第22話 私の企てた幸せ計画
あの後レイが泣きながらホールを出ていった所で、空気を読んだオーケストラがダンスの為の伴奏をし始めた。
それに呼応して殿下がリンドーラの前に手を差し出し「踊ってくださいますか?」と告げた所で、私は安心してその場をこっそり後にした。
向かったのは、バルコニーだ。
エレノアとリンドーラの熱気に充てられて少し火照っていた頬に、外の風が心地いい。
ふぅと小さく息を吐けば、充足感と疲労がじわじわと押し寄せてきて何だかとっても気が抜けた。
と、その時だ。
「……面白いものを見せてもらった」
威厳のある声が背中越しに、笑い混じりで掛けられた。
聞き違う事などあり得ない。
幼い頃から何度も聞いた声である。
「陛下」
「あぁ良い、そうかしこまるな」
私が礼を取ろうとすると、やはりそう制された。
途中で体を元に戻すと、苦笑する彼を目が合った。
「上手くやったな、シシリー」
「……一体何の事でしょうか?」
内心ではドキリとしつつ、それでも平静を装ってそう答える。
レイの日々の言動についてはどうか知らないが、殿下から「俺達の婚約を後押してくれ」とお願いされた事も、私がそれにしぶしぶ応じた事も、リンドーラという対抗馬を用意して策を練っていた事も、彼は知らない筈である。
その上レイとエレノアというアクシデントに裏で苦心した事なんて、猶更知っている筈が無い。
だというのに、陛下は訳知り顔で言う。
「やはり惜しいな。アレが無ければ、この国の未来の王妃は間違いなくお前だったのだがな」
「良かったですわ、これ以上殿下のお守りをする羽目にならずに済んで」
思わず反射的にそう言った。
すると殿下は至極おかしそうに笑う。
私の父と陛下とは、仲の良い幼馴染だった。
それに加えて子供同士も同年代だという事もあって、私は殿下だけじゃなく陛下や王妃様とも近い親戚同然の付き合いをしてきた仲だ。
まぁもちろん建前上は、王と臣下の関係性を付き通してきたけれど。
だから陛下は私がこういう性格なのを知っているし、非公式の場でさえあればこのような物言いも許してくれる。
それは今回も変わらずに、私の軽口に「小気味いい」と笑って済ませ、それが終わると「ふぅ」と深く息を吐いた。
「……なぁシシリーよ、私の沙汰は甘かっただろうか」
呟くようにそう言われ、私は陛下から視線を外す。
バルコニーの手すりの向こうには、夜の闇が広がっている。
転々と明かりが見えるが、それだけでは心許ない。
そんな弱弱しい光だ。
「そうですね、甘いと思います。幾ら直系の王子が殿下一人しかいないと言っても、陛下の意向を聞くこともせず勝手にしかもあんな風に、ローラ様を貶めようとした殿下を謹慎だけで済ませるなんて」
その光を眺めながら、私は静かにそう告げる。
私だって公爵令嬢だから、少しくらいは知っている。
今の情勢下でたった一人の王子を廃嫡にするリスクがかなり大きい事を。
「今この国は隣国との間に緊張状態が続いていますから椅子取りゲームで国を割る訳にはいかなかったのでしょうけれど、それを置いても貴族内ではくすぶる不満があるようですね」
「その上ローラの父上である宰相が、領地に引っ込んでしまったからな……」
「彼の抜けた穴は大きい、と。確かに最近その類の不満もよく耳にしますね。王城内もそれなりに大変なのではないですか?」
「まぁその通りだ。だがな……」
しかしそれでも、それ以外に手の打ちようが無かったのだ。
そんな風に言った彼は、悩んだ末にベターを選んだのだろう。
ベストな選択肢が無かったのだから仕方がない事ではあるが、選択の影響も計り知れない。
どうやら陛下は結構悩んでいるようだった。
歯に衣せぬ私の物言いに言い返す事は無いけれど、それでも困り顔になっている。
だから私は、小さく一つため息を吐いた。
「どうにか出来ない事も無いですよ」
「えっ」
私が出した助け舟に、陛下は驚いた顔になる。
私にとっての陛下とは、時と場所を弁えさえすれば我儘を聞いてくれる気の良いオジサンだ。
殿下と似て少し情に深すぎるきらいはあるが、それでも国の事を考える事は出来る人だと思う。
「……君が助けを出すという事は、きっちり見返りを受け取る用意があるという事だな」
「よくお分かりで。因みにここまで含めた全てが『私の企てた幸せ計画』なのですけれど」
「あぁなるほど」
全ては筋書き通りだったという訳か。
そう言って笑った彼は、おそらく私の望みが分かったのだろう。
「やはり手放すのは惜しいな」と言って笑った。
そんな彼に私は笑顔で言ったのだ。
「あとは任せてくださいな」
と。
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