第47話 『売れ筋商品』
『箱庭』で昼食を取るため、地図公表時の偵察も兼ねてネットカフェの個室スペースを利用してみた。
本番は生活圏から離れた隣県か、いっそ東京まで出てそこのネカフェか図書館を使うつもりではあるが、全国展開している店なので店内の造りはあまり変わらないだろう。
……いや、田舎の店と比べて都会のお店って、全国チェーンでもびっくりするくらい設備整ってたりすることあるからな。東京のスタ〇とかオシャレすぎてビビるやつ。
まあ、実はネットカフェってあんまり利用したことないので、利用方法や部屋の感じ、あとパソコンや周辺機器の種類やスペックを調べに来たと思えばいいだろう。
以前ソフトクリームが食べたくなって会員登録した店だが、ドリンクバーの使えない個室は使ったことがなかった。
初めて入った個室スペースはホテルのように廊下にずらっとドアが並んでいて、廊下からは室内の様子は伺えない。
指定された部屋に入れば、俺だと足を曲げないと寝転べないくらいに狭い室内に、最奥にパソコンがポツンと置いてある簡素な室内。
ドアを閉めてぐるりと天井を見まわすが、監視カメラは無さそうだ。……が、
「……あー、これは使えねーかな」
まず、ドアがオートロックでカードキー式なのがよろしくない。
本番では会員証を使うわけにはいかないので、こっそり侵入して無断でパソコンを使わせてもらいたかったのだが、オートロックの個室は侵入する時点でアウトだ。
あと部屋が狭すぎて、もし室内にいる時に店員や正規の利用者が来てしまった場合逃げられない。
「やっぱWi-Fi飛んでる図書館使うのが妥当か?使い捨て用の中古パソコンでも見繕ってくるかな……」
最近ではファミレスやコーヒーショップ、ショッピングモールのフードコートなんかでもWi-Fi使えるところは多いが、パソコン開いて長居すると人目に付きやすい。
図書館であれば人の視線から隠れられる席も多いし、時間を気にせず長居も可能だ。
ま、どういった形で公表するのかもまだ決めてないし、今日のところはネカフェが使えなさそうなのが分かっただけで十分かな。
そう結論付けると、俺は『箱庭』に飛ぶための鍵を手に取った。
ホームセンターと百均をはしごし、軽ワゴンの荷台を満杯にして帰ると、家には誰も居なかった。どうやら母も買い物に出ているらしい。
何往復かして荷物を部屋に運び込むと、服を取り出すためにやっとの思いで開けた通路が再び通行止めになった。さもありなん。
ベットの上の荷物を寄せ、ギリギリ座れるくらいのスペースを無理矢理作り出して腰かけると、ぐっと伸びをしてため息を吐く。
今後のことを考えれば必要な買い物とは言え、とんでもなく散財してしまった。
寝具だけで8桁くらいかかったからな……。
俺もクレジットカードは持っているが、ブラックでもない限度額30万程度の普通のカードだし、店の方も現金で持ってこられても管理に困るということで、支払いは銀行振り込みにしてもらった。
他の買い物もクレカや電子マネー、ATMを限度額一杯まで駆使して何とか支払いをしたが、クレジットカードは次の引き落とし日まで使えなくなってしまった。
これが結構困る。
ネット通販を利用する際はカード引き落としに設定していたし、まだまだ色々と取り寄せたい物もあるのだ。
まあ、電子マネーやATMの方は明日には制限解除されるし、通販なら電子マネーが使えるか。
再び出かけたため息を飲み込み、買い込んできた荷物に視線を移した。
持ち帰ってきた荷物の大半は異世界への売却用なので、さっさと売りに出してスペースを空けてしまおう。
買い物袋を開けて片っ端から出品していく。
百均でもホームセンターでも売れそうな物は片っ端から買ってきたが、メインはガラスを使った食器類、包丁、酒、そして口紅だ。
化粧品は色々な種類を揃えるべきか迷ったのだが、ファンデーションなんかは肌の色が日本人とは違うだろうから合わないだろうし、アイシャドウとかマスカラとかはそもそも異世界人が使うのか、使い方が分かるのかという問題がある。
エジプトとかだと昔からアイメイクしてたイメージもあるが、夢で見た街並みや人種は西洋寄りで、よく覚えてないがあんま尖った化粧してる女性も居なかったように思う。
その点、口紅なら古くから様々な国で使われてきたものだし、異世界でも使われている可能性は高い。
昔の紅は10g程度で6万くらいしたって聞いたことあるし、口紅を目元や額のワンポイントとして流用してたって話もある。
あまり奇抜な色は避け、赤に近い色を数種類買ってきたのだが、リップスティック1本で20万から30万と結構な値段がついた。
