第18話:旅は続く




「―――あ。……リ……リクさん……」

「やあ、アイン君」



 あの件以来、ちょっと距離感が遠くなってしまった友人。

 暫く一緒に訓練していると段々打ち解けるのに、次の日になるとまた振出しに戻ってるのはさながらお正月くらいしか会わない同世代の親戚みたいな感覚で。


 今日もよそよそしさは健在だった。

 けど、最後くらいちゃんと友達に挨拶はして行かないとね。


 ……恐らく、もう会える機会はないのだろうから。



「大丈夫だよ? 心配しなくても、今日もちゃんとほら。男、ね?」

「……何者なんですか? リクさん」



 とうとうあのアイン君ですら詮索するようになっちゃったか。

 これに関しては完全に自業自得なんだけどね。


 誰だって、会った時によって性別が本当に変わるような相手を同じ生物だとは思いたくないものだ。

 ……カタツムリかな?

 


「―――偉いね。今日も訓練?」

「……日課にするのが大切。それが騎士団の教えです。周りの人が頑張ってるのに、私が手を抜くのはおかしいですから」



 本当に真人間なんだよね。

 今時珍しいくらい素直で良い子だ。


 だからこそ、彼にはこのまま真っ直ぐに育ってほしいと。

 一先ず、告げるべき事を告げる。



「今日でここを去る事になったんだ。アイン君にはちゃんと話しておこうと思って」

「―――……。そう……、ですか」

「でさ。最後に色々と話したい事もあるじゃん。弁解とか、弁明とか」

「………まぁ」



 彼も一定あるらしい、話したい事。

 なら好都合。

  


「うん。じゃあ……男同士の話し合いは―――これ、だよね?」

「!」



 伝説の勇者さんの受け売りね、これ。

 部屋の壁に備え付けられているうちから適当な訓練用の剣を見繕って構えると、彼もまた既に持っている丈の短い剣を構えて。



「―――行くよっ」



 折角だし、こちらから動く。

 様子見に幾度か別角度から叩いてみるけど、彼は基本に忠実な型通りらしい防御を見せる。

 動きに無駄はなく、鮮やかで……これはペースを上げても全然問題なさそうだ。


 何度目かの振り下ろし。

 繰り出した一撃を彼は受けるのではなく素直に避け、更には燕返し……瞬時に刃を返して繰り出した二撃目にも対応してくる。



「ふっ!!」

「―――良いね!」



 斬り上げを運動エネルギーが乗る前に撃ち墜として塞ぎつつ、自身はこちらの胴を狙って突き技……と。

 

 ちゃんと効果的な弱点を狙う事を意識している。

 けど、やっぱり騎士団仕込みゆえの正統派の剣術は読みやすくもあるか。

 


「……あ!」

「―――刀身の根元は力が加わりにくいからね」



 胸を狙って突きだされた剣、そのガード……鍔の部分と刀身の境目を握り込んで止める。

 これは訓練用だからまあ当然だけど、動かないなら指も落ちない。

 刃は押すか引かないと切れないからね。


 ……で。



「まずは……、一本」

「―――うッ!?」

「握ってる剣だけじゃないんだ、武器って。特に、魔物や冒険者なんかはね」



 何でも使う。

 足も拳も、頭も物理的に―――今回はダメージを最小限にする為に掌低打ちだ。

 


「……ぅ……っぷ」

「ひとまずはこれでね」

「―――内臓が……ひっくり返ったみたいです」

「すぐに良くなるよ。はい、飲んで」



 一番信頼できるポーションだよ。

 アイリさんのは疲労回復打ち身打撲肩こり何でも効く。

 ……飛ばされた壁際に背を預けるままこくりこくりと薬を飲む彼の隣に腰を下ろし、こちらも一息。



「―――アイン君は……まだ、自分の武器を持ってないんだよね」

「です、ね。私はまだ見習いですから」



 見習いでそこまで動けるんだから本当に大したものだよ。

 今のままの状態でも、新人冒険者としてギルドにやってくる人たちよりは圧倒的に強い筈だ。

 多分、D級くらいある?

 僕の経験がそれだからどうしても冒険者基準になってしまうし、それが本当に良い事なのかは全然別の話だけどね。



「ね、アイン君。これ、受け取ってくれないかな」

「……これは?」



 渡したのはソリッド・ソード。

 遺跡から出土した物でなければ、何処かの国の国宝というわけでもなく、当然に名工が打ち上げた業物というわけですらない……行きずりの鍛冶屋で買った、“堅牢”の魔術刻印が施されただけの剣。


 あ、でも勇者がずっと使ってたって言えば付加価値ある?



