第20話 殿下の答え



 つい先程までゆるぎなく「最愛だ」と信じて疑わなかった者から向けられる、苛立った糾弾の視線。

 それに怯みはしないまでも思った事そのままを伝えられないのは、やはりに殿下の情の深さが故なのだろう。

 


 その煮え切らない態度を未来の王として見るならば、頼りない事この上ない。

 が、それはこの先彼が身に付けなければならない物、とりあえず今は彼あるかどうかも分からない成長を待っている暇は無い。


 (本当に、手の掛かる……)


 そう思って、一つため息を吐いた。


 ここで話をナァナァにされてしまったら私もエレノアも、そして何よりリンドーラが浮かばれない。

 ならここは、私が間に入るしかない。 


「――殿下の目が覚めてしまうのも無理はありません。だって彼は、もう『本物』を知ってしまったのだから」

「……『本物』ですって?」


 私の言葉に、レイが訝しげな顔になった。


 どうやらこの女、この期に及んでまだ分かっていないらしい。

 どこからともなくまたため息が口をついて出てしまう。



 自分のしている事に後悔の念を抱くどころか自覚さえ出来ていないという事実にはかなり呆れたものである。

 もっと言えば、相手をするのさえアホらしい。


 けど、少なくとも説明くらいはしてやらないと彼女このヒステリーは残念ながら鎮まらない事だろう。


「今のリンドーラさんの心が籠もった言葉を聞いたすぐ後ならば、猶更ニセモノとの差は歴然でしょうね」

「何それ。まさかこの女の言葉が本物で私の言葉がニセモノだって言いたいんじゃぁ無いでしょうね?!」


 失礼な!

 レイがそんな風に声を荒らげたが、一体どちらが礼を失しているのか。


 そもそも子爵令嬢の彼女が伯爵令嬢のエレノアや侯爵令嬢のリンドーラ、果てには公爵令嬢のローラに対してまで、敬語は愚かさん呼びなんて失礼千万。

 その上ついにはリンドーラの事を『この女』呼ばわりだ。


 どう考えても確信犯に違いない。

 そんな相手に礼について語られたくなんてない。

 

 そんな風に思ったのは、多分私だけじゃなかったんだろう。

 

「あれ? もしかして聞こえていなかったのかな。正にそう言ってるんだけど」


 一応令嬢としての品というものがあるので少し遠回しに表現した私のアシストを、モルドがしてくれる。


「君が語る愛は軽い。それが理解できたから、殿下もああいう反応なんでしょう?」


 キッパリとそう言うと、今度は殿下を見据えてこう告げる。


「殿下、どうか今だけは周りの目や体裁を取り除いて、1人の男として彼女達に答えてあげてください」


 それはおそらくリンドーラの本気の、ともすれば今後の人生全てを掛けた一世一代の告白をした彼女の勇気を慮った言葉だったのだろう。

 彼女の事を受け入れるとしても、しないとしても、ちゃんと答えをあげなければきっと彼女はどこにも行けない。

 


 それに加えて、これは殿下自身へのアシストでもあった筈だ。


 リンドーラに対して、これから頑張っても良いのか、それとも次に向けて頑張って欲しいのか。

 またはレイに、きちんと将来を見据えた行動をして欲しいのか、それとももう求めないのか。


 今までの柵(しがらみ)を抜きにして、殿下はきちんと自分の本心をここで明確にするべきだ。



 

 それはきっと、大切な所で『情』に流されてしまいがちな殿下にとっては、難しい決断だっただろう。


 しかし殿下は腹から一度深く息を吐きだし、可愛らしく腕に縋り付くレイの手にその手を重ね――やんわりと引き剥がす事でまずは自分の意志を示す。



 レイは目を丸くした。

 が、殿下は彼女を見ていない。

 真摯な瞳をリンドーラへと向けて、ゆっくりと口を開く。


「リンドーラ嬢。正直言って、私は君の今の言葉に驚いているし戸惑ている。でも」


 殿下のつばを飲み込む動作が、彼の緊張を物語っていて。


「もしそれでも良ければだが、君のその提案を可能性として考える事を許してもらえるだろうか……?」


 そう言った彼の緊張は、おそらくリンドーラほど深くは無かった事だろう。

 しかしそれでも今までの情を切って手を伸ばした勇気は、彼にしては「まぁ上出来なんじゃない?」と言えなくもない。

 


 が、彼のこの言葉は、悪く言えば「キープさせてくれ」と公言している様なものでもある。

 選択肢には加えるが、その先がどうなるかは確約出来ない。

 そんな虫の良い話だ。


 だがそれでもリンドーラは「はい……!」と答えた。

 顔をゆるっと綻ばせて、嬉しそうに、はにかむように。



 すると殿下は、自分で言っておきながら歯がゆそうな顔になった。

 対するリンドーラはその理由がすぐに理解できたのだろう。

 困ったように苦笑する。


「世継ぎを生む事を求められる未来の一国の王に対して『自分だけを愛してくれ』だなんて、私だって自分がどれだけの我儘を言っているのかは分かっているつもりです。返事をキープにしたところで殿下が気にする必要は無いのですよ?」

「いやしかし……」

「言ったではないですか。選択肢に入れてくれるだけでも夢のような事なのですよ、私にとっては」


 殿下はおそらく煮え切らない自分の答えを不誠実だと思っている。

 しかしそれをリンドーラは、どうやら逆に捉えたようだ。


「それは貴方が誠実だからこそ抱く苦悩だと思います」


 困った人。

 そう言って笑った彼女は「昔から少しも変わっていませんわ」と頬を綻ばせてみせる。


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