第15話 愛
年末、ルイザが見舞いに来た。
珍しく私服を着て現れた彼女は、暗い顔をしてベッド脇の椅子に腰掛けた。
「……聞いたよ。私のために戦いに参加していたそうだね」
私は心の中で舌打ちをした。あの軍人、ルイザ先輩に余計なことを吹き込んでくれたな。
「思えばイオナは、クーデターの時から、ずっと私のために行動してくれていた。命を張って、仲間を殺して、そしてこんなことに……。なんと言って良いのか分からないが、本当にすまないことをした」
ルイザ先輩の瞼から、ぽたっと涙が落ちた。
あのルイザ先輩が、私のために泣いている! 私は興奮のあまりぞくぞくしてしまった。
だが、私のせいで泣いて欲しくないという、矛盾した思いも込み上げてくる。どちらの思いを優先すべきかというと、無論後者だ。
「泣かないでください。足の一本や二本、大したことないです」
「大したことあるだろう……」
「ルイザ先輩の命には代えられません。ご無事で何よりです」
「どうしてそんなことを言うんだ」
「だって好きですからね」
私は微笑んだ。
「あの時は戦闘中でちゃんと言えませんでした。改めて言わせてください。私はずっとルイザ先輩が好きなんです。これまでもこれからもずっと。私の命はルイザ先輩のためにあります。ルイザ先輩が幸せに生きるためなら、私はどんなことだってできるんですよ」
ルイザ先輩は、ヘーゼル色の潤んだ瞳で、私の顔を見た。
「どうしてそんなに……私のことを慕ってくれるんだ」
「んー。ルイザ先輩は、私に優しくしてくれた、最初の人だったからでしょうかね」
「……優しく……?」
「迷子になっていた私を、助けてくれたでしょう。部屋まで連れて行ってくれて、お茶とおやつまで出してくれたし、分からないことがあれば何でも聞いて良いと……。あれ、すっごく嬉しかったんですよ」
ルイザ先輩は瞬きをした。その拍子にまた、真珠のような涙が転がり落ちる。
「それだけか?」
「だけじゃないですけど。あれからもルイザ先輩は私にとても優しくしてくださって。ルイザ先輩の優しさに触れるたびに、私は嬉しくって嬉しくって仕方がなかったんです」
「……そんなことで、君は命を懸けたのか」
「そんなことなんて言わないでください」
私は少しむくれた。
「すごいことですよ。この世に、私をこんなに大切にしてくれる人がいたなんて。奇跡としか思えません」
「そんなにか? 他にも優しい者などいくらでもいるだろう」
「いませんよ」
言い切ってから、少しだけ首を捻った。
「あー、心配してくれた人なら多分いましたけど」
「そうか……」
「──思えばルイザ先輩には、私のことを全然話していませんでしたね。私には隠し事が多かったので」
「そうだな」
「今、ちょっとだけ話してもいいですか?」
「君が疲れないのなら」
「では」
私は咳払いをして、話し始めた。
物心つく前に親に捨てられて路上で生きていたこと。セキュレシティに拾われて命が助かってからは、毎日過酷な訓練に耐えていたこと。仕事が下手だったのでいつも殺処分の危険性があったこと。薬への適性が異常に高かったために処分を留保されていたこと。上官も仲間たちも、死に損ないの欠陥品である私を罵ってばかりいたこと。
ルイザ先輩は黙って私の話に耳を傾けていた。
「別に悲しくはなかったんですよ。そういう扱いが当たり前でしたから。だから優しくしてくれる人との出会いは、まさに私にとっては革命だったんです」
「……」
「本当にありがとうございます」
ルイザ先輩はつと手を伸ばして私の手を取った。
「ひょわっ!? るるるるるルイザ先輩っ!?」
「……こちらこそ、ありがとう」
ルイザ先輩はそう言って、両手で私の手を包み込むと、大事そうに額の辺りまで持ち上げた。
「は、はわーっ」