「僕の相棒。ずっと頑張ってくれたんだ。今はこうだけど、前は二倍以上長くてね?」

「―――だから柄とのバランスが」

「ははは……ゴメン」



 けど在庫処理じゃないよ?

 まだまだ現役だし、大陸議会の一件で折れてしまって以降も、ずっと使い続けて……何度も助けてくれた、本当にお世話になった剣なんだ。



「数えきれないくらいの魔物。それこそ、人間も……竜だって。或いは、伝説の何かすら。その剣は斬ってきた。当然に―――刃は、潰れてないよ?」

「……!」



 最後の一言で、彼が息をのむ。

 百の言葉より一つの事実。

 あの○○を斬ったとか言葉で言われるより、ずっとずっと目の前の事実の方が大切なのは当然。


 細かな傷だらけの刀身。

 何だかんだで、抜き身の……軽く振るうだけで簡単に誰かを殺傷してしまう武器。

 それってさ。



「―――ね、アイン君。武器って……怖いよね? 伝説の剣とかは当然だけど、お店で売ってるような、本当に普通の剣だって、誰かの命を奪うのには充分なんだ」

「……………」



「………。重いです―――凄く」

「ね」



 武器は、重い。

 それを振るうとき、その重さは更に。

 或いは、斬った後こそが重くのしかかる時だってあるかもしれない。



「でも……何で? どうして、僕に」

「……ふふっ。お守り」



 アイン君、今ぼくって言ったね。 

 良いね。



「もっと大きくなる時には、今よりずっと強くなる。多分、同世代には敵は居なくなるくらいに強くなるよ、アイン君は」



 けど。

 だけど。



「だからこそ、強くなった時にこそ、ね。奪う為じゃなく、護るために。正しいことを知ってる君には、正しい強さを持っていて欲しい。守る為の強さを。君にも、あるよね? 護りたいもの」

「……はい」



 とても大切なものがあるみたいだね。

 答えは、想像していたよりもずっと明確で。

 


「僕も、頑張るから。皆が護るべきものを、残せるように。……きっと、戦争を止めるから」

「………!」



 そろそろ時間だ。

 元々無理を言って引き延ばしてもらったんだし、これ以上はワガママも言えない。


 話も一区切りついたし……言いたい事大体言えたし。

 立ち上がるまま、部屋を出て行こうとして。



「リクさん!!」



 彼が背後で呼び止める。



「もし! もしも僕が騎士になったら……! もし、僕の事を何処かで聞いたら! 会えたら……! その時は……またッ!」

「―――うん。また、一緒にやろ? 訓練」

「決闘もですよ!」

「勿論」



 ………良かった。

 やっぱり、お別れは次への希望にあふれてないとね。

 

 ………。

 負けられない理由を。

 背負うべきものを増やして、その重圧を鎧として。

 重さにこそ意味がある―――あの人がよく言っていた言葉の意味が、今ならハッキリと分かる気がするんだ。

 



   ◇



 

「アナ……。寂しくなるわね……」

「大丈夫、大丈夫。また何時でも会えますよー」

「それは何十年後のいつなのだろうな? ティアナ殿」



 皆が見送りに来てくれていた。

 ランナさまにニーアさん、お城の窓から顔を出す使用人人たち―――シン君も、フィリアさんも。

 護衛の機兵で人数かさ増ししてるように見えるのは言わないでおこう。



「シン君はもう少し残るの?」

「ん。こっちにも色々準備ってもんがあってな。ま、すぐにまた会うことになるさ」


 

 彼も一緒に来るかもと思ったんだけど、パーティー入りはまだ先の話か。



「やっぱりクリア後なのかな」

「加入時のレベル一だったりしてな」

「だから何の話だ」



 皆が思い思いに話しつつ、しかし何処を区切りにするかを測りかねる。

 お別れって、そんなモノで。

 何処か現実味のない空気の中、ランナさまがゆっくりと前に出てくる。



「では。折角ですから、私からも少しだけ」



 先のロシェロさんと話していた様子からは変化し、今は完全に為政者モードが入ってるらしく。

 


