第48話 『甥、姪』



「あー!おにぃだー!いつ帰ってきたの?」

「おにぃ!おにぃがいる!もしかして夏休み中ずっと家に居る?」

「ねーねー、明日一緒に出掛けよー!買い物行きたーい!あと映画も!」

「おにぃはオレとDIYすんの!オレ今おっきな棚作ってるんだぁ。おにぃも一緒にやろ!」


 2階から降りてきた俺を見つけた瞬間ひっついてはしゃぎだした子供たちの前に、冷蔵庫から出した箱を突きつける。


「はいはい、喧嘩すんな。今回は1、2泊するだけだけど、来週帰ってきた時どっちも付き合うから。はい、お土産」

「「わぁ!ケーキ!!」」


 うちの家族に人気のケーキ屋の箱を見て、そちらに夢中になった二人に笑う。

 今年中学2年生になる甥の桃弥と姪の桜香は、赤ん坊の頃から弟と妹のように可愛がっていたせいか、すっかりブラコンに育ってしまった。

 一緒に居ると際限なく甘やかしてしまう俺にも原因があるため、実家を離れたのは英断だったかもしれない。

 きゃっきゃとはしゃぎながら皿の用意を始めた二人を見て、俺も紅茶の缶を取り出した。



 キャラメルムースのケーキと、苺とクリームをたっぷり挟んだマカロンケーキを口に運んで「ん~!」と歓声を上げる双子にほっこりしながら、俺もケーキを選ぶ。

 昼にしこたま食べたドラゴン肉がまだ胃の辺りに残ってる感じがするので、さっぱりしたシトロンタルトにしよう。

 タルト自体はすっぱすぎると感じるくらいだが、上に乗っているメレンゲの焼き菓子を崩しながら食べると丁度いい甘さで美味しい。

 無言で味わっていると、視線を感じて顔を上げる。

 熱心にこちらを見つめていた双子が、パカッと口を開けて催促するのに苦笑して、フォークで切り分けたタルトをぽいっぽいっとその口に放り込んだ。


「「すっぱぁ~い!でも美味しい~」」


 二人揃って口元を押さえるのを見て、思わず吹き出す。

 どちらも甘めのケーキを食べていたので、余計にすっぱく感じるのだろう。


「おにぃにもひと口あげるねぇ」

「こっちもー」

「おー、さんきゅ」


 暫くの間談笑しながらお茶していたが、ケーキを食べ終わった所で、双子が顔を見合わせソワソワとし出した。


「ん?どーした?」

「えっとねぇ……」

「おにぃもステータス出た?」


 思ってもみなかった質問にギョッとしていると、向かい側に座っていた双子が俺の両隣に移動してきて、矢継ぎ早に口を開いた。


「オレもねぇ、ステータス見えるようになったんだぁ」

「わたしもー!」

「あとパパとママも見えるって!」

「お爺ちゃんと小梅ちゃんも出せるって言ってたー」

「え?あー、あー……うん。俺もステータス出たよ……」

「「やっぱりー!!」」


 何故かハイタッチをして大喜びしている双子に脱力感を感じて肩を落とす。

 え?家族全員ステータス出てんの?マジで?

 母さんさっき会った時一言もそんなこと言ってなかったじゃん……。

 まぁ、ぽやぽやした人なので忘れてたんだろうな……。

 ちなみに小梅ちゃんというのは母さんのことだ。

 双子にとっては祖母に当たるのだが、双子の母である姉にとっては血の繋がらない義母で、歳も近いので姉妹のような関係だ。

 普段から「小梅ちゃん」「茜ちゃん」と呼び合っているので、物心ついた頃には双子も「小梅ちゃん」呼びになっていた。

 お祖母ちゃんと呼んで欲しがっていた母は肩を落としていたが、まあ見た目からしてお祖母ちゃんって感じがしないので仕方ない。


「あー、お前らには元々話そうと思ってたんだけど……」

「「なになにー?」」

「父さん達には今度改めて話すからまだ内緒な。実は……」


 この二人には最初から話すつもりだったし、特に桃弥には魔道具作成の協力を頼みたいと思っていたので、マーケットボードのこと、『箱庭』のこと、そして次々と現れているダンジョンのことも話した。

 現実にダンジョンが出現しているという話には不安げな表情をしていたが、『箱庭』内にもダンジョンがあるという話の時には、特に桜香の目が輝いたので、やはり興味があるらしい。