私はたちまち身体中が熱くなってしまった。ドクドクと脈拍がうるさい。息がうまくできない。言うべき言葉も見当たらない。触れ合っている手の感触が、息がかかりそうなほど近いお顔との距離が、熱と共に伝わってくるルイザ先輩の思いが、全部全部信じられないほど尊くて、嬉しくて、好きという気持ちがとめどなく溢れ出てきてしまう。喉がキューッとなって頭がふわふわして、倒れてしまいそうだ。
ルイザ先輩がそっと私の手をベッドの上に戻してから、もう一度私を見た。
私は顔を上気させたまま、ぽろっと涙を流した。
ルイザ先輩はぎょっとしたようだった。
「あ、その、嫌だったか?」
「とんでもない」
私は涙を拭った。
「う、嬉しくて……。こ、こんなことってあるんでしょうか。夢じゃないでしょうか。あ、あああ」
「イオナ」
「わっ私、生きてて良かったあああ」
何もかもたまらなくなった私は、わーんと泣き出してしまった。ああ、みっともないところを見せてしまって恥ずかしい。いたたまれない。でもこの感情をどうすればいいのか、私には何にも分からなくなってしまったのだ。
ルイザ先輩は困ったような顔をすると、立ち上がって私の背中を撫でてくれた。慣れた手つきで、ちゃんと傷から遠いところを。ふうわりと柔らかかくて、心地よい。さすが、家で弟妹の面倒を見ているだけある。
あまりの安心感に、私は新たな涙を滝のように流した。こんな風に人の温もりに触れたことは人生で初めてだった。これまでの苦しかったことが、全て報われる気がした。
私は嗚咽を抑えながら、「ありがとうございます」と涙声で感謝を述べた。ルイザ先輩はやっぱり困ったような顔をして、にこりと微笑みかけてくれた。
***
年が明けて少しした頃、私の病室に警察の人が現れた。
私の罪状は半分以上が謎に包まれているそうだが、それを差し引いたとて、死刑を言い渡されてもおかしくないほどだとか。
「はあ」
私は息を吐いた。
私の人生は、殺処分だの死刑だのばっかりだな。
「だが君にはクーデター時の特別の軍功がある。よって不問に処すことも可能だ」
「そうなんですか」
そんな狡いことをしてもいいのだろうか。よく理解できなかった。そもそも今は、ドラクラムを一週間以上摂取していないせいで、体がだるくて仕方がない。問い返す元気も無かった。
「それから」
警察の人は続けた。
「君に会わせたい人がいる。ソロモナリアの元研究員、マリサ・フィエラルだ」
「え」
「現在うちの署で勾留中だが、軍部の要請により特別に面会許可が下りた。今、拘束したまま連れてくる。少し待っていなさい」
私は目を真ん丸にして、警官の出て行った扉を凝視した。
やがてノックがあり、手錠をかけられたフィエラルが、監視を伴って入室してきた。
「ああ、可哀想に!」
私の顔色を見るや否や、フィエラルは大きな声を出した。嘆き悲しんではいるようだったが、幾らか興奮してもいるようだ。
「具合が悪そうではないか! やはり長期間の断薬は心身に悪影響を及ぼすということだ! うんうん。今血液検査ができないのが無念でならんな」
監視の人間が「静かに」と言った。フィエラルは唇を尖らせた。
「堅いことを言うな。何も悪いことはしとらんぞ」
それから私の前に用意された椅子に座った。
「ひとまず、残っていた特製ドラクラムを掻き集めてもらった。飲むがいい」
「ありがとうございます」
私は薬と水をもらって、ドラクラムを一錠飲み込んだ。
「よし。それでは君に伝えねばならんことがある。残念なお知らせだ」
私は唾を飲み込んだ。
「はい」
「ソロモナリアは奴らに見つかってしまってな。今は新政権の手に渡っとる。私が釈放されたとて、研究室に立ち入ることは許されんだろう」
「そうですか」
「それに、ドラクラムの製造は禁止されてしまった。非人道的だとかいう馬鹿げた理由でね」
フィエラルはやれやれと首を振った。
「非人道的……とは……?」
私は言葉の意味が分からなかった。
「私も知らん。そんなものは建前だ。奴らの目的は別にある。元セキュレシティ隊員を、直接手を下さずに全滅させることだよ」
「えええ?」
