第70話

 そのまま気にせず仕舞い込んでもよかったが、気になるものは気になるもので、図書室に向かい調べてみる事にした。

 それはほんの思いつきで、まさか見つかるとは思いもせず、「分かるわけがないな」と落胆するための行動だったのだが、何の因果か、たまたま手に取った資料の中に写真と同じ建築物を見つける。



 グッゲンハイム美術館。



 ニューヨークにある有名なスポットがそうであった。撮影場所から推察するにそこまで遠くなく、また、位置関係も分かりやすい。外から見れば、何処の部屋から写したか明白だろう。能登幹はまず間違いなくそこにいる。



 だからなんだ。

 分かったところでどうだというんだ。

 おいそれと会いに行けるわけがない距離。偶然に発見したヒントは答えを得るのに十分すぎる事実を僕に伝えたがしかし、無意味だった。


 差した光は途端に暗雲立ち込め、溜息が漏れる。僕は生涯訪れる事のない、海の向こうにある国を思い、そっと資料を閉じた。




 人間はもっと自由であるべきだよ。

 表紙を閉じる瞬間に、誰かがそう言った気がした。




 幻聴である事は分かる。しかし、誰の声で再生されたのかは定かではない。道直だったかもしれないし、能登幹だったかもしれないし、或いはまったくの別人の声が使われていたかもしれない。人の感覚というのはいい加減なものであるから、断定してしまうのは憚られる。だからこそ、僕は声が聞こえたような気がしたという一点を、ただその一点だけを深く受け止めて消化しようと試みていた。自由とは何か。何をもって自由というのか。田舎から出て過ごすだけが自由なのか。人と交わらない事が自由なのか。



 全ての自問に僕は答える。

 違う。




 図書室を飛び出て部屋に戻る。やるべき事は、なすべき事は、一つしかなかった。

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