
「すまん、これじゃバレバレすぎるか」
「いいの、バレても」
「いや、そんな訳にもいかんだろう」
「いいんだって、私にはもう関係ないよ」
「関係ないだなんてそれは」
「ううん、関係ない。私には将来なんて無いんだ」
おじさんの顔が深刻になる。言ってしまったんだと気付かされる。
「余命宣告を、受けてるの」
初めて、家族以外にこのことを明かした。これを出せばおじさんは何も言えなくなる。分かってて、でももう止まらない。
「医者によるとね、次の誕生日は迎えられないでしょうって。はっきり言わないのは医者なりの気遣いなのかな。でも残酷な言い方だよね。期間で言うよりずっと身に迫る。私にはもう誕生日は来ないんだなって、そんなふうに思っちゃう」
心のタガがはずれたように、私は私に踏み込んでいく。
「おじさんはいいよね。強い思いがあって。私、なんにもなくなっちゃった。友達はいい人で、パパもママも大好きで、楽しい毎日のはずなのに、なのに私…」
いつぶりかの涙が頬を伝う。問い詰めてすまなかったと謝るおじさんの声が優しくて、もっと惨めになる。私、こんなに苦しかったんだ。ちゃんと悔しいって、思えるんだ。
「おじさん、私、死ぬの怖いよ…」
どのくらい泣いただろう。今からちょっとクサイことを言うぞとおじさんが言う。泣き止むまで待っていてくれたらしい。
「おじさんにもクサイかどうかの分別あるんだ」
からかうように言うと、こいつめ、とおじさんは安心したように笑った。
「うん、言って」
「よし。えーとな、例え短い命でも、君は生きている。出来ることはたくさんある。それだけは絶対に忘れるな。今をあきらめる必要は、どこにもないんだ」
おじさんはもう一度私に取り憑いて、書いたばかりの原稿用紙を丸める。新しい原稿用紙に手を伸ばす。
「なあ、やっぱり君の夢を書かないか?何になりたい?」
「…ありがとう」
「よせよ、大したこと言ってないんだ」
「それは否定しないけど、嬉しかった」
「否定しないのかよ」
私の夢。一度投げ出したもの。そこまでの思いはないのかもしれない。それでも、もう一度。少し考えてから、新聞記者と私は言った。言葉にしたら、ホンモノの夢になった気がした。
任せろと、おじさんはペンをとる。
未練 @tootika
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