私・大勝利の後日譚

第23話 レイはかなりアグレッシブな方向に



 例の件から一月後。


 私はリンドーラに誘われて彼女のお宅へお邪魔した。

 通された応接室には既にエレノアとモルド、そしてローラの姿がある。

 どうやら私が最後のようだ。


「遅れてしまってごめんなさい」

「いいえそんな。シシリー様がお忙しいのは私だって分かっていますもの」


 私の謝罪を快く受け入れてくれたリンドーラは、そのまま私に席を勧めてくれる。

 座るとすぐに執事が淹れたての紅茶を出してくれる。

 その手際の良さは、公爵家の使用人にも劣らない。


 その紅茶を美味しく頂いていると、みんなが揃ったからだろう。

 リンドーラが姿勢を正し、改めてこう言った。


「先日はご助力いただき、ありがとうございました。お陰で長年の夢が叶いそうです」


 そう言って頭を垂れた彼女にまず声を掛けたのは、肩をすくめたローラである。


「私にお礼は不要です。だって何もしていませんし」

「何を言うのです、アシストするような言葉を言ってくださったじゃありませんか」


 それがどれだけ他の令嬢たちへの牽制になった事か。

 そう言ったリンドーラはよく周りが見えている。



 確かにあの日、ローラの口数自体はそう多くなかっただろう。

 しかし彼女の一言が、瞬時にそして的確に、自らの旗色を周りに示したのである。


「非の打ちどころが無かった、殿下の元婚約者。落ち度のない婚約破棄をされた彼女は、次の王太子妃に対して辛く当たる建前と権力を持っている。王太子妃の地位を退いても尚、数値化できないローラ様の影響力は絶大なのです」

「そんな風に褒められてしまうと少しばかり擽ったいのだけれど」


 そう言って笑う彼女が、まさか自分の影響力を自覚していない筈は無い。

 それでも事前に作戦を知らなかった彼女はあの場で動いた彼女にリンドーラが感謝するのは、至極真っ当な流れである。


「しかしそれなら私より、エレノアさんの方がずっと貢献したのではない? 彼女の言葉が殿下に目を覚まさせるキッカケになったのですし」


 ローラがそう言ったので、みんなの視線はエレノアへとシフトする。

 が。


「ふぇ?」

「……エノ。貴女って子は、どうしてそういつもお菓子に夢中なのかしら」


 私が思わず頭を抱えてしまったのは、例に漏れずエレノアがお菓子として出されていたマドレーヌを口いっぱいに頬張ってモグモグしているところだったからである。


「エレノアは甘いものが大好きだもんね」

「むぐむぐむぐ……ゴホッ」

「あぁほら、ゆっくりでいいから。お茶飲んで」


 何だろう、エレノアを甲斐甲斐しく世話するモルドは、まるで老後の世話でもしているみたいだ。

 まぁ誰でもないモルド本人が「仕方がないなぁ」と言いながら楽し気だから、外野の私たちは口を挟むなんて野暮もしないけど。


「……ゴックン。ふぅ。えっとそれで、私何かしましたか?」


 やっと口の中身を完全に流し込んだエレノアは、コテンと首を傾げてくる。

 やはり安定のエレノアだ。


「エレノアさんがレイさんの事を問題提起してくださったから、私も自分をアピールしやすかったのです。それに私の努力を『スゴい!』と言ってくださった事も。とても嬉しかったですわ」


 リンドーラが口元の前で両手を合わせてそう言った。

 それには私も「うんうん」と頷く。


 やはりこちらも例に漏れず完全なアクシデントから始まったエレノア劇場で始まった時には少々焦ってしまったが、結果的に元々の「リンドーラを殿下に売り込む」という目的の良い踏み台になっていた。

 自画自賛じゃないけれど、あれは我ながら自然にリンドーラへと目を向けさせる良い導入だったんじゃないかと私も思っているところだ。


 が、それで何かを思い出したのだろう。

 ローラが「あぁ」とエレノアに口を開く。


「そういえばあのパーティーの後にレイさん、エレノアさんの所に襲撃しに行ったんですって?」

「そうなんだよ、『お前があんな事を言わなければ』って。完全なる逆恨みさ」


 彼女の声に答えたのはモルドである。

 実際彼は、その襲撃があった時にエレノアと一緒に居たのだ。

 

「でも怪我なんて少しも無かったですよ。モルド様がカッコよく助けてくださいましたから」

「えっ」

「あらモルド様、お顔が真っ赤」

「貴方は何でそう、意味の分からない所で赤面するのか……」


 ローラのからかい口調に続いて、私は彼に疑問を投げる。

 あれだけ公衆の面前で恥ずかしい場面をさらけ出しておいて今更そんな、と。


 すると彼は顔を右手で覆いながら「いやその、不意打ちだと……ね?」と言って何故か私に目で助けを求めてきた。

 知らんがな。


 が、どうやら恋する乙女には通ずるものがあったようで。

 

「分かりますわ……私が攻めるのは良いんですけど、不意に言われた一言とか無意識の言動が、意外ときゅんと来たりするのですよね……」

「そう、正にそれ。困ったものだよ」

「そうですよね……」


 モルドに意気投合したのは、まさかのリンドーラだ。

 この二人、案外気が合うのかもしれない。


「それでレイさん、結局今は牢に囚われていると聞いたんですが本当なの?」


 私がそう尋ねると、モルドがまだちょっと赤みの引かない顔のまま頷いた。


「刃物ブン回してたからね」

「それはそれは……かなりアグレッシブな方に舵を切りましたね。別にあの方剣術などの類が得意という訳でも無かったでしょうに」


 私が思わず呆れながら「そんな勝ち目のない戦いを仕掛けるなんて」と続けて零すと、リンドーラが苦笑する。



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