20 真っ暗な世界で

 「ざけんじゃないよ!」でかえされたおじさんの告白こくはく惨敗ざんぱいみたいだ。うん、ちょっと前から分かってたけどね。


「やり方がくらっすぎ! 人間になってたくさん努力どりょくして会社をここまで成長せいちょうさせてきたんだろう? 充分立派じゅうぶんりっぱじゃないか。堂々どうどうと正面から屋敷やしきにやってくればいいものを」


「何度も行こうとしたんだが…その、どうしても勇気ゆうきが出なくて…」

 もしかしてお屋敷やしきの前でわたしがぶつかったあの時も、ピンポンしようとしてたのかな?


っさけないねえ。でっかい図体ずうたいして、中身は小学生みたいじゃないか」

仕方しかたないだろうぅ…。ネコの時もわたし小心者ビビリでナワバリをい出されてばかりで、陽子はるこちゃんがエサをくれなかったらきっとのたれ死んでいた。だから感謝かんしゃしているし、その家のいネコのあなたは私にとってあこがれの存在そんざいで、高嶺たかねの花だったのだ」


「だぁから何だってんだい!? こんなことしたのもあたしのせいだってのかい? そうやって『ビビリなんですぅ』って言いわけばかりして、最後さいごは人のせいにする! ネコの時から変わらん小っさい男だねぇ! そろそろ自覚したらどうだい、えぇ!?」

 社長ネコはだまって下をいてしまった。


「あのっ、それよりコタツを元にもどしてください! 戻せますよね?」

 わたしは足元にいた黒ネコをき上げ、社長ネコの前にき出した。


もどすのはできるが、かれはそうのぞんでいるのか?」

「当たり前です、ねえコタツ?」

「にゃああああああ」

 ダメだ! 「うんうん」なのか「いやだあああ」なのかどっちか分かんないや。


 わたしがつづけられずにいると、クロツキが代わりに答えた。

「人間にもどしてほしい。こいつは宅急便屋たっきゅうびんやの仕事を楽しんでいたし」

「そうだね、あたしもこいつがいないとネット注文した物がとどかなくてこまるんだよ」


「それに、おれの友だちなんだ。たった一人の」

 あれれ? ネコに友だちなんていないって言ってたのはどこのだれでしたっけ?