「始め、あなた達の依頼を。武器の作成の話が入った時、私はとてもワクワクしていましたわ。ようやくあなた達に、会えるのだと」



 教国で召喚された勇者に会える。

 各地で飽きもせず暴れ回っている、ずっと伝え聞いていた勇者に会える。

 歴史上で初めて四人同時に召喚されたイレギュラー。


 何故、四人だったのか。

 遺物や神話と深いかかわりのある国家を治める彼女だからこそ、その問いに興味を持ち続けて。



「……あなた達の旅の話を。召喚された当時の話を聞いて。あなた達にようやくあえて。すぐに、分かったんです。思ったんですわ」



「あなた達は……本当に―――それぞれが、選べない程に、勇者だった」

「「……………」」

「元来、強さとは、単なる腕っぷしなどではない」



 彼女はゆっくりと僕達一人一人の顔を見回して。

 何度も、視線を行き来させて。



「コウタさん。貴方の、真っ直ぐで、強固な精神。自身の思想に依らず、他者の意志を汲み、包み込む、大河の如き懐。初代勇者レートにも近しき、受け入れる強さ」



「ハルカさん。貴女の、誰にも傷付いて欲しくない、沢山の人に幸せになって貰いたいという恩愛。伝導の勇者カエデに近しき、他者をおもんばかる強さ」



「ミオさん。貴女の、深くまで物事を思案し、根本の解決を得ようとする求道心。遠く険しい道のりを自ら選び歩む勇気。聖者オノデラに近しき、思慮深さ。律によって誰かを護ろうとする強さ」




「―――リクさん」

「……………」

「誰よりも相手を知ろうとする、心に歩み寄る勇気。貴女は……迷っては、いないのですね?」

「―――……。迷いは、ありますよ。けど、それで僕の何かが変わる事はありません。絶対に」



 ……。

 それだけは、絶対にだ。



「よろしいです。では……最後に。あなた達より、ちょっぴりだけ永く生きている者より、助言を。……人は。私達は、生まれ落ちるその時、既に授かっているのです」

「……っ!」

「誰しも、命を……そして名前を。大切なものを授かり、祝福されるのです。ゆえに……授かる事は、決して恥ずべき事ではない」



 先の迷いという言葉と合わせて、本当に心を覗かれているみたいだ。

 どうしてこんなにも的確に。



「授かったからどうこうではなく、それで何を成したのか。それを、ゆめ忘れないでくださいね?」



 彼女はちらと僕を見たけど、それを誰に対しての言葉かを明言する事はなくて。

 そして、本当に嬉しそうに。

 少女のようにふるまっている時のように、無邪気に笑う。



「……ふふっ。誰が見ても……本当に、あなた達は」



「六神さまも……選べるわけが、なかったのです。あなた達は四人で一つ……四人居て、歴代の彼等が持ちえなかった全てを持っている。あなた達こそ、最後の……」



 ランナさまはその先を言わなかった。

 けど、その言葉の先は分かっていた。



「きっと、大丈夫ですよ。あなた達なら、成せます」

「「……………」」


 

 ロシェロさんもそうだった。

 どうして、この人たちって、こんなにも……この人たちの言葉には、こんなにも。

 聞いているだけで、本当に何でも出来てしまうような、そんな気がして。


 こんなに小さいのに。

 腕が皆の背まで届いてないのに、一人一人の頭に手を伸ばし―――屈んで撫でられる。


 どうしてこんなにも……。



「―――ヒノキの棒だけ持たされても文句出てこない理由が分かったな」

「話違うよね。絶対そうじゃないよね」



 あれって別に王様に丸め込まれてるわけじゃないから。

 そういう都合なだけだから。

 


「うぇぇ……! ハルカちゃん……ひしっ!!」

「うぉッ―――へへ……!」



 或いは、僕たち以上にランナさまの言葉に聞き入っていたのか。

 朱の瞳を潤ませたフィリアさんが飛び出てきて、春香と力強く抱擁を交わす。


 色々……本当に色々とあったみたいだけど、やっぱりフィリアさんはブレないみたいだね。



「―――あれ? こう……」

「……………」

「たは……もうダメか」



 静かだと思ったら無事に死んでる。

 白目剥いて、立ったまま気失ってる。

 彼が天寿を全うしている間にも、春香たちは友達としてはやや親密すぎる気がしないでもない抱擁を交わし、言葉を交わし……それは美緒とも行われる。


 同じ抱擁なのに人が変わるだけで安心できる不思議。


 やがてそれが解かれる間も、ずっとお隣は直立不動のまま。

 近付いてくるフィリアさんにも気づいていない。



「コウタさーん?」



 さては追い打ちかな?

