第4話 7月10日







日曜日の朝。





俺と月衣は、テレビを観ながら遅めの朝食をとっていた。



先週一週間の出来事をまとめたもの、今後の見通しなどをコメンテーターも交えてトークをするという、エンタメニュース番組だ。


今年の夏は数十年に一度の熱波が日本を襲う、とのいかにも、視聴者受けをする見出しで、屋内でも熱中症に気をつけること、偏西風の位置のズレで日本に上陸する台風の数が増えるなどと話している。



大変だね!と言いながらも、スリルを味わえる台風が大好きな月衣の目は嬉々としている。


まったくコイツは。

ひといちばん怖がりのクセに。


やれやれと俺はため息をつく。



まあ、そんな所が、、。



そんな所が?




次に続く気持ちに、俺は嫌悪感さえ覚え、それを飲み込むようにジュースを喉に流し込んだ。




その後、番組の司会者は、全国的に幼児特有のRSウイルスが流行っており、これは珍しい事だが、大人の患者も増えてきていると伝えた。


たしかに、おたふく風邪やはしかなど、通常小さい子供がかかる病気に大人がかかると、ひどい症状が出るっていうのは聞いたことがあるな。




「そういえば、蔵馬クラマくんて、風邪治ったかなあ。結構、咳ひどかったよね。」


「ああ、冴優サユが病院に連れていっただろうから大丈夫だろ。ま、あとでLINEしてみるわ。」





と、俺の携帯の着信音が鳴る。





知らない番号が出ているが、基本かかってきた電話は取るタイプだ。




「もしもし。」




北条彼方ホウジョウカナタさんのお電話ですか?」




事務的な冷たい声色。



「私、捜査二課のガガミと言います。」


それは、金曜に体育館に来ていたガガミ刑事からだった。



相沢依千羽アイザワイチハさんの事で、いくつかお尋ねしたいことがありまして。」




なるほど。相沢の交友関係を調べていて俺の名前が出てきたって訳か。




聞き耳を立てようと携帯ごしに俺の顔に近づく月衣ルイの頭を押しやりながら、

少し前に相沢に告られたこと、もちろん番号やLINE交換もしていないし、その後も、会っていないことを伝える。





「最後にこれはあくまで参考までにお聞きしたいのですが、7月7日の夜はどちらにいましたか?」




俺はドラマでよく使われるようなお決まりのセリフに少し苦笑しながら、堂玄ドウゲン会長、月衣ルイと自宅にいたと返答した。






「今の電話、警察からだよね、彼方、疑われてるの??ひっどーい!!」



電話が終わったあと、即座に月衣がプンスカ怒りながら言う。



「仕方ねえよ、向こうだって、交友関係上にあがった人間に質問していくのが仕事なんだから。おおかた、同級生から俺に告った話を聞いたんだろ。さ、片付けるから早く食べろって。あ!おまえ、またパンの耳だけ残しやがって。」




真ん中だけネズミが食べたように穴が空いてる食パンを見ながら、月衣の頭を肘でグリグリする。


「もったいないことすんなよ。しかも汚いし。おまえ、ホントにJK??」



マジでコイツ大丈夫か?


先輩とデートする時にも、こんな食いかたをするんじゃねーのか?



マナーとか躾したほうがいいのか、いやいや、俺がそこまでする必要ねーよな。




はぁ、とついた俺の大きなため息は、外のうるさい蝉の声にかき消された。













「えー??っちゃん、今日も学校に行くの?」




マンション一階の広い大理石調のフロアに、光弦ミツルのびっくりした声が響き渡る。


祖父が所有する15階建ての分譲マンションには、道玄の親族が何人か住んでおり、僕や光弦ミツルも階こそ違うが、このマンションに住んでいる。




ちょうど僕がエレベーターから降りたところに外から戻ってきた光弦ミツルとばったり会う。




「いや、学校には行かない。今日は、直接、長伊佳乙里ナガイカオリの家と、相沢依千羽アイザワイチハの家に、話を聞きに行くんだ。さっき、双方の家に電話を入れておいた。」





