第69話

 手紙を開くと、拝見お元気ですか。から始まる当たり障りない内容が続いた。主にアメリカでの生活に関するもので、広く、大きな世界で生きている様子が伝わり、それが悔しかった。ずっと都会に出たいと、都会に出れば何か変わるかと思っていた自分が酷く矮小に感じられたのだ。また、能登幹の手紙には所々に悲哀の言葉が差し込まれており、まるで世界に取り残されているようだと心弱い一節が走っていて、僕の胸より一層を締め上げた。


 寂しいのであれば、奴はどうしてアメリカへ行ってしまったのだろうか。ずっと日本にいれば、僕と学校に通っていれば……


 頭を振って思考を中断する。そんな考えはよくない。誰かを引き留めるような、足を引っ張るような真似をするのは低俗な行いだと戒めるが、理由くらいは聞くべきだったという先に立たない後悔が感情を揺さぶる。愚かだ。



 今更ながらに、なぜ奴はアメリカへ。どうして僕に相談もせず。そもそも、奴はどこで生まれ育ち、どんな環境を経て、何を考えて生きているのかと疑問が浮かんだ。僕は、奴の人格を形成するバックグラウンドを見ないまま、涙一雫落として見送ってしまった。せめてもっと話をしていればこんな風にはならなかったかもしれない。月日が経ってもそうしたたらればは絶えず、奴を想う気持ちと悔いが残っている。僕は、僕自身によって人生の汚点を残してしまったといっても過言ではないだろう。これから先ずっと靄が晴れず、雨垂れの中を生きていくのであれば、何のために産まれてきたのか……




 項垂れながら手紙を読み進めていくも、最後まで心境は陰鬱。罪悪感と悔恨の念ばかりで、仕方がなかった。同封されていた写真がパラパラと落ちるも、拾う気にもなれず、床に散らばる様をぢっと見据えた。


 一点、気になる写真を見つけた。ベランダからと思われる風景写真。印象的な川と橋。それに、珍妙な建物。恐らく自室から撮影したであろうその写真は、僕に何か訴えかけてきているような、そんな錯覚を抱かせたのだった。

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