第71話

 パスポートと財布があればいい。服は向こうで買える。着の身着のままが気楽で自由だ。他に何を望もうか。望むべくもない。

 僕は外出届けを出した後、すぐにタクシーを捕まえて空港へ走らせた。道中運転手がつまらない話をしてきたが曖昧に返す。どうにも浮つき、酔っ払ったように楽しく、周りに頓着がなくなっていて、耳も目も口も覚束なかった。


 空港に到着すると、チケットを求めた。奇跡的にケネディ空港行きの便に乗れる事となった。


 どうやらニューヨークには空港が三つあるらしいが、件の美術館にどこが近いのかは分からなかったし、どのみち一つしか空いていなかったため選択肢はなかった。まぁ、どうとでもなるだろうと楽天に投げやる。不安もあったがそれはそれで愉快な気がした。

 出発便を待つ中、胸が晴れていく感覚があった。人生の一幕に降り注いでいた雨が、ようやく上がったのだろう。僕は今まで求めていた自由の一端をこの手に掴んだ気がする。


 雨後の晴れ間は決してそれまでの鬱々とした気持ちを帳消しにするようなものではない。しばらくは不快感の余韻が残り、なにかにつけて溜息が出る。けれどそれは、逆に考えれば、これから好転する予兆ではないか。

 僕は能登幹との出会いを夢想し、一人微笑んだ。過ぎ去った雨が慈雨であったと、そう思いながら。

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慈雨 白川津 中々 @taka1212384

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