第19話:因縁の糸




 地下に存在する小さな国家……幾星霜の年月が積み重なって形成された堆積土は非常に硬く、更に強固に絡み合う木の根によって固定され、さながら鉄筋コンクリート建築を思わせる。


 今にして思えば、この根って全部クレアールの末端だったりするのかな。

 ……流石に考えすぎ?

 この一帯は特にスィドラ樹の製品が名産だし、流石に……。



「―――陸君?」

「あ、ううん。何も」



 別れた後でも後ろからペチペチされるのを警戒する事になるなんて。



「ふぁ……ぁ。……ぅぃ。ねむっ」

「んなー。早朝でも結構人通りは多いンなー」



 戻ってきた都市国アムリタール。

 トルキンへ向かう際に最後に経由した都市はかなり以前の記憶にすら思えるけど、期間にすれば一か月程度しか経っていないというのだから不思議なもので。


 ……現在時刻は朝の四時ごろ。

 まだ辺りは暗く……地下だから暗いも明るいもないのだけど、実際眠い。

 春香はカクカクと船を漕ぎ、康太が間延びした声色のまま周囲を見渡して―――目開いてる?


 ……都市に着いたのが真夜中。

 で、太陽も出てないだろう朝方に起きて準備してだから……うん。



「睡眠時間は二時間ちょっとってところ?」

「適切な睡眠時間とはとても言えませんね」

「で……すぅ。ふえ~~ぅ」



 何故なのか。

 上位冒険者ともなれば不眠不休で丸一日戦えるという言葉があるくらいなのに、こうも眠い。



「平日の七時と休日の七時みたいだよね。休みの日だとどうしてかすんなり起きられるみたいな」

「なわけねーー!」

「休みの日は午後まで寝たいですぅー! ばか!」 



 見解の相違だ。

 眠いのは分かるけど仲間に牙向いてくるのは違うよね。

 ―――んーーと……在庫在庫。



「ほら、口明けて」

「「……………」」

「ウサギさんみたいです……」

「ね。少しは学習してるみたい」



 ギルド謹製丸薬(ゲキ二ガ)なんて意地でも飲まないと言わんばかりの口バッテン。

 しかし僕と美緒二人で同年代二人の老々介護プラス200歳の介護もこなさないといけない身としては、イヤイヤをされても無理に口にねじ込まなきゃいけない時もある。



「お二人……三人とも? 歩くなら歩いてください。嫌なら飲んでください。後ろから押して歩くのも大変なんです」

「「やー」」

「いやいやですぅ……」

「介護現場の実体だ」

  

 

 世界を護る事を定められた―――所謂勇者パーティーとは思えない絡みを交えつつ目的地へと歩く。

 大きな荷物を三つも牽引しながら、まだ朝日も昇らないような時間帯に宿をチェックアウトして、都市の外にある目的地へ向かっているのは当然目的があってのこと。

 

 待ち合わせの時間に遅れるのは失礼だ。

  


「―――……アゥゥ……。ジブン、アルク」

「オクスリ、ヤ」

「ふやぁ~。やっと目が覚めてきましたーー」

「というか森に生きる種族が朝に弱いってどうなんです?」

「都会派エルフなので~」

 

 

