第24話 殿下はもはや馬車馬に。

「よほど自暴自棄になっていたのでしょうか?」

「まぁ今の彼女、学校でも『孤立してる』なんてものじゃないものね」

「それもこれも、シシリー様のお陰ですが」


 そう言われて、私は思わずクスリと笑った。

 だってあんなの自業自得だ。

 

「普段から殿下の威光を笠に着て好き勝手していたツケが回ったんですよ。そちらについては実際に私、ただの一ミリだって労力を割いてはいませんし」

、ね」


 私の物言いに、モルドがニタリと笑って続ける。


「結局のところ、今回の功労者はやっぱりシシリー嬢なんじゃないのかな?」


 彼のそんな言葉にみんなが一斉に、思い思いに頷いた。


 エレノアからは「私には到底できる事じゃありません」と尊敬の目を向けられて、リンドーラからは「そもそもシシリー様が声を掛けてくださらなければ私も決断する事は出来ませんでしたし」と言われ、ローラに至っては「まぁ事前に話をしておいてくれれば、私ももっと力になれましたのに」と不服そうだ。


 そういえば先日の件でローラは「私と一緒に黒幕やりたい」というような事を言っていたような気がするけど、もしかしたら本気だったのかも。

 ……今度はローラにも手伝ってもらおうかな。

 確かにローラと一緒なら、出来ない事なんて何も無いような気がするし。

 

「おそらく皆さんが思っているほどの事はしていませんよ?」

「でもシシリー様はあの日の私の失言を庇ってくださったんでしょう? モルド様が言っていました!」

「まぁそれはいつもの事だし」

「その上リンドーラ嬢が殿下の婚約者になれるように話を持って行ったのは君だろう?」

「それだって半分は私の平穏の為ですし」


 エレノアとモルドの言葉に苦笑してそう言うと、今度はリンドーラまでもが参入してくる。


「『これを機に飴と鞭を上手く使って殿下の性根を鍛え直しましょう』と言って色々と親身に考えてくださったのは、誰でもないシシリー様です。とても感謝しているんですよ?」

「だってあの殿下、将来この国の王になるんですよ? 可哀想なくらいの浅慮とか情に頼り過ぎてすぐに人に感化される性格とか、今の内にどうにかしないと大惨事じゃないですか」


 あの殿下がこのまま王になったりしたら、間違いなく国が亡びる。

 それこそ第二のレイのようなのに誑かされたり、国外の誰かの情に絆されて必要以上の譲歩をしてしまうかもしれない。


 そうなれば困るのは国民だ。

 その中には当然私も含まれる。

 つまり結局私の為だ。


 だからそんなに持ち上げる事なんてないのに、続いてローラがフッと笑う。


「そうやって上手くリンドーラさんに操られて色々と頑張っている今の殿下に、婚約破棄を発端にした彼の失態に不満を抱いていた貴族達の溜飲も、随分と下がりつつあるらしいじゃないですか。あれもシシリー様の采配でしょう?」


 ついでに私の溜飲もかなり下がってきていますよ?

 そう言った彼女は嬉しそうだったけれど、それでも首を横に振る。


「それはリンドーラさんが、殿下に絆される事無く厳しく仕事に向かわせているからこそですよ」

「それだって殿下の操縦法をローラ様とシシリー様が教えてくださったからですし」


 そう言って改めてお礼を言ってくるリンドーラに、ローラは「まぁ伊達に殿下の婚約者をしていませんでしたからね」と言ってホホホッと笑う。

 変に謙遜しない辺りがどうにもローラらしいなと思う。


「それに、私は殿下に不満を抱いていた方々にほんのちょっと世間話をしただけですよ? 『殿下が既にリンドーラさんの尻に敷かれて馬車馬のように働かされてるようだ』って」

「馬車馬……」


 私の物言いにモルドが笑う。

 おおよそ想像でもしたのだろう、彼がヒーヒーと言ってるところを。


「まぁ実際事実ですから」

「あっ。そういえばお父様のお使いで先日王城に行った時、わざわざ様子を見に行ったらしい貴族達がその話を話題にしていました!」


 私の声に思い出したようにそう言ったエレノアは、「皆さん驚いたり笑ったりしていて、とても楽しそうでしたよ?」と言葉を続ける。


 リンドーラには『外聞など気にせずに殿下の頑張りを周りに見える様にしてあげてください。それで殿下の風当たりも幾分か弱まると思います』と助言しておいたんだけど、どうやら上手くやってるようだ。


 これで陛下との約束の件もほぼコンプリート。


(私の未来がこれでまた、少し開けてきたようね)


 そう思った時だった。


「あらシシリー様、まるで悪だくみでもしているかのようなお顔になっていますよ?」

「そんな筈がないでしょう? ローラ様ったら人聞きの悪い」


 指摘されて、私はコロコロと笑う。



 まさかそんな悪だくみだなんて。

 私はただちょっと自分の未来に思いを馳せていただけなのに。


 そんな事を思いつつ、「とりあえず」と私は話を元に戻す。


「リンドーラさんには、今後も殿下の手綱をしっかりと掴んでおいていただかねばなりません。良くも悪くも愛情深い方ですから、一定の条件さえ満たせば彼の心は容易に揺らせてしまえるでしょうし」


 その移り気も、国王としての政治的責務を果たすのならば問題ないと言えなくも無いけれど、だからといってあまりフラフラされてしまえば、治世にヒビが入る事もあるだろう。


 『傾国の美女』という言葉があるが、やりようによっては『女』は容易に国を傾ける原因になる。

 彼の傍に居る女性はそういう影響を与えないちゃんとした女性でなければならない。


 まぁその点、彼女は誰かに付け入る隙を与える事は無いだろうと思っている。

 何しろ彼女は殿下を独り占めしたい人なんだから。


「昨日正式に殿下の婚約者になった事ですし、きちんと手綱を握っておいてくださいね?」

「はい勿論。殿下のハートをガッツリと掴んで、もう二度と放しません!」


 そう言った彼女の笑顔を私はきっとずっと忘れる事は出来ないだろう。

 こんなに良い笑顔の彼女を見たのは、これが初めてだったのだから。




 何度も言うが、私は別に面倒見が良い訳というじゃない。


 今回も、自分の為に手を出さざるを得ない状況だっただけであり、やはり他人のトラブルに首を突っ込むつもりなんて更々無い。

 

 今回の件の発案者として、最低限の義理はもう果たせたと思う。

 だから後はリンドーラに頑張ってもらうしかない。



 

~~第二章、Fin.


――――


 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

 2023年6月を持ちまして、書籍版と大きく異なる展開の含まれる第三章は非公開設定にさせていただきました。


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 最後になりましたが、書籍化記念として次話からはWeb限定書き下ろしSSを投稿しております。

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