「簡単な話だ。ドラクラムの製造を阻止すれば、当然ドラクラムはなくなる。そうすれば元セキュレシティは軒並み体調不良に陥るというわけ。捕まった者も逃げおおせた者も、社会に復帰することは困難になるだろうね。これは身体的および社会的な制裁というわけだよ」
警官が「おい」と威圧的に声をかけた。
「口を慎め。憶測で物を言うな」
「おやおや。ロマニオ共和国では言論の自由とやらが保障されていると聞いたのだがね」
「減らず口を叩くな」
「はいはい。……とにかく、みんな具合が悪くなるだろうさ。症状としては、身体能力の衰えや、手足の麻痺、血液の変質、脳への損傷などだな。そして、君のために特別に調合したドラクラムの場合──」
「死ぬんですよね」
「然り。ずばり、症状の中でも血液の変質が凄まじい。ほとんど凝固してしまうといっていい。これはマウスや他の子どもを使って実験した結果から推察したことなんだが、君の場合、薬の摂取を止めてから一ヶ月ほどで、血管が詰まる危険性が七十パーセント跳ね上がる。良くて心筋梗塞とか脳梗塞。悪いと、色んなところが壊死していって、じわじわ死ぬよ」
「はあ……」
「で、廃棄を免れてこの世に残された特製ドラクラムは、それだけ」
フィエラルは小瓶の方へ顎をしゃくった。その中にはたった一錠の薬が、心細そうにコロンと転がっていた。
「一ヶ月後にもう一錠飲むとして、君の命はあと三ヶ月というわけだね」
「あらまあ……」
私は考え込んだ。
一週間飲まないだけであんなに調子が悪かったのだから、一ヶ月に一度となると、ほとんど寝たきりになるだろう。寝たきりで三ヶ月過ごして死ぬ……。
「どのように過ごすか、よく考えておくことだね。これで私の話はおしまいだ。では、達者でな」
彼らが帰ってから、私は考え込んだ。
余生はどのように生きようか。
できれば、ルイザ先輩と楽しく過ごしていたいなあ。
***
「お願いがあるんですけど」
次にルイザ先輩が病室に来てくれた時、私は思い切って言ってみた。
「一ヶ月後、私を旅行に連れて行ってくれませんか」
ルイザ先輩は虚を突かれたようだった。
「構わないが、体は大丈夫なのか」
「はい。お医者さんには、異常な勢いで回復していると言われてますし。今日は、義足での歩行訓練と、車椅子の練習も始めたんですよ。退院もあと二週間でできるとか」
「なるほど。どこか行きたいところがあるのかな?」
「別に無いです」
「無いのか」
「ただ、仕事は関係なしに二人で遠出をしてみたくなって」
「そうか。では私の方で計画を立ててみるよ」
「恐れ入ります」
そして翌日ルイザ先輩は旅行の案を三つも考えてきてくれた。
「一つ目は、ブラーソの旧市街や教会を見て回ってから、ブラム城を見に行く計画」
「ブラム城……」
「有名なお城だよ。知らないか?」
「知ってます。伝説の怪物が住んでいたところですよね。その怪物の資料を元に、ドラクラムが発明されたんだそうですよ」
「なるほどね。──次、二つ目は、シショラ歴史地区。中世の街並みや時計塔が見所だそうだ」
「ふむふむ」
「三つ目は、海外旅行」
「えっ?」
「折角、移動が自由化されたのだから、西側の国へ行ってみないかい? ウスタリヒなどはどうだろうかと思ってね」
私はしばし思案した。
「まあ、今決めなくても」
「西側も捨てがたいですが……やっぱりブラム城が良いです」
「ほう。理由は?」
「何となく……」
ははっ、とルイザ先輩は笑った。
「了解した。では予定を三日間空けておくから、イオナも回復に努めてくれ」
「三日も?」
「旅に出るなら時間をかけなくてはね。本当はもっと取れればいいんだが」
私は期待に胸が膨らむのを感じた。
「楽しみです! 必ずや体力を取り戻してみせます」
「まあ、そう力むな。ゆっくりでいいんだよ。車椅子なら私が押すから気にしないでくれ」
「ひゃーっ、お優しい」
「怪我人を連れ回すなら当然のことだろうが。君も遠慮をせずに私に頼るんだよ」