 ……国から遠ざかっていくこちらに反し、逆方向に歩いていく人たち。

 この時間に入ってくるような人ともなれば、大抵は観光ではなく仕事や仕事を求める人たち。


 求める、というにも色々あるだろう。

 冒険者。

 傭兵。

 或いは、志願兵や火事場泥棒狙いの盗賊。

 目的の大半は同じ「戦争」というキーワードで一致するだろうけど、それに何を求めているのかには大きな違いがある筈で。


 本当に、色々な職種の人たちが集まって来てるね。

 クレスタが大規模な徴兵を行ってるのも当然あるだろうし、需要も色々だ。

 近いとはいえこっちの国にまで大きな影響を。



「―――……っと。やっと空が……」



 ………。

 地上に出る頃、丁度光が西側で煌めく。

 あちらの世界とは逆で、この世界では太陽は西から登るんだ―――っ。



「うぉっ」

「眩しっ」

「丁度夜明ですね」



 デスマーチ明けの退社にはサングラス必須……とかよくわからない事を以前あの人が言ってたけど、今ならその気持ちが分かる気もする。

 暗い所から急に浴びたというのもあるけど、睡眠不足の中で目にする日光はあまりに眩し過ぎて……。



「―――おや……。丁度良いタイミングだったみたいですね」



 僕達が目を細める中。

 冷たい風に揺れる草花と共に、藍色の髪がなびく。

 

 ………。

 神官職の女性が太陽を背に歩いて来るって、普通に絵になるね。

 これは確かにシスターさんだって感じがする。

 けど、まさかこの短期間で三人も聖女さんと会うとは思わなかったね。



「お久しぶりです、皆さん」

「「リザさん!」」



 最上位冒険者リザンテラ・ユスターウァ。

 大陸を股に掛ける巨大組織冒険者ギルドを束ねる女性は、丁度いま来たばかりといった風体で……実際、傍に留まっている馬車から出て来たばかりのようだった。


 いつだって彼女はいつも通り。

 会えると凄くホッとする―――



「んッ―――グぇ……ちッ。いんやぁ……くーるしくてたまらねえ。んだって馬車なんか乗らにゃいけねえんだよ、狭ぇんだよ! 走った方が早えぇだろうが」

「速い遅いの話ではありませんよ、野蛮人。危険人物の護送も兼ねてます。脱走されてはたまりませんからね」

「あ……?」



 ……ゲオルグさんにリディアさんも。

 本当に主力揃って来たんだね。

 リザさんに続き、丁度馬車の扉から出ようとしていた巨漢……獅子のたてがみにも思える朱の髪と髭を持つ彼はしかし、肩幅があまりに暴力的過ぎて思うように出られないらしく。

 


「ん……がァッ」

「「あ」」



 最後には諦めたように全てを破壊……取っ手がひしゃげて壊れるし、扉も枠を留めた金具ごと外れる。

 綺麗に壊し過ぎてむしろ修繕しやすそうで。

 


「ゲオルグ……」

「うるせー。俺に指図すんな―――」

「ゲオルグ?」

「すみません!」



 ………。



「―――よっ。随分旨そうになったな、お前等」

「本当に……。ほんの会わないうちに実感するモノというのはこういうことなのでしょうね」



 何処までがツッコミ待ちなのかなこの人たち。

 これだから最上位冒険者というのは……。



「―――やぁ、お姉ちゃん。久しぶり~~!」



 ゾワリと、冷たいなにかで背筋撫でるような声。

 無邪気でありながら子供の温かみをまるで感じさせない殺気……彼がそうなのだとすぐに分かった。

 


「わぁ……! ―――っとと……」



 僕達の一歩後ろに居た春香の傍から声が聞こえてきたと同時、黒鉄の一閃が走る。

 瞬きの一瞬にも満たない刹那に、虚空から現出した大剣が振り切られる。


 同時、視界に映らない程に細い糸が容易く千切れる。



「―――俺の女に近付くな、クソガキ」

「やだ、なんかワイルドぉ……」



 ……こんな時でも、ね。

 春香ってこういうのもアリなんだ。

 いや、十八年来の付き合いである僕でも見た事のないうっとりとした幼馴染の表情はともかく……。 



「……わぁ、綺麗にすっぱり。これ結構編むの大変な天銀の糸なのに……あはっ。強くなったね、お兄さん。……凄くッ!!」

「てめぇ虐めたくて仕方なかったからなッ」



 栗色の髪に、翠の瞳。

 幼児にも見紛う程に幼さの残る体躯、顔立ち……。

 ―――最上位冒険者【閃鋼】のサーレクトか。

 