「はぁー。っちゃんてさ、ほんっとにマジメすぎー。外は暑いよ?熱中症アラート出てるんだよ?運転手さんの車は出ちゃっててないし。」



脇にメットを抱えコンビニの袋を振り回しながら光弦ミツルが呆れたように言う。




「大丈夫。自転車と電車で行くから。」





じゃあ、と言って外へ出ようとする僕に、

「待って!もー仕方ないなぁ。ボクのバイク出すから後ろに乗って。」


いつものごとく、口を尖らせて。




光弦ミツルは、同い年の従兄弟で小さい頃からよく一緒にいた。

柔らかいくるくる巻き毛が、光弦の綺麗な顔をよりいっそう引き立ている。

ワガママで、自由奔放だが、根はとても優しい子だ。




「ありがとう、助かるよ、光弦ミツル。」




僕はにっこり笑った。












40分後、僕と光弦ミツル長伊ナガイの母親が出してくれた冷たい麦茶を飲みながら、詳しい話を聞いていた。




母親と父親は離婚こそしていないが長らく別居中で佳乙里カオリは母親と二人暮らしをしている。

賃貸アパートのこの自宅の雰囲気から、生活は決して楽ではないことが見てとれた。



彼女は平日の週に3日は、母親が勤めている近所のスーパーでバイトしていたが、7日7日はいつまで経ってもバイト先に現れず、自宅に帰ってきた形跡もない。


もちろん制服、カバンもなく学校帰りに何かあったと考えざるおえない。




警察は明日、公開捜査に踏み切るとの事だ。






「では、家出するような何か変わった事もなかったのですね。ちなみに父親は何て言ってますか?」






「あの人とは連絡がとれていません。携帯は電源が切れているようです。もう何年も連絡は取りあってませんので、今回の事とは、たぶん関係ないんでしょう。あとは警察におまかせしてます。」




