最終話 スペシャルな日常

 木曜日、あと数日で十月も終わるというのに今日はあついくらいの日差ひざし。


 学校が終わるとランドセルをいてすぐにまた家を出た。ママは100きんに行ってるみたいで、先に宿題しゅくだやりなさいって言われずにラッキー。

 坂を上って向かったカフェ ロシアンブルーは開店前だ。普段ふだんならもう始まっている時間だけど、今日はわたしをっていてくれてるんだ。


「こんにちはぁ。あ、社長!」

「やあ、おかえり。もう社長じゃないけどね」

 キジトラ模様もようの大きな社長ネコが、白シャツにデニム姿すがたでカウンターにすわっている。


 あの後、スッキライザーZの製造せいぞう方法を書きえた責任せきにんを取って、社長はマンクス製薬せいやくめた。会社は大きな損害そんがいを出して、パパもヨシッチも大変だったみたい。けれど開発者かいはつしゃたちがめられないよう、社長がいろいろと守ってくれたってパパが言っていた。


 それから社長は時々カフェに来るようになり、カウンターでミルクティーを飲みながら次の商売しょうばいのこととかいろいろ考えているんだって。

 社長がネコで、さらに友だちになったのはパパにはひみつにしてる。もし知られたらネコみたいにピョーンってなるくらいおどろくよね!


「それでどうだった? オーディションは一発勝負いっぱつしょうぶなんだろ?」

 ミルクが入ったコップを手に、身を乗り出してくるコタツ。


「うん、合格ごうかくしたよ!」

「うぉー! やったな!」

 コタツの黒い肉球にくきゅうとハイタッチする。


「ピアノ教室では美雨みうってやつの方が上手うまいんだろ? すごいじゃないか」

 カウンターの中でクロツキもわらってくれた。


「うん。実は二回まちがえちゃったんだけどね、みんなで一緒いっしょに歌うには永山ながやまさんの演奏えんそうのテンポ感が良い、って先生が。本番までがんばって練習していきましょうって」


「音楽は上手うまさだけじゃないということだね。会社も同じで、すぐれた技術ぎじゅつだけではり立たな———」

「うんうん、オレにもなんとなくわかるぜ」

 社長ネコのくどくなる話をさえぎってコタツは牛乳ぎゅうにゅうを一気飲みした。


「おかわり!」

「飲みすぎだ。もう三杯さんばい飲んだろうが」

 ガックリしてテーブルで平べったくなるコタツ。


 この間、スイーツの試作しさくをしようとしたら牛乳ぎゅうにゅうが空っぽになっていてブチ切れたクロツキにより、コタツ用にはバラのマークじゃない安い牛乳が冷蔵庫れいぞうこかれるようになったんだって。


「よし、できた。ホラ、おいわいだ」

「わあ…! マカロンだ! すごい、か~わいい~っ!」

 クロツキが出したおさらの上にはなマカロン。表面ひょうめんにはくだいたナッツやキラキラしたかざりがたくさんデコレーションされていて、間のクリームはあざやかな黄緑色きみどりいろなの。なんてきれいなスイーツだろう。


「これ試作品しさくひん? 食べていいの?」

「試作品だけど凛花りんかのために作ったんだ」

「え…? わたしのため?」

 コタツも社長もニコニコしながらわたしを見てる。


「うんうん、だって凛花のふしぎメガネとんなじだもんな」

 そっか! どこかで見たことあると思ったらわたしのイチゴメガネと同じ色。それにマカロンといえば…


「ル・ブランで修行しゅぎょうしてたのはこれだったの?」

「これだけじゃないけどな。あの店はどのスイーツも一流いちりゅうだから」

 言いながら、クロツキはお砂糖さとう多めのミルクティーも出してくれた。


「いただきまぁす。……んん~っ! おいし~い!」

 上のかざりのカリカリと、マカロンのフワフワ食感しょっかんがベストマッチ。間のとろけるクリームは何味なにあじだろう? こうばしくて大人っぽいかおりに、ほんの少しっぱいイチゴ味が全体のバランスをととのえている。


「スペシャル凛花りんかイチゴメガネマカロンだな!」

 コタツは一人で得意とくいげにうんうんしてるけど。

「えぇ!? 絶対ぜったいヤダそんな名前」

「センスがなさすぎる」


「それでは売れないぞ。商品しょうひん名とは製品せいひん特徴とくちょう端的たんてきに表しつつ製品イメージを消費者しょうひしゃにダイレクトにつたえるもので」

 コタツのイケてないネーミングと社長ネコが一人でしゃべりつづけているのはっておいて。


「ありがとう、すごくうれしい。それでね…」

 ミルクティーのカップを両手りょうてつつんで深呼吸しんこきゅうする。

 勇気ゆうきを出して。今のわたしならきっと言えるはず!