 彼女は、何かの距離を測るように目を鋭く細め。



「ん……っと。やっぱり、ちょっと高…………んっ」



 ………。



「―――……へ?」



 これに関しては立ったまま気を失っていた康太が完全に悪いという事で一致する他ないんだけど。

 けど……流石に予想外。


 誰もが呆然としていた。

 呆気にとられ……外野のシン君は顔を真っ赤にしていた。



「―――……あ……、あえ? あ……、なああぁ……ぉッ!?」



 乙女か。

 どうして男の方が顔を真っ赤にして茹で上がってるんだろうね。

 

 頬にキスをされた康太は完全に感情の制御が取れておらず。

 逆に、A級冒険者相手に不意打ちを完全成功するという快挙を成し遂げた聖女様は顔を僅かに赤くしながらも、毅然とした態度で胸を張る。



「今は……。いまは、このくらいにしておいてあげますから!!」



 ………。

 


「でも、きっと……。わたし、決めました!! やっぱりハルカちゃんは私が貰います!!」

「なんとぅ!?」

「―――唐突な宣戦布告!?」

「けど……そうなったときは、可哀想な負け犬コウタさんも一緒に貰ってあげます!!」

「「な……!?」」


 

「キ……き、きききす……」

「流石は王族……」

「考えることが突拍子も……いえ。大きすぎて理解が追い付かないですね」


「うふふ……。パーシュースも何とか次代に生き残れそうですね。良かった……」

「毎度綱渡りだな。難儀な一族よ」

「わはーー」


 

 年少のやり取りがどれだけ面白いのか、ロシェロさんたちはとても面白そうに……或いは興味深そうに笑っていた。

 僕と美緒もまた完全に外野だから冷静でいられるけど、渦中にいる本人たちの精神は大波だろう。



「わたし……国を治める立派な聖女になりますから! 世界を救った勇者たちの伴侶として、胸を張れる統治者になりますからッ!! だから……絶対に。ぜったいに、帰って来てくださいね!!」



 ほんの少しだけ、彼女の声は震えていた。

 ……けど、彼女はちゃんとやり切ったんだ。


 言いたい事を、全部。

 なら、こっちもだね。

 あちらさんは皆もう伝え終わった気になってるみたいだけど、こちらとしても、まだ友達としてやり残したことはある。



「ほら、シン君」

「……ちっ」



 こちらが突き出した拳に合わせ、肩で大きく息を抜くシン君。

 しかし、やがてゆっくりと拳を突き出し―――コン、と合わさる。



「ふふっ」

「……その顔ヤメロ」

「笑うのもダメなの!?」



 やっと男同士の友情が戻ってきてくれたと思ったのに―――わっと。



「男同士ってんならやっぱこれだろっ!」

「むさい!」

「筋力バカ……くるしっ」


 

 僕とシン君の肩へ太い腕を回す康太―――の、後で更にズシっと重さが増える。



「仲間外れは不満ですぅ!」

「男だけで浸ってんじゃないよ」

「こういうのは仲間内で共有すべきだと思いますね」

「……だね」

「こら失礼。んじゃ―――」

「「また!!」」



 ………。

 再会を誓い、再び歩き出す―――旅は続く。

 巨大な世界樹クレアールの枝が、葉が手を振るように……実際振ってるらしく大きく揺れる中で、歩き出す。



「―――え?」

「「………念話?」」



 ……止まる。

 流石にシン君達の姿が見えなくなった辺りで良かった。


 どうやら美緒に着信だ。

 って事は、ギルドかな?

 やがて会話しながらでも良いというジェスチャーと共に再び歩き出し―――険しくなっていく彼女の表情に注目が集まる。


 やがて、通信が終わり……。



「ミオさーん。あちら、なんですってー?」

「えぇ。クレスタが、対魔皇国における大国間の連合を組織した……と」



 ………。

 成程、今回ばかりは様子見でも扇動でもなく、完全に獲りに行くつもりか。

 複数の大国が動く。


 ……あぁ、絶対に。



「まーた忙しくなるな、こりゃ」

「フィネアスさんと約束してるしなー。しょうがないかなー」

「やむなし、というやつです。―――陸君」




「―――うん、取り敢えずいこっか。勇者としては、国同士のいざこざは止めないと……ね?」

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