天邪鬼で生活力のない男と世話焼き家事万能ギャル
くろすく
第1話 雨の日に出会ったのは同級生のギャルでした
降りしきる雨の中、
それは昔懐かしい公園の姿に心を温めたからでも、雨であっても外で遊ぶ子供の喧騒に耳を傾けたからでもなく、ただ普段は目に入らないような妙なものが目に入ったから。
しとしとと降る雨の中、制服姿の女子が一人傘をさすこともなくぽつんとブランコに腰掛けていた。
それが知らない人物であれば彼も立ち止まることはなかっただろうが、困ったことにその女子は彼の知り合いだった。
知り合い、とは言っても顔見知り程度。言葉を交わしたことはない。
それでも彼女の噂は多少は自分の耳に入ってきていた。
整ったルックスと軽い雰囲気に惑わされた男子が告白するも全て玉砕。
中学ではヤンチャしすぎて何回も逮捕されている。
深夜の駅前で怪しいおじさんと一緒にいるのを見た。
などなど、まああまり良い噂を耳にはしていない。
それが本当であるにしろ嘘であるにしろ、おかしな噂だと千夜は思っていた。
そんな学校でも有名人な彼女の名前は
名前は和風な感じがするが、見た目は生粋の現代っ子。
肩くらいまで切りそろえた髪をインナーカラーとして紫に染め、外はやや明るい茶色。
耳にはピアスを付け、短くしたスカートからはおしとやかさのようなものはあまり感じられない。
千夜は学校帰りに寄ったコンビニの袋を片手に、織姫に歩み寄った。
どうしてそうしようと思ったのか、その理由はただ気になったから。
近づく千夜に、織姫は特に何の反応を見せることなく前だけを見ていた。
その様子からは気づいているのかいないのかはわからなかった。
「おい、風邪ひくだろ。傘持ってないのかよ?」
千夜が声をかけると、織姫は微動だにしていなかった体を動かして千夜を見た。
いつもは学校で笑顔を振りまいている顔はまるで人形のようで、感情が読めなかった。能面のようなその顔を千夜はなんだか不気味に感じた。
千夜の質問に答えることなく織姫の目が千夜のてっぺんから下へと動き、手元で固定される。
「あんた、またコンビニ?」
鼻で笑うかのような声音で告げられた言葉は、先程の不気味さをかき消した。
千夜は不愉快には思わなかったが、ただ目に入った物に対して質問してくる織姫に、なんだか今を見ていないような感覚を覚えた。
「は?」
「そんなものばっか食べてると、身体壊すよ」
目を見ているようで見ていない織姫。
千夜はさっと彼女の服装に目をやると、制服のままであることと、雨に濡れていることから、相当な時間外にいたことが伺えた。
「余計なお世話だっつの。それに野菜だってちゃんと摂ってる」
がさごそとビニール袋から取り出して見せたのは一本で一日分の野菜を摂れる優れものだ。味はともかくとして栄養価としてはなかなかなんじゃないだろうか。
「野菜って…そのジュースのこと?」
「おう。これ一本で一日分の野菜だぞ。手軽でいいだろ」
胸を張って伝える。
「はあ…あんたほんと馬鹿。救えないほどの馬鹿ね」
呆れてものも言えないといった表情で吐き捨てる織姫。
その様子を見て、千夜はやはりなんだかいつもと様子が違うと感じた。
織姫とは高校二年生になって初めて同じクラスになり一月ほどが経過しているが、クラスの中では笑顔を絶やさずに中心となっている印象だった。
「…お前さ、なんかあったの?」
「は?」
気怠げな雰囲気から一変、織姫は千夜を睨みつける。それ以上何も聞いてくれるなという目。
普通の人だったらそれ以上踏み込もうとは思わないだろう。
「だってさ、雨の中一人でこんなところにいるなんて何かあったとしか思えないじゃん」
「あんた、デリカシーないって言われない?」
「言われないね。そもそも言うような友達がいない。…何かあっただろうなってわかってて聞いてるんだよ」
雨でぐしょぬれになっている織姫を傘に入れ、ため息をつく千夜。
織姫は唇を噛み、俯くが傘を払い除けたりはしなかった。
「帰らねーの?」
千夜が聞くと、少しの沈黙の後で織姫は答えた。
「…帰っても一人だもん。だから誰も心配する人なんていないよ」
「家族だけじゃねーよ。友達だっているだろ?」
「それは…いるけど」
「けど、なんだよ? これで雨に濡れたせいで風邪でも引いてみろ。そいつらに余計な心配かけることになるだろ?
そういう自分の周りの人のことも考えろって言ってんだよ。お前が風邪ひいたらそれを気にする人だって少なからずいるだろうよ。家族だけじゃなくてもさ」
くさいセリフを言っている自覚はある。けれど、言わなければ伝わらないこともある。
思いの外真剣に聞いていた織姫は、千夜のことを笑うこともしなかった。
「…あんたも?」
「あ?」
「あんたも心配するの?」
ブランコに座っているため、必然的に上目遣いになる織姫。
その視線を受けて千夜は黙って目を逸らした。
それは決して上から見て下着が透けているのがわかるとか、豊かな胸が強調されているようだとかそういうことではない。
ないったらないのだ。
「ちょっと、あんたはどうなのって聞いてるんだけど」
そんな高校生男子の邪な感情なんて露知らず、織姫はムッとした顔になる。
「あー…まあ、気にはするんじゃないか?」
千夜は『多分だけど』と心の中で付け足す。
「…そっか」
少し照れくさそうにはにかむ織姫。
そんな彼女を見ていると、耳に入ってきている噂のような人物ではないのかもしれないと千夜は思う。
「とりあえず、早く家に帰んなよ。傘は貸してやるからさ」
「…れない」
「は? なんて?」
顔を少し赤くしてぽそりと言う織姫。
聞き取れなかった千夜は聞き返す。
「だから! …帰れないって言ってんの!」
「帰れない…ってなんでだよ? スマホだってあるだろ?」
「電池ないから」
そう言って織姫はポケットの中に入っていたスマホを見せつけてくる。
その画面は真っ暗で千夜の眠そうな顔が映っていた。
「…じゃあ来た道辿って帰ればいいんじゃね?」
「どこから来たか覚えてない」
今いる公園から駅までは歩いて20分ほど。遠くはないが近いとも言えない微妙な距離。
ちなみに千夜の家はここから5分足らずのところにある。
「とりあえずこの服どうにかしたいからあんたの家連れてってよ」
「はあ!?」
「だって仕方ないでしょ? 傘があるって言ってもこんなにぐっしょりじゃ電車だって乗るの迷惑じゃない」
そう言って織姫は制服のスカートをぎゅっと絞ってみせる。絞ったスカートからはぽたぽたと水が染み出していており、ついでに濡れた太ももが眩しい。
「だって…お前、年頃の女が警戒心ってものをだな…」
「あんた、何かする気あるの?」
「いや、ねえけどさ…」
「だったらいいじゃないの。ほら、行こ!」
ぱちゃりと水溜まりに着地した織姫が道を知らないというのに先を行こうとする。
「おい、ちょっと待てって! 家そっちじゃねえから!」
その背を千夜は慌てて追いかけた。
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