書籍発売記念★Web版限定SS

殿下のサボりとバラ園での邂逅 ~シシリー覗き見版 前編~


 書籍では第二章の終盤、Web版では第二章 第17話『彼女が好きになった花』で出てくる、リンドーラが殿下に恋に落ちたシーンのシシリー視点です。

 

=====


 開け放たれた窓の外では、招かれた貴族の子女たちの何人かが走ったり花壇の花を見るために座り込んでいたりと、思い思いに楽しんでいた。

 通例通り私のように室内で紅茶やお菓子を食べたり会話を楽しむ者もいるけれど、お茶会と銘打っているわりには特に何をすべきかに縛られていない、自由度が高い空間だ……と、十歳の目から見て思う。


 他の子女たちとの会話の合間に、ティーカップに口を付けながら思う。

 この会は、実に殿下好みだ、と。


 殿下は元々あまり畏まった場所で王太子としての行動を強いられる事を嫌う傾向があるし、十歳誕生日に合わせた社交界への初お目見えだ。

 同年代の子女限定の会にした事も含めて、もしかしたら「殿下がのびのびとこの場を楽しめるように」「今後のためにも、社交界に苦手意識を抱かないように」という大人たちの配慮があっての事なのかもしれない。

 

 どちらにしろ、天気がよく、陽気もいい。殿下の初めてのお茶会には、文句なしにうってつけである。殿下も、普段は自分本位な言動が多いわりには猫を被って周りとの交流を頑張っていたと、幼馴染の目から見て思う。

 が。


「流石に遅すぎる……」


 少し前、彼は「ちょっとトイレだ、席を外す」と私に言い置いて席を立った。しかしそれから約二十分、帰ってくる気配がまったくない。


 私も一応「知らない内に戻ってきたのかな」とは思った。だからこうして会話の傍ら会場内を目で探していたのだが、いない。明らかに、どこにもいない。

 そもそも殿下は目立つのだ。今日だって例に漏れず、朱色の上着を着てきていた。

 私が見つけられなくとも、会場内の全ての子女が彼を見つけられないなんてありえない。


 ――お茶会が始まってからずっとみんなに囲まれていたから、少しくらいなら目を瞑ろうかと思っていたけど。


 それにしたって、二十分は長い。

 殿下の事だ、ここまで戻ってこないのなら、普通に三十分、下手をしたら一時間は戻ってこない可能性もある。


 私は深くため息を吐いた。

 これでも一応普段から、やんちゃで自分勝手な殿下の遊び相手兼、実質お目付け役として側に付けられている身である。

 実際に今回のお茶会の前には、普段よくしてもらっている陛下から、直々に「シシリーよ、ルドガーを頼むぞ」と言われてしまっている。帰ってこない事に気付いてしまった以上、放っておくわけにもいかない。


「毎度毎度手のかかる……」


 仕方がなく、話していた他の子女たちに一言断って、私は席を立ったのだった。


 ◆◆◆


 殿下の事だ、どうせ「ちょっとだけ息抜きしよう」などと考えて、その辺をほっつき歩いているのだろう。そんな風に思いながら、心当たりの場所を目指す。


 あの人は、よくも悪くもまっすぐだ。貴族や王族の常識よりも己の感情を優先するところはあるけれど、そうと分かっていさえすれば言動の予測は比較的簡単だ。

 もう四年来の付き合いなのだ、こういう時にどこに行くのかも、楽に想像がついた。



 向かったのは、私や殿下にとっては最早、見慣れた庭園。

 綺麗な花々が咲き誇る手入れの行き届いた場所で、私や殿下、それからもう一人の殿下の遊び役・ローラにとってはいつも遊んでいる場所だ。


 端的に言えば、私の予想は当たっていた。

 王城の廊下から庭園に出て少し中に入ったところ、背の高い迷路のトピアリーの脇のちょうど隠れるような場所に、棒立ちになっている彼を見つけた。


 誤算だったのは、もう一人先客がいた事だ。


 ワンワンと、誰かが大声で泣いていた。

 肩ほどまでの長さの髪に、カチューシャを付けた令嬢だ。

 

 私自身、まだ数える程しか社交場に出た事がない。彼女とは一度挨拶をした程度しか交流がないけれど、たしかあの子はレインドルフ侯爵家のリンドーラさん……だった筈だ。


 殿下とも、おそらくそれ程面識はない。

 それが何故、こんな事になっているのか。思わず「一体何をしてるの、あの人」と真顔になる。

 

 もしかして、いつも私たちにやっているみたいに、相手の都合も考えず無理やり連れ回そうとしたのだろうか。

 殿下はいつもそうなのだ。自分を中心に世界が回っていると思っている節があるというか。

 いやまぁ彼は王太子なのだからある程度はその認識で合っているのだけど、だからといって自分が中心である事が当然だという風に振る舞えば、間違いなく周りに軋轢を生む。

 殿下にもそれは事ある毎に言い聞かせているのだけれど、中々学習能力に乏しいところがある。


 はぁ、また尻拭いをしないといけないのか……。


 仕方がなく、一歩足を踏み出した。

 が、殿下が彼女に話しかけ始める。


「と、突然そんなに泣かなくても良いだろう。俺はただ、お前が母上のバラ園を荒らそうとしているのかと思って『ここは立ち入り禁止だぞ』って声をかけただけなのに」


 実はここは「国内で最も美しい」と言われる程の庭園でもあり、中でもこの庭園の一角にあるバラ園は、殿下のお母様――王妃様が大切になさっている事でも有名だ。

 殿下の事だ、おそらく母親の大切なものを守ろうと正義感が湧いたのだろう。

 しかしこうして令嬢を泣かせてしまったら、はたから見れば殿下が悪者のように見える。


「どうしてそんなに泣いている? どっか痛いのか? それとも腹でも減ったのか?」


 何だろう。いつも強気な殿下が、オロオロしながら相手を気遣っている所を見るの、ちょっと楽しいかもしれない。

 殿下にはいつも迷惑を掛けられているのだ。少しくらい、こうして陰から楽しんでもバチは当たらないのではないだろうか。


 すぐそばにあった大きな木の幹に、私はサッと身を隠した。

 そこから顔だけ覗かせて、彼らを見守る体勢に入る。

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