殿下のサボりとバラ園での邂逅 ~シシリー覗き見版 後編~



「泣いてるだけじゃ何も分からない。どうにもしてやれないぞ……?」

「ぅえっ、リ、リボンが……」

「リボン?」


 殿下が大きく首を傾げると、令嬢がどこかを指さした。


「お祖母様が、くれっ、大切っ、ぅえぇ……」


 彼女の指は、バラ園の方を向いている。少し目を凝らして見てみれば、バラのツルに何かが引っかかってヒラヒラとしているのが見えた。

 あれが彼女の言うリボンだろうか。

 いまいち要領を得ない説明だけど、おそらくあれは大切なリボンなのだろう。お祖母様から、プレゼントされた。


「えっと、とりあえずアレが取れればいいのか?!」


 依然としてオロオロとし続けている殿下に、令嬢がコクリと頷いた。

 とりあえず意思の疎通ができたとあって、彼は少し安堵の息を吐き、問題のバラを見上げる。


 リボンが引っかかっている位置は高い。大人でも、背が高くなければ届きそうにない高さだ。辺りに脚立などもない。

 周りに大人の姿もないとなれば、もう外から呼んでくるしか――。


「えいっ、とぉっ、そりゃぁっ!! ……はぁはぁはぁ。と、届かないか」


 そんなの見れば分かるでしょう。だって殿下が二人とちょっといないと多分届かない高さよ? ちょっと飛んだくらいで届く筈がない。


 何やってるんだ、この殿下。呆れてジト目になっていると、今度は辺りをキョロキョロと見回す。しかし勿論、助けになるようなものが沸いたりはしない。


 殿下の「届かない」という声を聞いたからか、せっかく少し落ち着いてきていたのに、リンドーラさんが再び声を上げて泣き出した。

 よほど大切にしていたリボンなのだろう。殿下も殿下だ、せっかく涙が沈静化してきていたのに、わざわざ口を滑らせて現状を突き付けなくてもいいのに。


 大号泣のリンドーラさんに、殿下が「ウグッ」と仰け反りながら一歩足を引いた。

 おそらく「早くどうにかしなければ」と思ったのだろう。もう一度辺りを見回して、とある場所で目が留まる。


 バラ園だ。

 今はちょうど、赤いバラが見頃で、大輪の花を咲かせている。


 彼は花に手を伸ばした。

 流石は考えるよりもすぐ行動。もしかして、と思った時には既に花を手折ったところだ。


「ほら、これをやるからいい加減に泣き止め。リボンは後で必ず誰かに取らせるから心配するな」


 彼はそれを、迷わずリンドーラさんの前に突き出した。


 彼女が大きく目を見張る。

 誰もが称賛するほどの花の、全盛期だ。大きく立派で一輪でも一際の存在感を放つ、特別な花。そんなものを前にした彼女の涙は、まるで先程までが嘘であるかのようにピタリと止まった。