 わたしの視線しせんに気づいたクロツキは、「おれは何も言ってないし」みたいな顔してごまかしていた。


 社長が左の肉球にくきゅうでコタツにれるとボンッ! と音がして、わたしの目の前が黒い毛でおおわれた。右手の肉球が人間からネコ、左手がネコから人間なのかな。


 黒いしっぽがゆらゆらしたと思ったらビュッ! っとすごいいきおいで下がり、またの間にきついていった。

「オ、オ、オレの服は!? 早く!」


 そっか、ネコになった時にふくげちゃったから…。メガネしててよかったぁ、ネコの姿すがただし、後ろ向きだし。


 すみっこでコタツがふくを着ている間に、今度は社長ネコからクロツキへ問いかける。

「人間になりたくてなったわけではないのだろう、少年よ。今ならネコにもどることもできるぞ。どうする?」

 クロツキはすぐには答えなかった。ネコに戻ったら灰色はいいろのフワフワ毛で、きっとかわいいだろうなぁ。


「クロツキ、今のお前ならネコとしても生きていけるだろう。お前自身が決めな。けどあたしゃ世話せわしないよ」

「じゃあわたしがう! うちにおいでよクロツキ。うちはパパもママもネコ好きだから」


「お前にわれてたまるか! なんでネコにもどるって決定してるんだよ。おれは戻らない」

「そうなの? しっぽをナデナデしたかったのにぃ」

「ぬぁんで戻らないんだい?」

「さわられたくないからです!」


 ムキになって言い返すクロツキ。そんなこと言ってるけど、わたしには分かる。

 カフェで人間の話を聞いたり、ミルクティーで人をよろこばせるのはわるくないって思ってるんだよね。


「良いのだな少年? ネコにもどるという素晴すばらしい選択せんたくをせずに」

「むぁだ言うのかいこのジジイ! それよりこれから大変なことになるんだから会社のことを考えな! あたしもこうしちゃいられないよ!」

 するとスマホを取り出してどこかに電話をかけ、”カブを売る”とか何とか話を始めた。


「分かっている。わたしみずからまいたたねだからな、自分でどうにかするよ」

 社長は立ち上がった。スーツにクロツキのキックの足跡あしあとがついちゃってる。大変なことになるってヨシッチも言ってたけど、これからパパはだいじょうぶなのかな。会社をクビになったりしないよね?


「ま、これまでやってきたアンタならきっと切りけられるだろ。たすけが必要になったら屋敷やしきに来な。手をしてやらんこともないからね」

魔女様まじょさまやさしい!」

 コタツがぱちぱちと拍手はくしゅする。


「ミ、ミミィ…! 私と友だちになってくれるのか?」

「そんなわけあるかい! アァンタなんざうちに来ている野良のらネコ以下だよ! 身のほどをわきまえなぁ!」


 ブオッ! と魔女まじょネコのしっぽが社長ネコの顔をビンタする。

 いきおいにふらつきながら、それでも社長ネコがうれしそうな顔をしているのをわたしは見逃みのがさなかった。

 不幸ふこうなネコがいない世の中になってほしい。その気持ちはわたしも同じ。きっと魔女ネコもだよね。


「あー、なんかおなかすいちゃったぁ。もうとっくにお昼すぎてるよね?」

「おれも朝ごはん食べてなかった」

「オレもオレも!」


「それならばいいものがある。みんな社長室に来なさい」

 というわけで魔女まじょネコも一緒いっしょにみんなでエレベーターで22階へ。時計を見ると、もうお昼の二時をすぎていた。


 町中が見わたせるながめの良い広い部屋に案内あんないされてつと、社長ネコがダンボール箱とポットをかかえて入ってきた。なにかと思ったらカップラーメンがいっぱい入っている。

「どれでも好きなのをえらびなさい。二日に一回は食べないといられないくらい大好物だいこうぶつなんだ」


「わあ、ありがとう!」

 社長って会社の一番えらい人でお金持ちのはずなのに、カップラーメンが好きなんて意外いがいだよね。

 わたしは醤油しょうゆ、クロツキはしお、コタツは味噌みそ、魔女ネコは豚骨トンコツを選んでポットのお湯をそそいでいく。社長ネコは期間限定きかんげんていのグリーンカレー味だ。からそう!


「人間になって最も良かったことはカップラーメンに出会えたことだ。最高さいこうの食べ物だと思うだろう少年よ?」

「おいしいけどおれは別にそこまで…」


「味とめんのバリエーションの多さ、あらゆる人智じんち結集けっしゅうし考えかれたバランス。どれ一つとして同じ一杯いっぱいはない。それがお湯を入れてつだけでできるのだぞ? これほど至高しこうの食べ物が他にあるだろうか…、このとうとさはネコと同等どうとうだ」

 わたしたちはかえす言葉もなくポカーンとしていた。


「くどいんだよ! これだからろくでもないアホンダラジジイは」

 ってまた魔女まじょネコに言われちゃってるし。でも落ちこむかと思いきや「三分たったぞー!」って元気いっぱい。


 ふたを開けるとほわっといいにおいが部屋中にただよう。

「いっただきまーす!」

 みんなでカップラーメンをすすった。その顔がわたし以外全員ネコなんだもん! ずっとニヤニヤしちゃった。


「ところでねむった人たちを目覚めさせるにはどうしたらいいの?」

「明日になれば自然しぜんと目が覚める。今日中にこの一帯いったいはネコ化しようと思っていたからな。そしてネコをやしてひだまりのビー玉をどんどん手に入れ、巨大きょだいな光の力でネコ化を一気に進める。そういう計画だった」


