第3話 織姫の事情


彼女が話したことを簡単に要約すると、両親が離婚したらしい。

原因は父親の浮気。それに加えてどうやら彼女より一つ歳下の弟がいるということも判明。


それを知った母親は当然の如く激怒。すぐに離婚届を提出したのだとか。

彼女の母親は元父親から慰謝料を貰うことはしなかったものの、代わりの条件として二度と目の前に現れないことを約束させたらしい。


それらのことを全て終わった後に知った織姫。

幸か不幸か母親の方にもそれなりの収入があるので、生活自体はそんなに変わることはないと伝えられたものの、そういう問題ではないと。


そんなことがあったんだったら当然自分に一言くらいあって然るべきだと母親と喧嘩して家に帰るに帰れない状況だそうだ。


「はあ…」


話し終わって色々思うことがあるのか、織姫はココアと見つめあっている。

その表情は先ほど公園で見たものによく似ていた。まるで人形のような表情。


千夜はそれになんと言ったらいいものかと思案する。幸いなことに自分の両親の仲は良い方だし、おそらくではあるが腹違いの兄弟もいない。いるのはちょっと生意気ざかりで思春期の妹が一人。


言葉を探す沈黙を、絶句していると受け取ったのか、織姫は貼り付けたような笑顔を浮かべる。


「ごめん、こんな話聞かされても困るよね?」


千夜はそれに正直に答えるしかなかった。

声をかけた時点ではどんな問題を抱えているのかはわかっていなかったし、自分に解決できるとも思っていなかったが、聞いたら聞いたで戸惑ってしまった。


「まあな。正直に言うと困ってる。わかってはいたけど、聞いたところで俺にどうかできるような話の類でもないしな」


千夜の言葉を聞いて織姫は眉を八の字にして苦笑する。


「たはは…ほんとはっきり言うなあ。でも確かに逆の立場だと私もそう思う」


「でも、気まずくても家には帰るべきだ」


まっすぐに自分の考えを伝える千夜。織姫はそれにますます苦い笑いを浮かべた。


「わかってる…わかってるんだよ? でもさあ、いい歳して親と喧嘩して、喚き散らかして恥ずかしいし申し訳ないし…」


「後悔してるのか?」


「後悔……うん。後悔してるかも」


喧嘩したことを思い返しているのか、遠くを見つめているような織姫。


どんな風な喧嘩なのかはわからないけど、こんな風になっているのだからよっぽどのものだったんだろう。


「後になって言いたいことを言えなかったって後悔するよりいいだろ」


織姫はココアから顔を上げて千夜を見る。

千夜は織姫から目を逸らすことなく話し続ける。


「わかってるつもりになって我慢する方が圧倒的に辛いし、後になって後悔する。どれだけ喚いたって、自分の考えを伝えることが大事だろ」


「……」


「まあ、伝え方に問題があったんだったらお前が悪いけどな」


「…え?」


織姫は手のひらを返されて驚いた顔になった。

そこは自分を慰めるような場面じゃないのか。


「当たり前だろ? 何年も寄り添った夫が浮気していてしかも他に子供もいるときた。お前の母親のダメージのことも考えてみろよ。まずしなきゃいけないのは、お前の考えをぶつけることじゃないだろ」


「でも、今は考えを伝えることが大事だって…」


「それは大事だけど、伝え方とタイミングってもんがある。もっと落ち着いて考えてみるんだな」


「…むずかしいよ」


じわりと織姫の瞳に涙がにじむ。

つつ、と頬を伝ってぽたりとテーブルに落ちた。


「だって、私、何もわかんなくて。私、急にお父さんがいなくなって。聞いたら離婚だって。しかももう出てっちゃったあとだったんだもん」


「ああ」


「どうしてって聞いてもなかなかおしえてくれなくて。やっとおしえてくれたら、弟がいるって」


「ああ」


「おかしいじゃん。そんなのって…おかしいじゃん! この前までいっしょにいたひとのことがきもちわるくて! でもそれはおかあさんのせいじゃなくて!」


「ああ」


「わたしはどうしたらいいのって…わけわかんなくなって。きもちがぐちゃぐちゃで…きづいたらあめふってくるし!」


「雨が降ったのは誰のせいでもないけどな」


「うう…」


泣き崩れてしまった。

まるで子供のように涙をぽろぽろ落とし、息しづらそうにしゃくり上げている。


千夜が黙ってティッシュの箱を渡すと、大きな音で鼻をかんでいた。


「いきしづらい」


鼻をかんでもすんすんと鼻をすすっている織姫。


「泣いてるからな」


「のどかわいた」


「泣いたからだろ。ちょっと待ってろ」


まるで子供、ではなくまんま子供のようだ。

相当我慢していたんだろう。


千夜はキッチンでレモン汁と蜂蜜を混ぜたものを作って織姫に渡すためにと持って行く。


「すぅ…すぅ…」


「…子供かよ」


千夜の目に飛び込んできたのは泣き疲れたのか、少し目の周りを赤くして眠っている織姫の姿。

千夜がリビングを離れて織姫から目を離していたのはたったの数分程度だ。

その短時間で眠ってしまったということは、両親の離婚と雨に降られて濡れてしまったせいでよっぽど疲れていたんだろう。


あどけない顔で眠る彼女を見ているとなんともむずがゆい気持ちになる。

ほとんど初対面の男にこんな無防備な姿をさらす彼女が心配になってしまう。


「お前さ、もっと気をつけた方がいいぞ。世の中には危ないやつだっているんだから」


織姫に聞こえてないのがわかっていても注意せずにはいられない。

千夜は返事が何も返ってこないことに肩をすくめて、近くにあった毛布をかけてやる。体を冷やして風を引かれても困る。


30分程したら起こせばいいだろう。少なくともそれまでは休ませてやろう。


織姫の寝顔を見ながらそう思った。

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天邪鬼で生活力のない男と世話焼き家事万能ギャル くろすく @kurosuku

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