「トルキン顔出したのか? 今すぐランナさまに土下座で詫びてこい。削るぞ」

「やーだよーーだ。お師匠とおばあちゃん説教臭いんだもん」

「てかなんでム署から脱走してんだチワワちゃん。家に戻れ犬小屋に」

「さっきから言葉強いよー! そんなに僕のこと嫌いなのー?」

「マジで嫌い」

「大嫌い」



 当たり前だけど正直心底嫌いだ。

 珍しく本当に嫌そうな顔している美緒もそうだそうだって言ってる。


 直接会った事もないのにここまで嫌われるって相当だね、才能ある。



「サーレクト」

「ぴぃ!?」

「勝手な行動は控えるようにと馬車の中でも何度も言い聞かせた筈です」



 リザさんのおっとりしつつも研ぎ澄まされた声に固まるサーレクト。

 上下関係は明白のようで。



「なるなる。ちらっとリディアさんの言ってた護送も兼ねてるって、ゲオルグさんの事じゃなかったんですね」

「おい」

「けどまさかコイツ参加させるんすか?」

「それに関しては我々も長考せざるを得なかったのですが」

「ま、使えるモンは何でもってな。しゃあねえってやつだ」


 

 調停者、竜喰い、天弓奏者、閃鋼。

 最上位冒険者が四人。

 確かに大国ですら落とせそうなものだけど―――。



「あの、リザさん。行方不明のソニアさんはともかく、黒刃毒師さんと深淵狩りさん……他のS級の方は」

「……………」

「リザさん?」


 

 何で無言でニコニコしてるの?



「連絡が付いていない訳ではないのですが、複雑な事情というものがありまして……まだ、分からないのです」

「最悪ここにいるメンバーで、という話にも」



 リザさんの言葉をリディアさんが引き継ぐ。

 自由でこそ冒険者とは言うけど……。

 


「とは言え、既に事は起きてしまいました。諸々の手配とバックアップの手筈は済ませています。なので」

「……すぐにでも出発っすか?」

「です、ね。けれど―――その前に。すみません、皆さん―――」



 ……!



「―――ッ!」



 会話のままの自然体で、瞬きの間には既に目前にある長剣の刃を半ばまで引き出した剣で受けるまま、二撃目より早く飛来した矢を“城塞”刻印の施された旅装のマントで往なす。

 ………。

 ゲオルグさんが武器を完全に抜くより早く、地面を抉った康太が間合いを詰めて彼の腕を掴み、留める。 

 四方から煌めいていた光の糸を春香が放った水刃が尽く斬り飛ばす。

 二矢目を既に引き絞っていたリディアさんの首筋に美緒の刀の刀身が肉薄し、白閃と差し込まれた短剣との間で火花を散らした。


 ………。



「―――……弱りましたね、力では負けです……。リザンテラさま」



 睨み合い……四対四の拮抗状態の中。

 リディアさんの手からポロリと短剣が落ち、無抵抗となり。

 彼女の言葉で鍔迫り合いになっていた腕に感じるリザさんの剣圧が霧散する。



「突然申し訳ありませんでした、皆さん」

「……いや」

「まぁ、慣れてるんで。……最近」



 ……殺気は殺気でも、軽いジャブだ。

 本当に本気ではなかった。

 ゆっくりと剣を鞘に納めた彼女の言葉に合わせ、僕達も相手方も構えを解く―――未だに掴み合ったままの康太とゲオルグさん以外は。



「は―――ははははっはッッ。総長? 個人的に続けて良いすか?」

「ゲオルグ」

「冗談っす……。おい、おいッ! まっさかお前等たった半年ちょっとでここまで旨そうに育つかね、しかし。やっぱ勇者最高じゃねえかあの時喰わなくて良かったわ!! けど今食わせろ!」

「褒めてます? ……痛いんすけど」



 口端がブチブチと裂けるんじゃないかと思うくらい深く深く笑みを作ったゲオルグさんは……リザさんには取り繕ってるけど本当は今すぐにでも再開したいという思考が見え見えで。

 事実、未だ握られたままの康太の腕からは絶対に身体から聞こえて欲しくないギチギチ音が聞こえる。

 それで全く顔色変えない康太も康太だけどね。


 僕と同じ人間? この二人。



「―――それで。どうでしたかー? 皆さんの成長は」

「「………!」」



 ……ようやく。

 ここにきて、ようやく……というかあまりに気配が希薄だったロシェロさんが口を―――待って? この人精霊魔術使ってない?