 桃弥に魔道具を作る手伝いをしてくれるかと頼むと、隣の桜香が頬を膨らませた。


「オレやりたぁい!」

「桃弥ばっかりずるーい!」

「桃弥はありがとな。桜香は細かい作業苦手じゃん」

「むぅ……。ねーねー、わたしもダンジョン入れる?」

「自衛手段は持ってもらいたいと思ってるから、いずれダンジョンも入らなきゃいけないけど、とりあえず桜香は一人で勝手に入るのは禁止」

「えー!?」

「破ったら鍵没収な」

「……わかったー」


 桜香を説得していると、ちょんちょんと横から服の裾を引かれた。


「ねーねー、おにぃ、マーケットボードってオレの作った物も売れる?」

「あー、そうだな……。普通に売れると思うぞ?」

「わぁ!おにぃ、オレの部屋一緒にきてー!」


 急にテンションを爆上げした桃弥に腕を取られて部屋まで連れて行かれる。

 後ろから「ずるーい!わたしもー!」と桜香も追いかけてきた。

 去年の春までは俺の部屋だった現・桃弥の部屋は、引っ越した当初のスッキリと片付けられた部屋の面影もなく、雑多な物で溢れかえっていた。

 その殆どが桃弥の作品と、それを生み出す工作道具だ。

 母さんは我が家の大半の部屋が、俺の部屋のように買ってきた荷物が山積みになっていると言っていたが、桃弥の部屋にその様子が無いのは、既に物の置き場所が無くなっていたからだろう。


「すごいな……。これ全部桃弥が作った作品?」

「そー!ね、ね、売れるかなぁ?」

「これなら問題なく売れんな。というか、このクオリティなら普通にクラフトフェスとかに出店してもいいんじゃない?」

「面倒くさぁい」


 クラフトフェスどころか普通に店でも出せそうなクオリティの作品を、面倒の一言でバッサリ切り捨てる桃弥は、昔から芸術家肌で、作るのは好きだが出来上がった作品には関心が無くなる。

 つまらなそうに自分の作品を見ている甥っ子の、真っ白に脱色して黄色のインナーカラーを差した派手な色合いの頭を撫でれば、その下の顔が「えへへ」と笑った。

 そんなことをしていると、隣にもう一つ頭が付き出される。

 こちらは俺と同じ色合いの赤毛をそのまま伸ばしている頭を撫でてやれば、笑い声がもう一つ増えた。


「とりあえず、どれ売んの?」

「全部いいよぉ」


 これとか自信作ー!と差し出されたのは、布製の花が紫陽花のように房になった髪飾りだった。


「お前つまみ細工までやってんの?」

「こないだまでハマってたんだー。今はアートクレイやってるー」

「え、こんなんプロじゃん」

「褒めてぇ」


 そう言ってまた頭を差し出してきたので、凄い凄いとわしゃわしゃしてやる。

 桃弥が持って来たのは金と銀の入り混じった、既製品と比べても遜色がない精緻な細工の施されたネックレスだった。

 銀粘土の存在は知っていたが、どうやら金粘土なんて物も存在するらしい。

 作品が売れてもマーケットボードからお金を引き出すわけにはいかないので、売り上げ金は桃弥がマーケットボードの商品で欲しい物が出来た時に使うか、必要に応じて俺からお小遣いを渡すお兄ちゃん銀行を開設することで同意し、桃弥が渡してくる作品を次々出品していく。

 木工作品は異世界でもメジャーな商品のため、こちらで売るより多少高い程度の価格になったが、先ほど見せてもらったつまみ細工の髪飾りやアートクレイのネックレスなんかは2桁万円の値段がついた。

 一番凄かったのは、ミケランジェロのピエタ像を模したミニチュア彫刻だ。

 ミニチュアと言えど一抱えもある大作だったのだが、これが驚きの3桁万円になった。

 製作者本人はその価格を聞いても、売れたらレジン用のライトが欲しいなんて言っていたが、全部売れたらたぶんそのライト100個は買える値段になるわ……。


「おにぃー!これ売れるかな!?」


 部屋が大分片付いてきたころ、桜香がどっさりと荷物を抱えて飛び込んできた。

 いつの間にか居なくなっていたと思っていたら、どうやら自分の部屋に売れるものを探しに行っていたらしい。


「おー、何持って来たん?」

「えっとねー、まずはマンガー!」

「……異世界人、日本語読めないからね。いや、奇書か芸術品って扱いなら売れるかもしれねーけど」

「えー?じゃあこれはー?」

「お、洋服か。これはたぶん大丈夫。こっちのレースのヤツとか結構いい値段つくかも」

「やったー!」


 諸手を挙げて喜ぶ桜香とも、お兄ちゃん銀行口座開設の契約を結び、マーケットボードに出品していく。

 シンプルな服はそこそこの値段だが、レースやフリルがふんだんに使われた物や、クラシカルなデザインの物は結構いい値段がする。リサイクルショップで古着探してみるのも良いな。

 他にも趣味に合わなくなったというアクセサリーや小物を持ってきていたが、こちらもなかなかの価格になった。

 特に、オルゴールの付いたブルーカメオの宝石箱は、こってこてのアンティーク調だったためか、100万近い値段が付き、おまけに出品後数分で売れていった。

 ちょっとした好奇心で漫画も一冊出品してみたのだが、少女漫画の耽美な絵柄の芸術性が評価されたのか、それともやはり奇書扱いなのか、結構いい値段が付いたのは姪っ子には黙っておいた。

 たぶんあいつ、純粋に異世界人に日本の漫画をお勧めしたかっただけだろうしな。



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砂糖売ったら億万長者になったので、モンスターパニックが始まる前に生存戦略する。 と~ふ @suzui-nj

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