第2話 断れない来客


「へえ、結構良い家住んでるんだ?」


「…来ちゃったもんは仕方ないからシャワーくらいは貸すけど、終わったらすぐ帰れよな」


「わかってるわかってるって。お邪魔しまーす」


「…はあ、本当にわかってんのかよ」


結局織姫を止めることができなかった千夜は彼女を家まで連れてくることになった。


千夜の家は住宅街の中の一軒家。

家族はいるが、父親は単身赴任で海外へ。母と妹はそれに付いて行ってしまったため今現在は一人暮らしのようなものだった。


週に一回程度母親の妹が千夜の様子を見に来る約束になっているものの、彼女は彼女で忙しいので二週間に一回来るかどうかと言ったところ。


「あれ、家の人誰もいないの?」


「親父は出張で海外行ってんだよ。母さんと妹はそれに付いて行ったから家にはいない」


「ふーん。妹いるんだね」


「まあな。確か今中学三年生だったっけか。…ってそんなこといいから早くシャワー行ってこい。洗濯機も勝手に使ってくれ。着替えは悪いけど妹の出しておくからそれで我慢してくれ」


「はーい。…覗かないでよ?」


「覗くかよ。さっさと行ってこい。そこの廊下の突き当たりだから」


それだけ告げて千夜はリビングのテーブルにコンビニで買ってきた今日の夕飯を置き、妹の部屋に向かう。そして目当ての着替えを適当に見繕って風呂場へ。


妹とはいえど流石に下着を漁るようなことはできないため、持ってきたのはパンツとシャツの簡単なものだけ。


風呂場に行くと、サーと流れるシャワーの音とガタゴトと揺れる洗濯機の音が響いていた。


「着替え、置いとくから」


ついでに風呂場の棚に入っているバスタオルとフェイスタオルを取り出して置いておく。


「あとシャンプーとコンディショナーとかも好きに使っていいし、急がないでいいからしっかり温まってこいよ」


「んー! ありがとー」


織姫はキュっと一瞬シャワーを止め、千夜に返事をする。

千夜は「おお」と一言だけ残して風呂場から去っていった。





パタン、脱衣所の扉が閉まる音と千夜がいなくなったのを耳で確認してから織姫は再びシャワーの栓を捻る。


「はー…あったか」


温まりきっていなかった身体に温かいシャワーがあたり、じんわりとした感覚が広がっていく。


どうしてこんなことになったのか、自分でもよくわからない。


狭霧千夜。


同じクラスになったのは初めてだし、話したこともない。仮にあったとしても記憶に残らない程度の会話くらい。


いつもだったら全然話したことのない人は警戒するし、ましてや家に行くなんて考えもしなかったけど…。


「なんだか安心するんだよね」


話し方はぶっきらぼうだけど意地が悪いわけでも冷たいわけでもない。むしろ気遣いすら感じられる。


確かクラスでちょっと話題になったこともあった。

女子内での会話で、彼氏にするなら誰みたいなよくある話。


去年狭霧と同じクラスだった子が、彼は意外と面倒見が良いし優しいって言っていたような気がする。

見た目もちょっと冷たい感じがするものの、十分にイケメンの部類に入ると思う。


それでも彼女がいないのは多分当の本人が女子と会話をするようなタイプじゃないからだと思う。

正直ちょっと優しくしてその子に向き合ってあげればすぐに彼女ができるんじゃないかな。


「…早く出よっと」


一瞬感じたモヤッとした気持ち。

織姫はそれを見なかったことにしてさっさとシャワーを浴びることに決めた。





織姫が考え事をしている一方で、千夜はリビングでコーヒーを飲んでいた。

女子が自宅でシャワーを浴びているというシチュエーションにも関わらず、彼の行動には特に動揺は見られない。


とりあえずはテレビをつけて特に興味もないニュースを流し見する。

芸能人の誰々が結婚しただとか、はたまた不倫しただとか。

そんなものは個人の自由だし関係のない自分たちが知って何の得になるんだろうか。


かと言って海外で大統領が変わっただとか石油の値段が上がっただとか言われても、まだまだ自分には関係ないことだという気持ちの方が強いのだけど。


いつかは興味を持つ日が来るんだろうか。


ぼーっとテレビを見ていると、ガチャと音がしてリビングに織姫が入ってくる。

そういえばいつの間にかシャワーの音が止んでいた。


「出たか、服は大丈夫そう…じゃ、ないみたいだな。ごめん」


「…そういう趣味があるのかと思ったよ」


しっかり温まったかと確認しようとも思ったのだけど、千夜はリビングに入ってきた織姫の姿を見て、そして見ないように目を逸らした。


下は良い。パンツの丈もそんなには違わないしサイズもジャストまでとは言わないがまあ合っている。

問題は上だ。

どうやら着痩せするタイプだったようだ。


妹のサイズがどうだとかなんて興味がないからそこまで気が回らなかった。


「悪い。代わりのすぐに持ってくるから」


そう言って織姫をリビングに残して今度は自分の部屋に向かう。

物が散乱し、あまり整頓されていない自室。

こんなところに人を呼ぶことはないだろうなあと思いながらタンスの引き出しからインナーとして使えそうな半袖とやや厚手のパーカーを取り出す。


少し暑いかもしれないが、体の線が出るよりはマシだろう。


「ごめん、こっちに着替えてきてもらえる?」


「ん」


織姫はバスタオルを服の上から身体に巻いて、先ほどまで千夜が座っていたテーブルでテレビを見ていた。


戻ってきた千夜から服を受け取った彼女は風呂場に向かっていった。


流石にサイズが合わないなんてことはないだろうが…なんとも言えない気持ちになる千夜。


「いい感じだね、これ」


さっと着替えてきた織姫は、ただのパーカーとパンツだというのになんだかオシャレに着こなしているように見える。


織姫から妹の服を受け取った千夜はそれを軽く畳んでテーブルの上に置いた。


「そりゃ良かったな。なんか飲むか?」


「んー…ココアとかある?」


「突然の来客の割にはしっかり頼むんだな」


「あんたが聞いてきたんじゃんか。ココア、ないの?」


「いや、ある」


「じゃあ普通に淹れてよ。何も言わなくてよくない?」


「…」


千夜はその言葉には返事をせずキッチンでココアを淹れる。

遠慮をしないというのはこちらも同じようにできて、逆にやりやすくて良い。


「ほら、お待ちかねのココア」


「ありがと」


ココアを一口飲んでほっと息をついている織姫の前に座る千夜。

コーヒーを飲もうとするも、それが空になっていることに気づいて眉をしかめる。確か少し残っていたと思ったのだけど。


「お前…」


「なに?」


「なんでもない。それより、そろそろ話してもらおうか。ここまできてだんまりって訳にはいかないよな?」


「話してもいいけど、重いかもよ?」


「それならそれで関わらないだけだ。俺は気まぐれにちょっとクラスメイトに親切にしただけ」


「んふふ」


自分でも冷たいことを言った自覚はあったが、まさか笑われるとは思わなかった。


「なんだよ」


「いや、正直でいいなーって思って。それじゃあ、ちょっと聞いてもらっちゃおうかな」


そこら辺によくある話なんだけど。

そう言って織姫は話し始めた。

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