「本当にみーんなネコになっちゃう一歩手前だったんだ…」

異変いへんに気づいたお前の父親ちちおや優秀ゆうしゅうな社員だねぇ、凛花りんか

「えへへ…」

 魔女まじょネコにパパがめられるなんてね。


「そうだ、ヨシッチにこのこと教えてあげなきゃ。きっとまだどこかで薬の作り方をさがしてるはず」

吉野よしのくんのことかな? そうか、君は永山君ながやまくんのおじょうさんなんだね。メガネをかけた目元がそっくりだ。吉野君には私が直接ちょくせつ話そう」

 食べ終わると社長ネコは部屋を出て行った。


 おなかがいっぱいになるとねむくなるのはネコの習性しゅうせい。ううん、それは人間も同じ。

 朝からずっとつづいていた緊張きんちょう途切とぎれて、ようやく安心あんしんしたのも手伝てつだってえられないくらいまぶたが重い。

 このままちゃって、わたしも目覚めなかったりして…。


 あったかくて安心する。まるでお布団ふとんの中でぬいぐるみをかかえているみたい。フワフワしてやわらかくって、いいにおい…ではなくて、なんかけものっぽいっていうか…

「ぅええへぇぇっ!」

「…うるさいな、耳元でいきなりへんな声出すなよ」


 目の前には灰色はいいろネコのフワフワ後頭部こうとうぶと、ちょこんとしたネコ耳。クロツキにおんぶされていた。


「なんでぇ?」

「ゆすってもたたいてもちっとも起きないからだ」

「そうそう、くらくなってきたし帰り道だ」

「そうだったの…ありがと。ていうかコタツどこにいるの? くらすぎて見えないよ?」


 そうなんだ、普段ふだんならビルやショッピングモール、看板かんばんなんかの明かりでこんなに暗くないはずなのに、みんなちゃってるから家にも電気が一つもついていなくて真っ暗。よく目をこらすと、ここは坂の上公園だというのが分かった。


 するとクロツキが手を放したから、ズリっと落ちて地面じめんしりもちをついてしまった。


いたーい! 放すなら言ってよね!」

「どんくさだな」

「はっきり言いすぎ! ていうかネコの目が光ってこわいし」

 でもクロツキはわらっていた。今まで見なかった、っ切れたような気持ちのいい笑い顔だ。


「いい夜じゃないか。ホラ上を見てごらん」

 魔女まじょネコに言われて顔を上に向けると…

「うわぁ! すごーいっ!」


 満点まんてんの星空だった。まわりが真っ暗だからだ。普段ふだん、こんなに星が見えるなんてないもん。坂の上公園は周りに高い建物たてものがないから、さえぎるものがなくて空が広く見えるんだ。それにいつもえ間ない車の音の代わりに、いろんな虫の声がひびいている。

 わたしたちはしばらく言葉を失って見上げていた。


 みんなねむってしまったくらな世界。

 けれど空に星があるようにわたしの心は明るい。


「もう一回やってみようかな」

「何をだよ?」

 左となりのコタツが問う。右となりのクロツキもわたしを見ている。


卒業式そつぎょうしきのピアノ伴奏ばんそうのオーディション。今から練習れんしゅうじゃもうおそいかもしれないけど」

 ネコ二人がうなずいてくれる。


「いいじゃないか。挑戦ちょうせんしなかったら絶対ぜったい受からないけど、やってみれば可能性かのうせいはゼロじゃない」

「うんうん、オレもその考え好きだ」


凛花りんか一歩踏み出せたから、こいつらも桃金太郎モモキンすくわれたんだよ。もう自分をどんくさなんて思うのはやめることだね。たとえうまくいかなかったとしても、アンタのには未来をえる力があるんだから」


 ヒョウがらのネコの手がわたしのむねをトントンする。さすが長く生きている魔女まじょネコの言うことはかっこいいや。


 やらなかったら何も変わらない。それじゃきっと後悔こうかいすると今のわたしは思うんだ。

昨日きのうまではそんなことなかったんだけどね」


 きっとこのメガネのせいだ!

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