憔悴仕切ってうつむき加減の母親に光弦ミツルが巻き毛をさわりながら明るい声で言う。


「噂によると、担当の鏡刑事はかなり優秀らしいですよー。だから、佳乙里さんきっとすぐ見つかるんじゃないかな。元気出して下さいね。」




「ありがとうございます、、。」


母親は目に涙を溜めて頷いた。









冷房のよく効いたファミレスは、日曜日の家族連れや若者達で賑わっていた。



僕と光弦ミツルは端のほうの窓際の席で、メニューを拡げる。


肉から魚まで、何でも揃っており、とりわけデザートは種類も豊富でどれも果物やクリームがふんだんに使われており、甘そうだ。




月衣ちゃん、こういうの好きそうだな。




最近、彼女のことばかり考えてる自分に少し呆れながらも笑みがこぼれてしまう。




「あー、世っちゃん、今、絶対月衣ちゃんのコト考えてたでしょ。」




メニュー越しに僕を観察していたのか、光弦が少し意地悪そうに笑う。





「参ったな。光弦は何でもお見通しか。」



「世っちゃんてさ、自分で気づいてないと思うけど、彼女と付き合いだしてから、いつもにやけてるよ。」



「そんなことはないだろう。」




「ううん、にやけてる。自覚してないだけだよ。世っちゃん、すごく、変わった。」




フフッ、僕は苦笑いしながら、メニューを閉じた。





「僕は不謹慎だな、生徒達が行方不明だっていうのに。どうしても、彼女のことを考えてしまうんだ。」




「いいんじゃないの?それはそれ、これはこれだよ。ま、正直なところ、なぜ月衣ちゃん、なのかボクは理解に苦しむけどねー。」




「だってさー、背低くて、体型もなんかアレだし、顔もブサイクではないけど、美人ではないし、噂によると、勉強も全然みたいだし!」





「彼女のどこがいいのか、ほんっと不思議!世っちゃんレベルなら、トップモデルでもモノに出来るのにさ!あんな、ちんちくりんの、、あたっ!」



「光弦、人の彼女をけなしすぎだよ。」




僕は、たしなめるようにメニュー表で光弦の頭を小突いてやった。




光弦は、とたんに飼い主に叱られた子犬のようにシュンとなる。



「だって!」



「ボクは世っちゃんのコト大好きだから、もっといい女と付き合ってほしかったんだよ。」


濡れた瞳で僕を見つめる。


「でも、ゴメン。言い過ぎた。あ!お詫びにあとで月衣ちゃんちに乗せていってあげるから。少しデートしたら?ボクはその間、どこかで時間つぶしてるから。」



まるで尻尾を振っているかのように、すごい笑顔の光弦。



やれやれ。にくめないな、ほんとに。




「ありがとう。じゃあ、相沢の家のあとに、頼むよ。」






相沢依千羽アイザワイチハのマンションは、駅の近くの大通りに面した一角にあった。

五階建てで、まだ築年数があまり経ってないのか、外観もエレベーターホールも真新しい感じだ。



世都那はオートロックを開けてもらい、エレベーターの中に入ると最上階のボタンを押す。


中の壁には鏡が取り付けられており、光弦ミツルは角度をいろいろ変えながら自分の顔を映している。



「相沢依千羽ちゃんて、わりと美人だよね。

勉強もそこそこ出来るみたいだし。」



「詳しい事情はわからないが、このマンションでお兄さんと二人で暮らしているそうだ。」






玄関のインターフォンを鳴らすと、清潔感のある爽やかな好青年が顔を出す。25、6といったところか。





「すみません、妹がご迷惑おかけしてまして。」




笑顔で対応する彼には悲壮感など、微塵も漂ってなく、さあ、入って下さいと僕達を招き入れた。



広めのリビングは生活感を見せないようにシンプルにコーディネートされており、兄妹がきちんとした生活を送っているのが伝わってくる。




兄は、冷えたお茶と洋菓子を出すと、ソファーにゆっくり座る。

某大手車メーカーの営業をしている彼にとって、目の前にいる学生は、ただの学生ではなく、大事な顧客である株式会社ドーゲンフードの跡取り息子達である。


現在、ドーゲンフードには、彼の勤めるメーカーから営業車や、トラックなど、数百台がレンタルされて利用されているのだ。






「この度は、本当に妹がご迷惑をおかけしてまして、申し訳ありません。」


兄は深々と頭を下げた。



「今日で3日になりますが何か、心あたりはないですか?」



「実は、あの日の朝、僕達、軽い口喧嘩をしまして、原因は些細な事なんですが、もともと私達兄妹は普段からあまり会話はしないんですが、あの朝はなぜかお互いイライラしていて、、。それで家出までするかなとも思いますが、妹も年頃的に多感な時期ですし、、あと、、。」





「あと?」


僕は手にしたグラスを置く。


「ええ、これは夕べ、刑事さんから聞いたことですが、友達からの情報を調べてくれていたらしく。」




「妹はどうやら最近、告白して振られたらしいのです。性格上、それで傷ついたりする事はないとは思いますので、今回の事とは関係ないとは思いますが。」





「家出なのかなぁ。妹さん、かわいいから心配ですよねー。」




兄は、少し苦笑いして肩をすくめながら、

「実は、僕達の父親は格闘家でして今もスペインのほうで両親は道場を開いているのですが、僕は痛いことは好きではないので子供の頃にすぐに挫折してしまいましたが、妹はかなりの腕前でして。その辺にいる男性なんかは彼女には絶対勝てないと思います。」