「はい!」
私は勢いよく敬礼をし、その拍子に脇腹を動かしてしまった」
「あ痛っ」
「おや。気をつけて」
「はい……」
***
旅行の日がやってきた。
私は準備を万端に整えて、国民宮殿の借り部屋を出た。
目には黒い眼帯。左足には不恰好な義足。折り畳める車椅子。
私服はろくなものを持っていなかったから、奮発してブラウスとスカートとセーターを三着ずつ買った。どうせお給料にはほとんど手をつけていなかったから、死ぬまではお金の使い放題だ。
宮殿前の広場には革命広場という新たな名がついていた。そこではもうルイザ先輩が待っていてくれた。
ルイザ先輩は手を振ってから、歩み寄ってきた。
「思ったより元気そうでよかった」
「薬を飲んできましたから」
「そうか。では、行こう。あちらに車を停めてある」
「ルイザ先輩、車を持っていたんですね」
「家が裕福だった頃に一家で買った物だから、古いし粗悪品なんだ。乗り心地は悪いかもしれないが、一応走れる。休憩を挟みつつブラーソまで行こうか」
ルイザ先輩は車の助手席のドアを開けると、私を車椅子から抱き上げようとした。
「ちょちょちょ待って下さい。一人で乗れます」
「いいから、いいから。今日くらいは世話を焼かせてくれ」
「はわ……。了解です。お願いします」
ルイザ先輩は私を助手席に座らせると、車椅子を畳んで後部座席に置き、自分は運転席についた。
「三時間ほどで着くよ。疲れたらすぐ言ってくれ」
「はい。お気遣い感謝します」
「いいからいいから」
ルイザはラジオのスイッチを入れると、車をゆっくりと発進させた。
外の景色を見ながら車に乗ったことなど数えるほどしかない。私は興味津々で、通り過ぎてゆく街の景色を眺めた。
ラジオではアナウンサーが明るく喋っている。これまで聞いていたラジオといえば、ニコレスクを称賛するプロパガンダを唱えながら機械的にニュースを伝えるだけのつまらないものだったのに、今ではほとんどの局で自由な放送が行われるようになった。
「……以上、ジェルマの偉大なる作曲家たちの曲集でした。お次は皆さんご存知、国民的作曲家エナスク作曲の『ロマニオ狂詩曲第一番』……」
アナウンサーの軽い解説の後、音楽が流れ始めた。印象的な旋律の後、舞曲のような優雅な曲調になっていく。私は音に合わせて体を揺らした。
「イオナは好きな音楽とか無いのか」
「んー、好んで聞いたりはしません」
「そうか。私はジャズが好きでね。今ならどこの国のどんな音楽でも自由に流せるから、嬉しいよ」
「なるほど」
「イオナもお気に入りを探せばいい。音楽でなくても、何か良い趣味を見つけておけば、人生が豊かになるよ」
「私の趣味はルイザ先輩です」
「またそんなことを言って。盗聴はもうするんじゃないぞ」
「できませんよ。残念ながら機械は没収されてしまったので」
「そういう問題ではないのだが……」
雑談を楽しんでいるうちに、時間はあっという間に過ぎて、私たちはブラーソの町についていた。
ルイザ先輩は車を停めると、車椅子を出して、私を座らせてくれた。
「それじゃあ、観光をしに行こう」
「はい!」
私はルイザ先輩に車椅子を押してもらいながら、様々な観光名所を巡った。
私は、ルイザとの思い出を忘れないために、町の景色をしっかり目に焼き付けようとした。
古い教会、旧市街、広場、山の展望台。一緒に食べたミティテイ(香辛料と混ぜて焼いた挽肉料理)とママリガ。小綺麗なホテルのスイートルーム。
三日目はブラム城まで車で移動。枯れ木や常緑樹で覆われた山の中に、堂々たる威容で建っている中世の城。内部は博物館を兼ねている。
見晴らしのいい城の一角にて休憩を取りつつ、私たちはお喋りをした。
「怪物公ドラクラもこの景色を見ていたんだな」
「ええ」
「戦上手で、本人も怪物のように強かったとか」
「怪物ですからね。本物の。ドラクラムの原型となる薬を作った人です。捕虜に薬を与えて実験した挙句、自分も薬を飲んで怪物となったそうです」
