頭上で回るは観覧車~学者・峯岸浩太郎の願望~

達見ゆう

早くも二冊目出版が決まってしまった

 僕の名前は峯岸浩太郎。アメリカで働くウイルス研究職員である。

 こないだのオンライン出演の髪型から「キユーピー」とかいろいろネット上で言われたが「ばぶ」と自称することで強引に解決した。以来、「ばぶ先生」のあだ名がついている。同居人がボブとわかったらお笑いコンビでも組まされそうだが。


 そんな僕がいつの間にか二冊目を出すことになった。最初の本も献本できていないのに、いや、まとめて献本する! そして今度こそファンレターをしっかり書いて出すぞ!


 ……と決意したはいいが、また書けない。さすがにずっと同じ便箋を出してはしまい、出してはしまいを繰り返したから傷んできたので新しい便箋に替えた。

 しかし、またも「初めまして」しか書けない。SNSのフォロワーさん達から沢山アドバイスだってもらったのに。ラブレターを沢山もらう人という方からの現実的な言葉や、他にも参考になる言葉や言い回しもあったのに書こうとすると震えてしまう。

 いかん、このまま震えていたらせっかくのガラスペンに付けたインクが飛び散ってしまう。ガラスペンをペン立てに戻し、コーヒーを飲み直した。

 このガラスペンセットだって、オシャレなレトロ雑貨屋のネットショップで仕事の合間に買ったものだ。そんなことしてる暇があるなら溜まった仕事を片付けろと言われそうだが、これはこれで譲れない。


 もし、もしも、もしもだ! 献本ができたのなら、彼女は読んでくれるだろうか? 一冊目は情報が古くなってしまうけど、二冊目と一緒にすればまとめて読んでくれるかもしれない。


 そして、感想文としてお返事をくれるかもしれない。それがきっかけで雑誌や番組の対談に繋がり、打ち合わせ終了後に「せっかくだからもっとお話聞きたいです」と二人で話し込むのだ。僕がアメリカ在住だからオンライン越しになってしまうけど、それを何回か繰り返して、そこから実際に会ってみたいと言われるのだ。


 そして、トントン拍子と彼女と雑誌の対談という仕事の依頼が来て、一時帰国するから会いましょうということになるのだ。そ、それってデートか? やはりいい歳した大人でも最初は映画とか遊園地?

 映画はともかく、遊園地はアラフォーには辛いな。水族館デートか? そうだ、葛西臨海公園ならば立派な水族館と観覧車があった。水族館なら遊園地よりも大人っぽい感じがする。それに観覧車というカップルうってつけの乗り物もある!


 水族館付属のレストランで食事をしたあとに観覧車に乗ろうと言う彼女、僕は照れくさそうに答える。


「ダメだよ、観覧車は狭いから三密になっちゃう」


 ……おい、どうして妄想デートの観覧車というシチュエーションにまでウイルスが紛れ込むのだ。ああ、哀しきかな、仕事の虫と言うべきか、社畜と言うべきなのか。仕事熱心と言い換えてもこれはあんまりだ。


 もう一度、シミュレーションしてみよう。


 観覧車を見かけ、二人は見つめてどちらともなくはにかみ、僕は思い切って乗ってみませんかと誘うのだ。


 しかし、返事はつれないものだった。


「ダメですよ。三密になるのは先生が一番ご存知でしょ?」


 うわぁぁぁ、ここでまたウイルスに邪魔されるのか! いかん、妄想くらい楽しくせねば! もう一度トライ!


 観覧車を見かけ、二人は見つめてどちらともなくはにかみ、思い切って乗ってみませんかと誘うのだ。彼女はコクンもうなずき、どちらとも無く観覧車へ向かう。僕の心臓は早鐘のように打つ。

 しかし、観覧車の近くには無情な貼り紙がしてあった。


「新型コロナウィルス対策のため運転中止です。ライトアップのみとなります」


 僕達は顔を見合わせて苦笑いした。


 ……いやいやいや、なんでここでまたウイルスが割り込むのだ。いかん、一回ウイルスのことは忘れよう。せめて頭上の観覧車だけでも夢の空間を楽しみたい。


「コータロー、まだラブレターに悩んでるのか。何ヶ月かかってるんだよ」


 妄想を再開しようとしたら、帰ってきたばかりのルームメイトのボブが声をかけてきた。彼は同じラボ勤めだが、研究対象が違う。


「いや、これは今度の新刊用の献本の手紙でラブレターでは……」


「前もそう言って半年以上うだうだ悶えて一人マトリックスしてたじゃねえか。だから代筆してやると言っただろ? 自分の言葉とかで書くと言ってたら、じいさんになってもラブレターに悩む羽目になるぜ」


 アメリカンは日本人と違って容赦ない。突き刺さる内容に一人で瀕死状態になっていたら、ボブはさすがに罪悪感がしたのかフォローしてきた。


「ま、俺もアリアナ・グランデにファンレター出すのに三年かかったな。俺のは単に忙しかっただけだが」


 ボブにもそんな一面があったのか。まあ、お互い様だが、この年になってもルームシェアしてる時点で奥手なのかもしれない。


 と、思ってたらその推理を打ち砕く一言が返ってきた。


「あ、俺、彼女できたから。明日が初デートだぜ。お前も早いとこうまくやれよ」


 ぐおおお! ボブに先を越された!


「ちなみに出会いやアプローチはどうしたんだい?」


「普通にバーで意気投合しただけさ」


 ……そうだ、典型的な陽気なアメリカンのボブならそれも簡単にできるだろう。しかし、僕は奥ゆかしい日本人だ。そんなことできない。


「お前が真似すると陰キャ全開の不審者になるからナンパはやめとけ。日本人らしく真面目にラブレターが似合う。書いたことくらいあるだろ?」


「あるさ、必死の思いを書いたラブレターを渡したら『シュレッダーにかけたよ』と無情な返事だった」


「そんな無神経な女と付き合わなくて正解だな。アメリカだったら即射殺されてもおかしくねえ」


「アメリカでそれを聞くとシャレにならないから止してくれよ」


「ま、日本人らしい奥ゆかしさよりもお前はそういう方面は不器用だから真正面から想いを書いた方がいいさ。さて、明日のためにさっさと寝る。おやすみ」


 アドバイスなんだかディスられているのか分からないまま、ボブはさっさと寝てしまった。

 うう、これは本気でボブの恋愛レクチャーとまでいかなくてもファンレターの書き方レクチャーは受けた方がいいのかもしれない。


 はあ、妄想くらい楽しくできないものか。僕は現実逃避するようにSNSを開き「ばぶ先生」宛の様々な質問に答えを打ち始めた。このくらい気楽にできたらいいのに。

 もしかしたら裏アカでガッキーにフォローされてたりして。でも、ばぶと名乗ってからは赤ちゃんキャラ全開だ。それはそれで恥ずかしくて悶え死ぬ。


 時は二時。日本のメディア出演が迫っているのことに浩太郎は気づいていない。そして、また時間ギリギリに気づいて髪のセットが雑になり、キユーピーの頭で出演する羽目になるのであった。


(注・実在するモデルの先生がまだ献本できていないので再び期限を定めて投稿するぞと匿名質問箱「マシュマロ」に再び圧をかけました。

 これが読まれているということはまだ献本できていないのでしょう。この自主企画「同題異話」は全十二回です。献本するまではこのシリーズを続けるつもりなので全十二話にならないよう祈るのみです。頑張るんだ、先生!)

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