一番高価なのは深紅の口紅で、そこから色調が遠くなる程安くなっていく。
異世界メイクはやっぱり赤が主流なんかな。
食器類は色々な種類を買ってきたが、ホームセンターの品揃えだと白無地の白磁やボーンチャイナが多い。
そこそこの値段で売れたが、そちらより百均で買ったカラフルな食器の方が高値が付いたので微妙だ。
「これ、恐らく需要がかみ合ってねーな……」
異世界でガラスや陶磁器の食器を使うのは富裕層だが、そういった層が好むのは美しい絵付けが施された西洋アンティーク風の食器だろう。
百均やホームセンターで買える柄物食器はモダンなデザインの物ばっかなので、あまり異世界受けしなさそうだ。
今度リサイクルショップとか回ってアンティーク調の食器探してみるかな。
逆に、無色透明のソーダガラスやクリスタルガラスの食器類は期待通りの高値で売れたし、切子グラスは、赤青セットの夫婦タンブラーが220万、ワイングラスの方はセットで290万の高値が付いた。流石。
意外だったのはカトラリーセットで、大した飾り気のないシンプルな物だったにもかかわらず、1セット40万の値段が付いた。
やけに高いなと不思議に思ったのだが、その理由は商品説明を見れば大体推測できた。
買ってきたカトラリーは全て錆びにくいステンレスだ。
ステンレスは鉄にクロムやニッケルを混ぜて錆に強い特性を持たせた合金だが、異世界では合金技術が無いか、或いはあまり進んでいないのだろう。
だからステンレスを使っているというだけで高価になる。
試しに包丁も出品してみたが、ステンレスやダマスカスの包丁は鉄の包丁と比べて数倍の価格が付いた。
こっちでの購入金額もなかなかお高かった最高級品のダマスカス包丁など200万を超える値段になったが、いうて包丁だぞ?買う人いるのか?
「もしかして武器として認識されてたりしない?大丈夫?」
マーケットボードの価格設定に突っ込みを淹れながら、ガンガン出品していく。
酒類は蒸留酒とワインを中心に買ってきたが、栓抜きを使わないと開けられない程奥に押し込まれたコルクを、果たして異世界の人は割らずに取れるのかという心配から、キャップ式の物を選んで購入してみた。
しかし、これはこれでキャップの取り方が分かるのかという問題もある。
簡単なイラストでキャップの取り方を解説して添えれば大丈夫かな?
試しにパソコンでイラストを描いてプリントアウトしてみたが、マウス画ということもあって微妙な絵柄になってしまった。ま、分からないことはないだろう。これ添付しよ。
先ほど食器を出品した時に、セットでと口に出して登録すれば複数のアイテムを纏めて出品できることが分かったので、酒瓶にプリントアウトしたイラストを添えて出品する。
ひと瓶数百円くらいの安いワインは10万そこそこ、蒸留酒は高い物で50万程度の値がついたが、これガラス瓶の値段も入ってそうだな。
残りの雑多なアイテムも全て出品していくが、予想外の物に高値が付いたりして面白い。
手芸用のビジューや、キラキラした飾りのついた安っぽいヘアアクセサリーが結構高く売れたのが意外だった。
俺の感覚だと装飾過多に感じるようなアクセサリーや、その素材に需要があるのかもしれない。ここら辺も覚えておこう。
徳用1000枚入りの印刷用紙やボールペン、ロウソク等、高値の付いた品を記憶しながら、全てのアイテムを出品し終えた。
『箱庭』に持っていく分の荷物は残っているが、大半が消えて床が見えるようになった部屋を見てよしっと頷く。
マーケットボードを見れば、砂糖の時のように出品した瞬間に売り切れるということはないが、ポツポツと出品した商品が売れ始めているようで、所持金欄は目まぐるしく変化していた。
売れ筋の商品は今回で大体把握できたし、今度からはネットで注文して配達してもらえばいい。
資金調達はこの調子で行けば問題なさそうだな。
スマホでFXアプリを確認すれば、こちらも順調に資金が増えているようなので追加でポチポチしておく。
FXの知識がさっぱりのまま始めてしまったので、流石にどうかと思って少し調べてみたのだが、どうもここ数週間ほど市場が大荒れらしい。
株式市場も為替市場も、過去に例のないくらい激しい乱高下を繰り返しており、俺がアホほど稼げているのもどうやらそのおかげのようだ。
世界の変化が与える無意識の不安が、こんな所でも影響を及ぼしている。
その事実にため息を吐いたところで、
「「ただいまーーーーー!!!」」
階下から元気のいい声が聞こえてきた。
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