「……初耳なんだが」
「その後もドラクラムの製法は、ロマニオの代々の統治者に、密かに受け継がれていたそうですよ。こんなにも大胆に活用したのはロマニオが社会主義になってからのことですが」
「驚いた。君から歴史の解説を聞けるなんてね」
「アッ、さ、差し出がましいことを……」
「いや、純粋に面白いよ」
ルイザ先輩は笑った。
その笑みを見ていると、耐えがたいほどに切ない何かが込み上げてくる。
「……どうして泣くんだ」
「ルイザ先輩の笑顔があまりにも尊くて」
「何だ。笑うくらいなら、いくらでもやってやるのに」
「う、嬉しいぃ……」
「はいはい。こんなことで泣いていては、身がもたないぞ。慣れてくれなくてはこちらも困る」
「慣れる……?」
「また旅行に来よう。何度でも。色んな場所に連れて行ってあげよう」
「……はい。ありがとうございます」
私は涙声で言った。
「でも、無理なんです。これが最後の旅行です」
「え? どうして?」
「私の余命はあと一ヶ月なので」
ああ、言ってしまった。
隠しておこうと思ったのに。
気に病んで欲しくなかったから。泣いて欲しくなかったから。
だが、私の中にはもう一つ、どす黒い感情が眠っている。
私がいなくなったら泣いて欲しい。悲しんで欲しい。私の死が一生癒えない傷となって残って欲しい。
そんな身勝手な思いが洪水の如くあふれ出す。
「ドラクラムはもう作れないんです。あれは続けて飲まなくちゃいけないもので……。摂取をやめたら一ヶ月くらいで死ぬんです。私は最後の一錠を、出発の日の朝に飲みました」
「な……」
「一週間もすれば体調が変化するでしょう。ですから旅行できるのはこの数日間だけだったんです」
「……」
「ついてきてくださってありがとうございます。最期にいい思い出ができました。本当は薬のことを明かすつもりはなかったんですが、……喋ってしまうとすっきりしました」
「それは、どうにもならないのか」
「ええ、多分」
「そうか……」
ルイザは俯いて、車椅子の前に回ってきた。それから寂しそうに笑うと、私の肩に手を回して包容した。
「ヒョワーッ」
私は掠れた悲鳴を上げた。ルイザは動かない。そのまま何分が経過したのか私には分からなかったが、再びルイザが顔を上げた時、その表情から寂しさは消えていた。ただ眩しいばかりの笑顔がそこにあった。
「それなら、旅の残りを目一杯楽しまなくてはね。色んなものを見て、美味しいものを食べよう」
「はい!」
そして私たちは最後の時間を共に過ごした。車に乗って帰りながらも、私たちはずっとお喋りをやめなかった。
やがて車は、ブクレシトに入った。ルイザ先輩は革命広場で私のことを降ろしてくれた。
「それじゃあ……元気で。時間が許す限り、私は君の部屋を訪れることにするよ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
他に訪ねてくるような知人もいない。私の死体を見つけるのはルイザということになりそうだ。申し訳ないと思うと同時に、何だか興奮する。
私は少し躊躇してから、遠慮がちにルイザに言った。
「私はまもなく死にますが……愛というのは、死んだ後でも残るものなんでしょう?」
「ん? ……ああ、そうだね」
ルイザは深く笑んだ。私はまた泣きそうになるのを、ぐっとこらえた。
「……だからルイザ先輩、私の愛が常にあなたを照らしていることを、忘れないで下さい。ちゃんと覚えていて下さい」
「ああ、イオナ。覚えているとも」
「ありがとうございます。愛しています、ルイザ先輩」
私は目を逸らさずに言った。
ルイザもまた、私を見つめ返した。
そんな私たちを、夜の星が、静かに見下ろしていた。
おわり
叛逆と偏愛のセキュレシティ 白里りこ @Tomaten
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