第2話

おじさんを無視して家のドアの鍵を開ける。サッと入って鍵をかける。したり顔でドアをすり抜けてくるおじさんを見て、私はため息をついた。

「付きまとわないで下さい」

「おいおいその言い方は心外だなぁ、学校の間はちゃんと待ってたのに」

「えぇ…もしかして今朝からずっと?」

「この有様じゃ何も出来ないからな」

「でもほら、散歩くらいは出来たんじゃ」

「方向音痴だからな、帰れなくなる」

そんな堂々と言うセリフではない。

「心配するな。退屈はしなかった。アリをずっと観察していたんだ」

「…アリを?」

「そうだ。アリの観察を楽しめるのってなんだか大物っぽいと思わないか?」

大物はそんなこと言わないと思う。

「ところで、昨日の話考えてくれたか?」

「はい、まぁ、まだ迷ってますけど」

本当は答えは決まっていた。今の私には何もないのだ。残りの人生がおじさんの役に立つならすてきなことだと、心からそう思う。ただなんとなく、言い出すのが躊躇われた。

「そうか、ゆっくりでいいからな。待つのは慣れている」

慣れているという言葉にどうももやもやしてしまう。それを振り払うように、頼み事をしてもいい?と私は言った。おう、何でも来いとおじさんは胸を張る。

「宿題、私の代わりにやって欲しいの」

「えっ、それは、中に入って?」

「うん、取り憑いていいから。昨日の話、受けるかわりに」

おじさんは少し悩んでいたが、しばらくして頷いた。

「…分かった、今回だけだからな」

「ありがとう」

「で、どんな宿題なんだ?」

「将来の夢の作文」

「作文?内容と筆跡ですぐバレないか?」

「いいんです、バレても」

「いいって…まあ、分かった。どんな内容にすればいい?」

少し迷ってから、私は答えた。

「じゃあ、おじさんの夢を書いてよ」


白井恭介。過去に探偵として名を馳せた。しかしその人気は続かない。栄光を取り戻すことはなく、彼は病気で命を落とす。このままじゃ終われない。そんな強い思いが実ったのか、彼は幽霊としてこの世にとどまった。彼の未練はもう一度探偵として輝くこと。そのために私の体を使いたい。昨日、おじさんから聞いた話だ。

大衆からの評価なんていい加減なものだ。それなのに認められることを追い求める感覚は、私にはよく分からなかった。いや、分からない訳では無いが、死してなお夢見るようなものだとは思えないのだ。一度潰えた夢を、体を失ってまで。

おじさんは私の手でペンを走らせる。最初の頃は私に寄せようとしていたのに、もうそんなことは忘れたように夢中で夢を描いている。私は私の体の中で、私の書く文字を追い続けた。

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