なるほど、だから、兄はいたって楽観的なのか。




それから、しばらく勤める会社のことを熱っぽく語る兄の話をひとしきり聞いたあと、最後に彼女の部屋を見てもいいと兄から提案があった。


本人の了解を得ずに部屋を見るのは気がひけるなとは思いつつ、何か家出に繋がるものがあるかもしれないと考えた僕は、では失礼して、と中に入る。



リビングと同様、きれいに整頓されている部屋は彼女の心が健康だと伺えた。

壁に据えられている本棚には、民俗学や宗教、科学など意識の高い著書がズラリと並んでいる。


ふと、壁に掛けてあるカレンダーに目が留まる。

7/1の日付のところに、赤いマジックで書かれた太い丸印されていたからだ。


1という字の下のスペースに、北条彼方くん、と黒いボールペンで書かれていた。


相沢依千羽は、彼のことが好きだったのか。




彼女の気持ちを無断で覗いてしまったようで、少し申し訳ない気分になりながら、部屋をあとにした。












「なんなんだ、これは、、。」






その頃、青葉純一ジュンイチは、地下室の入り口で立ち尽くしていた。



潜水艦のような扉を開けた向こうは、壁、床、天井全てがシルバーの素材の何かで出来ている無機質で異様な空間が広がっており、唖然とする。




土曜の夜、夜行バスで地元を出発し、その後電車を乗り継ぎ、降りる駅を間違えたり、さんざん迷いながら、最後タクシーでようやくこの青葉純平ジュンペイの別荘にたどり着いたのは、日曜の昼を過ぎていた。





「遅いよー、父さん。」



「やあ、兄さん。久しぶり!」




困り顔をしてシェルター内のパイプ椅子に座る息子、陽翼ヨウスケの側には、この騒動の元凶である弟がニコニコ笑って立っている。



「純平!お、おまえという奴は!やっていいことと悪いことの区別がつかんのか!だいたい、なんだ、このシェルターみたいな部屋は!」




「そのまんまさ。シェルターだよ、ちょうどいい、兄さんもこのまま、ここに残りなよ。」




「何言ってやがる、コイツは!ほら、陽翼ヨウスケ、さっさと帰るぞ!」





「兄さん、待って。話だけでもきちんと聞いてくれ。」




思えば子供の頃から、弟の純平はどこかひょうひょうとしていて、恐ろしくマイペースだった。

大学を中退してからは、どの仕事も長続きせず、いくつかの職を転々としていたが、30代半ばで小説家になったと聞いた時、なるほど、コイツには向いているかもと思った。

その後、成功して落ち着いたかと思えば、今度はどうやら何かの妄想にとりつかれてしまったようだ。



「知らん!もう、おまえとは縁を切るからな!」





イスに座っている息子の腕を掴み、シェルターを出ようとした時、突然、上の階からバタン!という物音と、大きな声が響いた。






「純平、来たぞーー!」






突然、日焼けした逞しい大柄の男がドカドカと音をたてながら地下へ降りてきた。




「おおっ!すっげえシェルターだなあ!やるな純平!」



そして、その後ろに続いて入ってきた人物を見て、

陽翼ヨウスケは思わずすっとんきょうな声をあげた。





「な、長井!!さん!?」





それは、泣きそうな顔をした長井佳乙里ナガイカオリだった。










一面生い茂る緑の樹木と、その間にまばらに広がる青い空が眩しい太陽の光と共にブルーダイヤモンドのように輝いている。


辺りは小鳥のさえずりが途絶えることなく。

時折、頬を撫でるそよ風が、すごく気持ちいい。



そして、すぐ横には泣きはらした顔の先輩。




「あの、、先輩、大丈夫ですか?」



僕の声で、長井先輩はまたはらはらと涙を流し始めた。


「あっ、す、すみません!」



焦って謝りながら、なんで僕が謝るのか自分でも訳がわからず、でも、ああそうか、こうなった元凶は僕の伯父だから、やっぱり僕が謝るのは間違いないよな、とぐるぐる頭を働かす。






陽翼ヨウスケは大きくため息をついた。




長井佳乙里とは、掃除の担当場所が一緒で縦割りで班が組まれている僕たちは毎日昼休みのあと顔を合わせ、つい一週間ほど前もこうやって横に並んで、校庭の花壇の草むしりをしていた。




彼方カナタと電話で話した時に僕以外にも何人か行方不明の生徒がいるとは聞いていたが、まさかその内の一人が先輩だったなんて、もうなんだかため息しか出てこない。














































































































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鬼の居ぬ間に 阿羅神 @77god

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