 カウンターの中でクロツキの青いひとみがきょとんとこっちを見ている。


「あっ、あのねっ、あ、明後日あさってのハロウィンナイトプール、一緒いっしょに行かない?」

 言った! 言っちゃった!


 黒目がまるになったクロツキ。一人しゃべっていたはずの社長もコタツもしずかになって、固唾かたずをのんでこっちを見ている。


「………ネコに水にかれって言うのか? ムリにきまってんムゴッ!」

 横から飛んできた黒い手のネコパンチがクロツキの顔へ見事みごとに決まる。


「なんだよクロツキ! 凛花りんかには行動しろって言っといて、自分はやりもしないでムリとか言うのかよ!?」

「くっ…! じゃあお前は水にかっても平気へいきなのか? 人のこと言えるのかよ!?」


「あーっ、ケンカしないで! ネコが水が苦手ってすっかりわすれてた。ヘンなこと言ってごめんね、聞かなかったことにして!」

「………」


 なにか言いたげなクロツキだけど、社長が「ではわたし一緒いっしょに行ってあげよう。長い人間生活で私はすっかり水を克服こくふくしたからな! ハッハッハッハ!」ってたすぶねを出してくれた。もちろん「さくらと行くんでおことわりします」って答えたけど。


 断られちゃったけどいいんだ。だってわたし、言えたんだもん。メガネでどんくさなわたしがだよ、自分から気持ちを伝えられたんだから。


 十月最後の土曜日、約束やくそく通りさくらと市民しみんプールへ向かう。夕方五時だけど、辺りはもうすっかりくらい。


「ナイトプール楽しみ~! 夜に友だちと出かけるってだけでワクワクだよね」

「うん、夏は花火大会に行って楽しかったよね。中学生になっても一緒いっしょに行こうね」


「来年はおたが彼氏かれしとダブルデートかもよ!?」

「さくらったら、まず好きな人見つけるところからでしょ」

「じゃあさ、今日、慶太けいた君来てたら話しかけなよね」

「え、きっと受験勉強じゅけんべんきょういそがしいだろうから来ないよぉ」


 市民プールの入り口前は、待ち合わせをする人でごった返している。

「げっ、イヤなの見ちゃった。どうしよ凛花りんか

「もしかして美雨みう? そりゃあ来るでしょ。気にしなければいいじゃん」

「?」


 さくらのふしぎそうな顔。そうだよね、前のわたしなら「やだなぁ」って帰ろうとしていたかも。

 それにわたしが前ほど気にしなくなったら、美雨みうの方もイヤなことを言ってくる回数がったんだ。なんでかはわからないけどね。


「あっ、あれカフェ店長てんちょうさんじゃない? あそこで手をってる二人組の」

 さくらが指さした方にいるのは確かにクロツキと、わたしたちに手をっているのはコタツだ。


「クロツキ…どうして」

「おれだってやればできるんだからな」

 黒いパーカーの上に大きなかついだクロツキ。


「店長さん、私服姿しふくすがたもかっこいー。ていうか凛花りんか約束やくそくしてたの?」

「え? えっと…」

「さくらちゃんに言ってなかったのか? きゅうにごめんね、今日は二人の保護者ほごしゃってことで一緒いっしょにいいかな」

 クロツキ店長のあま~い笑顔えがお炸裂さくれつした。


全然ぜんぜんオッケーですぅ! むしろ大歓迎だいかんげい!」

 さくらったらわたしの背中せなかをバシンバシンして、いたいんですけど。


 ならんで中へ入っていく二人の後ろでコタツととなり合わせになると、コソっと黒ネコがささやいた。

「クロツキのやつさ、あわてて水着とを買いにいって、昨日きのう風呂場ふろばで一日中水にかる練習してたんだ」


「そうなの?」

こわくてブルブルしながら、でも凛花りんかのためだってがんばりやがってさ。オレたちも行こうぜ、おいてかれる!」

 わたしは顔があつくなるのを感じた。


 ネコのくせに頑張がんばさんなんて、ほんと似合にあわないよね。

「…およげないんだからからはなれられないくせに、どっちが保護者ほごしゃよ」


 みんなが眠っていた間のことは、わたしたちしか知らないひみつ。わたしもクロツキもコタツも少しわれたのかな。

 なんて言っていられるのも、更衣室こういしつを出るまでだった。わたしはとってもとっても重大じゅうだいなことをわすれていたんだ。


 プールではメガネを外すから、灰色はいいろネコじゃなくて人間の姿すがたに見えるってことを! 

 どうしよう、なんでこんなにドキドキするの!?


                                 ≪END≫

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ふしぎメガネとひみつのカフェ 乃木ちひろ @chihircenciel

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