第54話 あぁ夏休み
学校に行くと、昨日の出来事は全て夢だったのでは無いかと思うくらいに、いつも通りの日常があった。生徒達は、もうすぐやって来る夏休みについて、あれこれ話し合っている。
眠気を吹き飛ばす程の、明るいアオイの「おはよう!」を聞くと、薄らと昨夜の興奮が蘇った。当の本人は、そんな事なんて気にする素振りも見せず話を急いだ
「なんか、昨日より肩の違和感ないんだよね」
「嘘だろ!あんだけ騒がしといて」
「騒いでたのはシンジだけでしょ」
「そうかもだけど」
そして、その日の夜に「県大会の組み合わせが決まった!」と連絡が回ってきた。初戦に当たる
次の日、いの一番に、はしゃぐキョウコ先生が、恒例になりつつある朝練にやってきた。手に持つ紙っぺらには、『1』と書かれている。
「みんな聞いて、幸先いいわよ。これ、ね。記念に貰って来ちゃった」
「先生、もしかしてコレ、一番クジですか?」
「そうよ、そうよ、そうなのよ。何か良いわよね。『イチッ』って響きが、やっぱ何でも一番が良いわよね」
先生は終いには「ガハハ」と、はしたなく笑い出した。
「先生、一番クジを引いた学校は、開会式に主将が選手宣誓をしなくちゃいけないんですよ」
とユウキが丁寧に説明すると「そんな説明も受けたわね」と、軽く返答する。
コウスケは急ピッチで宣誓の内容を考え、ぴーかん照りの校庭のど真ん中で、選手宣誓の練習に明け暮れる事となった。緊張した主将が言葉を噛む度に笑いが起こり、日に日に見学に来る生徒が増え、朝の名物になりつつある。
良い事もあった。夏休みに入り、保護者が取っ替え引っ替えで練習に参加してくれた。いつもは俺かユウキがやるシートノックの代わりを、快く引き受けてくれた。
リョウタの父親は、めちゃくちゃノックが上手かった。因みに、ヨシユキの父親は外野に飛ばないし。コウスケの父親は飛ばし過ぎるなんてハプニングもあった。俺にとっては少し羨ましい光景だが、自分もこうして投球練習に集中出来るのは嬉しい限りだ。
夏休み前の全校集会では、野球部を代表してコウスケが壇上に上がり、校長先生から表彰状が手渡された。優勝し県大会に行けるという実感が、再度、込み上げる瞬間だった。
校長が14年ぶりの快挙だと褒め称えた。部員の少ないウチの学校が、県大会まで行くのは、非常に素晴らしいことだと絶賛していた。
いつもは、かったるい校長の長話に、始めて耳を傾け、こそばゆく感じながらも、達成感を噛み締めた全校集会だった。
そして、あれほど心配していたアオイの肩だが……
「まだ投げるのか!ノックも終わるし、そろそろ上がらないと。オーバーワークは故障のもとだぞ。」
「ハイハイ。わかった、わかった。じゃあ、あと五球ね。要は本気で投げなきゃ良いのよ」
あの落ち込んでいた顔が、今では可愛いとさえ思ってしまうほど溌剌としている。(負けてたら引退してたんだよな)と思いながら、アオイの球を噛み締めるように受けた。
夕涼み、セミの泣く校庭。野手はノックを終えて、ゆっくりと走りながらクールダウンに入っていた。
「うわ。女がピッチャーやってるぜ。」
西陽に照らされたアオイを、小学生が指をさす。そんなこと構わず、アオイは最後の夏でも味わうかのように、気持ちの良いぐらいキレのあるストレートを投げた。
目の覚める様なボールの軌道。スパンッと気持ちの良い音が、朱色に染まる校庭に響く。
「うわっ、スゲー、かっちょいい」
興奮する男の子に、アオイは満足そうに鼻を擦る。アオイが認められ、褒められるのは純粋に嬉しい。そこに男だとか、女だとか、そういう隔たりはない……気がする。
「だから、本気で投げるなって!」
と言いながらも、アオイが本気で投げれない事くらい、鈍感と言われる自分でも気づいている。そして、アオイ自身も、俺が気づいている事に気づいている事だろう。
「ったく、何回、言ったら分かるんだ」
「それでも、投げるなとは言わないのね」
「……当たり前だろ」
最後に軽くキャッチボールをしながら、互いの距離を詰めていく。アオイは「ふぅ」と息を吐き、帽子でパタパタと仰いだ。
来週からは急遽だが、練習試合を
ゆっくりと校庭をランニングする集団。その最後尾に俺とアオイも加わった。唐紅の空を、オレンジ色に染まった入道雲が優雅に泳ぐ。中学生、最後の夏休みが始まろうとしていた。
一番、ピッチャー、アオイちゃん ふぃふてぃ @about50percent
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