 気配隠匿の秘法最大出力で使ってるんだけどこの人。


 

「……ロシェロさま。貴女が……。お初に」

「えぇ。……えぇ。ギルド総長。お手紙では……その、ええと」

「……。すみません。少し……心の準備が、まだ」

「―――……。えへ……。実は私も。あんまりに先延ばしにしたくて、負い目が大きすぎて、隠れちゃいました。ゴメンなさいです。―――貴女が、そうなのですね?」


 

 ……。

 リザさんも、ロシェロさんも今まであまり見た事のない独特な雰囲気。

 文書上では結構遣り取りしてる筈なのに……それに、ロシェロさんの「負い目」という言葉も。


 二人の間に僕たちの知らない何かがある?



「あ、あの……御師様?」

「あ。リディアもおひさですぅ!」

「そんな軽い……」



 そう言えば師弟関係……。

 確かに折角久々に会った師匠からの言葉がこれだと……耳もへんにょりするか。

 


「んで……誰だ?」

「聞いてないんすか? ロシェロさんのこと」

「………?」

「馬車の中で一度か二度話している筈ですよ、ゲオルグ」

「小難しい話ばっかりしやがるんでな」

「いいですよー。今一度、自己紹介は必要ですからね。皆さんも落ち着いて話しましょう。時間も、それくらいを赦してくれない訳ではありません。あ、お菓子たべますー? 早起きして作ったんですぅ」



 ………。

 賢者さんの言葉の元、僕達は腰を据えて―――野営のように道具を広げて腰を落ち着ける。


 けど、勿論話題まではキャンプやピクニックとは言えなくて。



「疑っていたわけではないのですけれど、今朝にもこちら側への人の流入が多くなっていて、先日の念話の件を改めて実感しました」

「やるべき事が一つ増えたのは確かですよね?」

「そうですね。クレスタ王は性急に話を押し進めたようで。武力行使を背景として、既に周辺国家を完全にその気にさせてしまっています。度し難い事に、既に書面での対話ではどうしようもなく……」



 人類最東端の国家が持つ軍事力は人界でもトップクラス。

 只でさえ強くて何でも使う人たちが、本当に何でもありな遺物で武装してくるわけだからね。


 実際に戦った身だからよく分かる。

 けど、勿論ギルドも僕達もソレを許すつもりは毛頭なくて。



「ムグ……ムガッ……。速ぇ話で頼みてぇんだが」

「おかわりー!」

「……こっちもこっちで度し難いですね」



 世界の存亡とかどうでもいいって考えてそうな人たちだからね。

 なら、彼等もその気になりそうな方法を考えなければいけないわけだ。



「私としては、皆さんの意見も伺いたいのです。直接、あの国を見て。皆さんはどうすべきだと思いましたか?」

「……えーっと」

「あたしたち……は」



「いっそ、難しく考えなくて良いんじゃないですかね」



 あっちがその気だというのなら……この人たちが考えを放棄するのなら、同じようにこっちも頭を空っぽにすれば簡単だ。

 ゲオルグさん達が乗り気になりつつ、短期間でまるっと収まる……短絡的な考え。

 今の僕達だからこそできる思考。


 力を持つと人は変わるっていうけど、確かに。



「リザさん。凄く過激な提案なんですけど……」



「今ここにいる人たちでクレスタ王に直接圧かけに行きません? 武器もって」

「「採用」」

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暗黒卿の魔国譚 ブロンズ @bronze4472

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