第21話 お守りの終わり



(こんな風に殿下の「情に流されやすい」という短所を嬉しそうに「長所だ」と言ってあげられる辺り、リンドーラさんは本当に殿下の事が好きなのねぇー……)

 

 私はまるで噛み締めるようにそう思う。


 そしてそんな彼女の「自分だけを愛してくれ」という我儘に今の最大限で答えようとしている殿下にも、私は好感を持てた。



 だって選ぶ王妃が国の行く末を担う以上、実際には殿下一人で結婚相手を決めることなど出来ない。

 彼女の我儘があれば、猶更だ。


 そこをこの場の情と雰囲気に流されて「その願いを聞き届けよう!」と言い切ってしまわなかった辺り、今までの彼を考えれば十分評価できるんじゃないかと思う。



 おそらく「自分を喜ばせるための短絡的で現実味の薄いおべっかは要らない」と思っているリンドーラ。

 そしてその気持ちをきちんと受け取り配慮している殿下。


 この短期間で彼の変化を促せてしまえるリンドーラには、やはり殿下を支える立場に立つ素質がある。

 そもそもがローラと私さえ除けば殿下の婚約者として候補に名前が挙がる内の一人ではあるんだから、国母としてのポテンシャルだってある。


(やっぱりリンドーラさんで正解だった)


 私はそう、深く深く頷いた。

  

 

 一方、そんな私のすぐそばでリンドーラと殿下は二人、向かい合って互いに頬を染めている。


「その……君の気持ちは伝わったから」

「はい……!」


 既に二人の空気を作りつつある。



 周りも大方、そんな二人を歓迎ムードだ。

 

 ローラは淡く拙い恋の始まりを感じさせる2人を微笑ましい物を見る目で眺めているし、モルドは何やら満足げに頷いている。

 そしてその隣では、彼女の思いに驚つつもその成就に喜ぶという実に表情筋が忙しそうなエレノアも居た。


 外野たちも、まぁ中には陛下の前で殿下も交えてアピールし色よい返事を貰ったリンドーラに歯噛みしたり、「いやまだ間に合う」と逆に闘志を燃やし始めた令嬢も居る。

 


 後者については、今後まだリンドーラへの私の後押しは続く。

 国の平和と間違ってもこの手の話が再浮上して私の心の平穏を脅かす事の無いように、全力で支援するつもりだ。


 とりあえずこの場で「自分も」と参入してこない辺り、分別がある令嬢たちだ。

 早々真っ黒な手は使って来ない事だろう。

 となれば、十分私の手に負える。



 が、そんな中。


「どっ、どうしてなんですかっ! 殿下!!」


 決定的な拒絶が殿下から出ないから、自分にもまだ目があるとでも思ったか。

 性懲りも無く「許せない」と声を荒げた者が居た。


 ――そう、レイだ。



 そんな彼女に、私は思わず思ってしまう。

 そうか。

 この子ホントにバカなんだ、と。



 今のこの状況を見れば、結果なんて目に見えている。

 なのに、果てしなく深い鈍感力の賜物なのか、それとも自分が見たくない物はどんなに分かり易く目の前に置いてあっても全く見えないような、どうしようもなく都合のいいの目を持ってるのか。

 目をうるうると潤ませて、もう一度殿下の腕をギュッとしながら彼女は彼を見上げている。

 

 実際には、怒りと必死さの入り混じったその顔は少し歪んで引きつっていて、あまりうまく笑顔を装えていない。

 それでもまだ目の奥に希望を失ってないのは、もしかして「どうせ殿下の事だから押せばまだ十分どうにかなる」とでも思ってるのか。


 実に滑稽で、図々しく諦めが悪い。

 

(でも、だからこそ良かったのかもしれないわ。だってこんな公衆の面前で誰でもない殿下ご本人から引導を渡されるんですもの。良い訳だって利かないから、あとで面倒な事にならずに済む)


 そう思い、私は状況に任せる事にした。

 殿下、ここでキッパリと言ってあげるのが男の見せ所よ。


 

 そんな私の視線を横から受けつつ殿下は、まず絡みつく例の視線から逃げる様に視線を逸らした。

 そして言う。


「好きだったよ、『今のあなたのままでいい』と言ってくれた君の事が。だから俺は君の礼儀作法苦手についても気にしていなかったし、むしろ個性だと思っていた。心を隠さず愛の言葉をいつも当たり前の様に囁いてくれる事が、一番の愛情表現だと思っていた」


 でも。

 そう言って、彼はレイを静かに見下ろす。


「得手不得手じゃなく努力の問題なのだと言われて、『あぁその通りかもしれないな』と俺も思ってしまったんだ」


 縋りつくようなレイをやんわりと押し退けて。


「彼女から言葉を貰って、エレノア嬢が言った『本物』の意味が分かってしまった」

「そんなっ! 私、あんなに貴方に寄り添い尽くしてあげていたじゃない!」

「『あげていた』か……」

「あ……」


 言われて初めて自分の失言に気付いたのだろう。

 彼女は「マズった」と言いたげに口元を押さえた。


 が、もう時はすでに遅し。

 一度口から出てしまった言葉を無かった事には出来ない。

 

「君の気持ちは良く分かったよ。……すまなかった、俺に付き合わせてしまって。だがもう良いよ」


 最期にそんな言葉でレイの事を切り捨てた殿下に、私は思わず苦笑する。


 おそらくこれは、今後彼女が負うであろう「王子に捨てられた」というレッテルを、「王子が労った」という事実によって軽減する意図があるんだろう。

 「捨てられた」ではなく「役割を終えた」の方が幾分か辺りが弱いだろうから。


 まぁそんな配慮をしたところで、彼女が今までに働いてきた言動が消える訳はないのだから、風当たりが強い事には変わりないだろうけど。

 彼女にとって大変なのは、間違いなくこれからだろう。



 そんな事を思いながら「捨てられた」という事実に顔を青くしたレイと、少し甘い私の幼馴染、その正面で少しホッとした表情になっているリンドーラを、私は眺めていたのだった。



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