「い、いいのですか……?」

「もう摘んだ後だ、今更元には戻らない。この花もきっと、せっかくならお前の所がいいって言うだろ」


 リンドーラさんは、涙の後が残る顔で少しの間、殿下をまじまじと見ていた。

 居た堪れなくなったのか、それとも照れ隠しなのか。


「泣き止んだなら、とっととお茶会の会場に戻れ」

「はい。……殿下。お花、ありがとうございます」


 胸の前にバラの花を持ったリンドーラさんが、笑顔を浮かべて一礼してから走っていった。


 彼女の背中を見送る殿下は「まったく、抜け出してこんな所で泣いてるなんて」と安堵の域と共に少し口を尖らせる。

 そんな彼の後ろに私は忍び寄った。


「殿下は良い事をおっしゃいますね。『とっととお茶会の会場に戻れ』。私には、そっくりそのまま同じ言葉をお伝えしたい人がいます」

「うわっ!」


 比喩でも何でもなく飛び上がった殿下に、私は十分に溜飲を下げた。

 しかしそれでも、私は私の役割を果たさなければならない。


「いつまで経っても戻ってこないので、どうせサボりだろうなと思ったら、案の定」

「ちっ、違う! これはその……そう! 迷い込んで!!」

「迷い込んで? 知っていますか? 王城とは王族の住まう場所なのですよ?」


 加えてお茶会の会場になっている場所もここも、彼にとっては十分生活圏内である。幼子であったならばまだしも、もう十歳にもなっておいて迷子という言い訳は通じない。


「殿下が今すぐ私と一緒に大人しく会場に戻るというのなら、これ以上は何も言いません。が」

「な、何だ……?」


 まっすぐ彼を見据えると、たじろいだように後ずさりされた。何だかまるで怖いものを目にしたかのような反応に少し思う所はあるけれど、今はそれよりも優先すべき事がある。


「その前に、手当てをする必要がありそうですね。その手の」

「うっ……」

「殿下の事です。棘があることなんて、すっかり忘れて素手でバラを摘んだのでしょう? そして今、ジワジワと痛みが出てきている」


 言いながら、彼の手首を捕まえた。

 無理やり手を開かせれば案の定、手のあちこちから血が出ている。


 思わず深いため息を吐いた。

 彼がこちらを窺うような顔つきで「そ、そんなにわざとらしくため息を吐かなくても……」などと言っているけれど、そうさせる殿下の方が悪い。


「このまま戻ればパニックになります。ついでに先程の令嬢――リンドーラさんも、再び泣いてしまうかも」

「うぅっ」

「呼んでくるより、一緒に行った方が早いでしょう。メイドの所に寄ってから、すぐに会場へ直行です」


 有無を言わせぬ物言いに、殿下は残念そうに肩を落とした。彼の事だ、おそらく「まだサボり足りないのに」とでも思っているのだろう。本当に困った人である。


「でもまぁ、よかったですね。彼女を泣き止ませる事ができて。その代わり、バラを許可なく手折った事、あとで王妃様に怒られるかもしれませんが」

「うぅぅっ」

「はぁ。仕方がありませんね。今回だけは私も口添えしてあげますよ」

「本当かっ?!」

「一応いい事をしましたしね」


 それと、陰からこっそり盗み見ていた罪滅ぼしです……というのは黙っておいた。

 あまり褒めすぎたり下手に出るとすぐに調子に乗るのだから、このくらいの塩梅がちょうどいい。


 その後殿下を引っ張って、メイドを探して手を見せた。

 血まみれの手を見たメイドが卒倒する勢いで大騒ぎをし、後日私も含めて陛下から「もう少し周りの反応も考えて行動しなさい」と注意を受けたのは、ご愛敬という事にしておいてほしい。


~~『黒幕令嬢なんて心外だわ!』第一巻発売記念SS、Fin.



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 お読みいただき、ありがとうございました。

 『黒幕令嬢なんて心外だわ!』第一巻発売記念SSということで、書籍に収録したかったもののできなかった部分を投稿させていただきました。


 恋するリンドーラ視点の物語ではないので、甘さはまるで無いですが。(笑)

 殿下とシシリーの幼馴染的な関係性を、少なからずお見せできたのではないかと思います。

 

 この時シシリーもルドガーも十歳。この後、ルドガーとローラの婚約が決まり、シシリーは二人と一時的に疎遠になります。

 そう思うと、親心ながらにこの二人の間に醸し出される幼馴染感(腐れ縁感)に一層ニマニマとしてしまうのですが、読んでくださった方のいくらかでも、同じように思ってくれる人がいれば嬉しいな、と思っています。


 

 あと、一応このSS、書籍発売記念と銘打っているので……。

 書籍について、近況ノートに情報を纏めてみました。

 Web版との相違点、他で入手できる書き下ろしSSについて、作品の裏話などなど……色々と書かせていただいております。

 表紙絵の公開なども一緒にしておりますので、興味のある方は下記のリンクから飛んでみてください。

 ↓ ↓ ↓

 https://kakuyomu.jp/users/yasaibatake/news/16817330653880158420




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【Web版】黒幕令嬢なんて心外だわ! 素っ頓狂な親友令嬢も初恋の君も私の手のうち ⇒(旧題)素っ頓狂な私の親友、ホントに手が掛かるんですけど 野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中 @yasaibatake

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